第4話 わたしたちの頼りは
その日のフードは、玉ねぎと明太子の和え物、ズッキーニとパプリカのごま和え、プチトマトとモッツァレラチーズのバジル和えである。いわゆるお惣菜だ。
素人お料理なのだが、那津はお料理が好きだった。
そもそも、この「ウィスキーバー TOMO」をやろうと言い出したのは、お兄ちゃんだった。自分の好きな格好で、好きなお店をやりたいと。
ウィスキーはお兄ちゃんが好きなお酒第2位なのだ。1位はビール。なのでウィスキーバーなのだが、瓶ビールも置いてある。バーなので2軒目以降の利用が多いし、がっつりとごはんを出すお店でもないが、ビールを飲まれるお客さまも一定数いるのだ。
そんなお店をするのなら、那津がお料理をしたいと言ったのだ。ウィスキーに合うフードといえば、ナッツやチーズ、チョコレートなどのイメージがあるが。
「ええやん。乾き物も置くけど、なっちゃんの惣菜も自慢にしたいわ」
そして締めになる塩昆布と白ごまのお茶漬けと、大阪名物と声を出して言いたい、卵と青ねぎを落としたチキンラーメン、サービスのお味噌汁。それらでフードメニューを整えた。
チキンラーメンは昭和の時代から愛されている、言わずと知れた、インスタントラーメンの元祖である。大阪府池田市の自宅敷地内の研究小屋で、安藤百福氏が研究の末に生み出した。その発端は、太平洋戦争のあと、梅田の闇市で見た、ラーメン屋台の行列なのだそう。もっとお手軽にラーメンが食べられるようにできれば、と。
お味噌汁は那津の好みである。那津はお酒のあとのお味噌汁が大好きなのである。アルコールで満タンになった血液が、すっと凪いでいく気がするのだ。アルコールは水分であるというのに、利尿作用のおかげで水分不足になりがちなので、身体が塩分を欲するのだろう。
お味噌汁はサービスなので、ロスが出ないように、味噌玉を作って冷凍庫に保存し、注文が入ったらお椀に入れて、お湯を注ぐ。
味噌玉の作り方は簡単だ。お味噌をラップに置き、だしの素とお揚げさんの短冊切り、青ねぎの小口切りと一緒にラップで丸める。お味噌は塩分濃度が高いので、冷凍庫に入れても凍らないのだ。むしろ保存法として推奨されている。発酵が遅くなって、ある程度時間が経っても新鮮な状態でいただけるという。
今日もそろそろ夜の営業が始まる。お兄ちゃんはウィッグを数個持っていて、今日はピンクの前下がりヘアだ。地毛を伸ばすつもりはないらしい。こうしてウィッグで遊ぶほうが楽しいそうだ。
お洋服は今日はおとなしめに、淡いオレンジ色の無地のワンピースである。髪色が派手なので、そういうときはシンプルな服装にしているようだ。
エプロンは那津とお揃いである。チャコールグレイの胸当てタイプだ。那津は私服もそう派手ではないが、いかんせんお兄ちゃんが色とりどりなものだから、エプロンで少しでも落ち着いてもらおうという作戦だ。お兄ちゃんもすぐに「なっちゃんが選んだんやったら」と受け入れてくれた。
スイはカウンタの奥の猫かごの中で、おとなしく丸くなっている。空気が読める猫又、すばらしい。
「なっちゃん、そろそろ開けるで」
「はぁい」
夜の開店時間は18時である。閉店は23時。ちなみにお昼営業の開店時間は12時だ。
お兄ちゃんは軽やかな足取りでお外に出る。ドアに掛けてあるプレートを「OPEN」にするためだ。そして戻ってきたときには、ひとりの爽やかなイケメン男性を伴っていた。
「いらっしゃい、保さん」
「なっちゃん、こんばんは」
保さんの笑顔は目の保養である。恋愛感情などはまるでないが。
松比良保さんは、お兄ちゃんの中学と高校の同級生で、今はお付き合いをしている。お兄ちゃんは心が女性なので、恋愛対象も当然男性だ。お友だち同士としての関わりから始まり、親友を経て、恋愛に発展した。
那津は偏見などないつもりなので、ふたりの関係も受け入れている。お兄ちゃんが幸せなら、それが全てである。
保さんが来たからか、スイがぴょこんと顔を上げた。
「なー」『いらっしゃい』
スイも保さんを歓迎している。保さんは猫好きなようで、ふわりと相貌を崩すと、いちばん奥の席に座って、スイを撫でてくれた。
「ほんま、スイくんは癒されるわぁ」
「うちの自慢の看板猫ですから」
お兄ちゃんもカウンタ内に入ってきて、保さんのドリンクを用意する。まずは瓶ビールからである。アサヒスーパードライの中瓶の栓を開け、小振りのビアグラスを添えて、保さんに出した。1杯目はお兄ちゃんが注ぐ。那津もお惣菜のタッパーを冷蔵庫から出した。
保さんは、お酒を出すお店をするお兄ちゃん、ついでに那津を心配して、こうして毎晩ボディガードをしにきてくれるのである。お仕事は在宅ワークなので、時間の融通が利くらしいのだ。
お兄ちゃんも男性ではあるが、それはあくまで身体だけだ。もしお酒が絡んでも絡まなくてもなにかあったとして、女性ふたりでどうにもできないことがあるかも知れない。なので、保さんが来てくれることは、那津にとっても心強いのである。




