第2話 似ていないから
「こんばんは」
「あ、かなめ伯母ちゃん、伯父さん、こんばんは、いらっしゃいませ」
「かなめさん、伯父さんいらっしゃい」
かなめ伯母ちゃんとその旦那さんは、長居から2駅しか離れていない昭和町に住んでいるので、ときどき週末に夫婦で来てくれるのだ。今日は土曜日、時間は開店すぐの18時過ぎ。今日は深川さんたちファンクラブの来店はないはずだ。
昭和町は大阪でも有数の繁華街である天王寺の隣駅なのだが、昭和町は住宅街の色が濃い。駅周辺や、御堂筋線の上を走っているときはま線沿いにはスーパーやドラッグストア、飲食店なども多いが、1本路地に入れば民家やマンションがずらりと並ぶのである。
かなめ伯母ちゃんたちは、保さんともすっかりと顔なじみだ。お兄ちゃんとの関係も知ったうえで、見守ってくれている。ふたりは保さんに「こんばんは」と会釈をしつつ、保さんからひとつ開けた席に並んで掛けた。そして。
「スイくーん」
かなめ伯母ちゃんはそう言って手を振った。スイはむくりと起き上がると、のそりと猫かごから出てくる。優雅に、しかし器用にボトルやグラスなどを避けながらカウンタを歩いて、かなめ伯母ちゃんの手にすり寄った。そこには半透明のタコちゃんがいる。
この場でタコちゃんの姿が見えているのは、スイと那津、そしてかなめ伯母ちゃんと伯父さん。猫又は自らの意思で、半透明になった姿を見せるか見せないかを選んでいる。かなめ伯母ちゃんと結婚した伯父さんは、タコちゃんの信用を勝ち得たいうことだ。だからタコちゃんは伯父さんと会話もできる。
かなめ伯母ちゃんたちにはお子さんがいないので、タコちゃんをお子さんのように可愛がっているのだ。タコちゃんと話をすることができることが嬉しいと、以前伯父さんは言っていた。
それを言うと、お兄ちゃんはまだスイに信用されていないということになる。お兄ちゃんはスイのことも那津のことも大事にしてくれるし、スイもお兄ちゃんへの好感度は低くないはずだ。だがスイにとってはまだなのだ。スイは少し警戒心が強いのかも知れない。
「蛍くん、ボトルを。あたしはハイボールで」
「私はロックで頼むわ」
「はい」
瀬畑夫妻がキープしているボトルは「富士」である。日本製のシングルモルトだ。りんごのようなフルーティな香りを持ち、すっきりとした味わいな一品だ。
「那津ちゃん、お惣菜全種よろしくね」
「はい。晩ごはんは食べはったんですか?」
「うん、駅前の天一で。たまに食べると美味しいんよね〜、こってり」
京都に本店があるラーメン屋さん「天下一品」さん。鶏がらスープとお野菜で作られる唯一無二のこってりスープが人気で、今やほぼ全国に店舗展開している。最近は味噌ラーメンや塩ラーメンも開発され、きっとお客さまを増やしていることだろう。
那津はなつめ伯母ちゃんと伯父さんの前に、3種のお惣菜と取り皿、割り箸を置いた。今日のお惣菜はすり白ごまたっぷりのきんぴら蓮根、ベーコンと里芋の塩煮っころがし、お大根と人参のハニーマスタード和えだ。
「私はもっとしょっちゅう食べたいんやけどなぁ」
伯父さんが言うと、かなめ伯母ちゃんは「ちょっとぉ」と咎めるような声を出す。
「たまにならええけど、あんま頻繁はあかんて。あんた、血圧高めなんやから」
「ありゃ、それやったらラーメンは天敵やないですか」
ラーメンのスープは、全部飲み干すと塩分過多になることは常識である。控えめなラーメンもあるのかも知れないが、基本は塩分が高いとされている。那津のせりふに伯父さんは苦笑して。
「せやねん。参ったで、ほんま」
「さっきもやめとけって言うたのに、スープ飲み干してもたんよ。なんや普段あたしが減塩食作ってるんがあほらしくなるわ」
「ごめんて」
伯父さんはほとほと弱り切った顔になってしまうが。
「伯父さん、長生きしてくださいね。お元気でおって欲しいです」
「ありがとう」
那津が言うと、ほわりと微笑んだ。かなめ伯母ちゃんはお母さんの姉だから、年齢は60歳近いはずで、伯父さんはかなめ伯母ちゃんと同じ歳である。血圧の心配があってもおかしくない年齢だ。
年齢的に、かなめ伯母ちゃんや伯父さんのほうが先に逝くなんてことは分かっている。それでもできることなら、もう大切な人を喪いたくないのだ。あんな辛さはもうまっぴらなのである。
見ると、スイはかなめ伯母ちゃんの膝の上で心地よさげに、お餅のようにだらんと伸びている。タコちゃんは半透明の姿で、伯父さんの水割りをぺろぺろと舐めていた。
伯父さんはいつもロックを頼むのだが、それはタコちゃんのためなのだ。背が低く口が広いロックグラスのほうが、タコちゃんが飲みやすいからだ。伯父さんはお酒には強いほうではあるが、好きなのは水割りなのだ。だから伯父さんは氷が溶けるまで少し待つのである。
猫又は、おねぎ類やチョコレートだけではなく、お酒だって飲めてしまうのだ。スイはそこまでお酒好きではないが、甘い缶酎ハイなどは好きで、お家でお兄ちゃんの目を盗んで飲ませたりしている。タコちゃんは辛党らしく、ウィスキーどんとこいなのだ。
「それにしても、ここはいつ来てもええお店よねぇ」
「ほんま。ブラウンが主体になってるからかなぁ、照明の落ち具合もちょうどええわ」
「蛍くんは可愛いし、那津ちゃんはまどかに似て、さらにきれいになった気がする」
「あら、かなめさん、嬉しいこと言うてくれますねぇ」
「ありがとうございます」
かなめ伯母ちゃんとお母さんは、あまり容姿の似ていない姉妹だった。かなめ伯母ちゃんがお祖母ちゃん似、お母さんがお祖父ちゃん似なのだ。お祖父ちゃんはなかなかの美丈夫で、なのでお母さんは美人タイプ。かなめ伯母ちゃんは可愛いという印象だ。
那津は、かなめ伯母ちゃんとお母さんがあまり似ていなくてよかったと思ってしまう。似ていたら、かなめ伯母ちゃんと会うたびにお母さんを思い出すだろうし、へたをしたら面影を重ねてしまう。それはかなめ伯母ちゃんに失礼だと思うのだ。
「うん。蛍くんのほんまの性別を聞いたときにはびっくりしたけど、那津ちゃんとスイと、ちゃんと家族でおってくれて、ほんまによかった」
「当然ですよ。なっちゃんは大事な妹ですからね。スイも可愛い我が家の一員ですから」
お兄ちゃんはそう言って、胸を張ったのだった。




