表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/38

新しい友永家へ

「はい、受理いたしました。おめでとうございます」


 カウンタに掛ける区役所の女性職員さんに柔和な笑顔で言われ、お兄ちゃん、いや、(ほたる)くんと那津(なつ)は、胸を撫で下ろした。保証人は保さんとかなめ伯母ちゃんにお願いした。


 月曜日の午後。人でごった返す住吉(すみよし)区役所のロビーをあとにし、外に出たふたりは爽やかな風に吹かれた。


 那津が30歳になる年の春、蛍くんと那津は入籍をした。ふたりはきょうだいではあったが、義理で血は繋がっていない。法律上、夫婦になるのはなんら問題はないのだ。


「スイにも一緒におって欲しかったな」


「せやな。でも、動物は役所に入られへんからな。たとえスイでも」


「うん。スイが人間に化けるとかできる猫又やったらねぇ」


「そんなんできる猫又おるん?」


「分からん。あずまくんもタコちゃんもできひん」


「願望かい」


 そんな軽口を叩きながら、ふたりはのんびりと歩く。住吉区役所の最寄り駅は、JR阪和(はんわ)線の我孫子町(あびこちょう)駅か、南海高野(なんかいこうや)線の沢ノ町(さわのちょう)駅。ふたりの住まいは阪和線沿いの長居(ながい)駅でもあるので、1駅分電車に揺られ、あとは歩いて区役所に赴いたのだ。


 こうした他愛のない時間も、今やますます大切に思える。横に大切な人がいて、目が合えば自然に笑顔が溢れるのだ。




 出口(でぐち)さんには、保さんに報告した週の金曜日に知らせた。蛍くんと那津が実は思い合っていたことも。出口さんは大いに驚きはしたものの。


「……あ、でも、そう言われたら、納得できるかも。友永くんが那津さんを見る目が、いつでもめっちゃ優しかった。松比良くんとはちゃうような。大事なきょうだいやからと思ってたんやけど、そういうことやったんやね」


 そして、保さんはその場で出口さんに告白をした。出口さんは顔を真っ赤にして大慌てしながら。


「と、ととと友だちからってことで、あ、ででででも今もあたしと松比良くんは友だちやった、どどどうしよ〜」


 その様子が可愛らしくて、那津は思わず笑みをこぼしてしまったものだが。


 そして今、ふたりはお付き合いを始め、それは順調に続いている。深川(ふかがわ)さんのこともあって、特に出口さんは慎重になっていたが、それはこれから考えたいと。


 問題の先送りみたいになってしまうが、深川さんのことに関しては、きっと時間が解決するだろう。元木(もとき)さんと姫路(ひめじ)さんには打ち明けて、相談をしているそうだ。


 蛍くん方のご祖父母には、結婚を決めたあとの月曜日のお昼過ぎに時間をもらい、(さかい)市の自宅にお邪魔した。和室の応接間で、年季の入ったブラウンの座卓を挟んだ。


 蛍くんから話を聞いたお祖父さまは渋い顔をし、お祖母さまは「あら、まぁ」と表情を輝かせた。


「おめでたいやん、ねぇ、お父さん」


「うむぅ……」


 お祖父さまはそう唸るが、やがて、腹を決めたように背筋を伸ばして。


「那津さん、蛍のこと、よろしゅうたのんます。もう、わしらなんかより、那津さんのほうが、きっと蛍のことを理解しとる。蛍がうしろ指差される覚悟で守りきった関係や。きっと、蛍にとってはなによりも大事やったんや。せやから那津さん、たのんます」


 お祖父さまは神妙にそう言って、深々と頭を下げた。那津は慌ててしまって。


「お祖父さま、やめてください。あの、わたしこそ、なんて言ったらええんか、あの、難しいですけど」


 那津はゆっくりと落ち着きを取り戻した。


「あの、わたし、蛍さんと支え合って、ふたりと、ペットのスイとで幸せになります。せやから、これからもどうぞよろしくお願いします」


 那津は身体を座布団から後ろにずらし、畳に頭を擦り付ける勢いで三つ指をついた。今度はご祖父母が慌てる番だった。


「那津さん、顔あげたって」


「そうよぅ、わたしらは、蛍がええならそれでええんよ。那津さんがええ子やってことも、ちゃんと知ってるから」


「ありがとうございます」


 那津はいったん上げた頭を、もう1度下げた。


 もちろん、蛍くんが女性だと偽っていたことは、誠心誠意、謝った。




 さて、問題は、那津方の親戚だった。祖父母、祖父母のきょうだい、その他諸々。まずは祖父母に打ちあけようと、蛍くんのご祖父母宅を辞したあと、時間を調整して、大阪市内の淀川(よどがわ)区にある祖父母宅に向かった。


 蛍女性説に関しては、那津方の親戚筋へのほうが罪が重いように、蛍くんは感じている。正直なところ、殴られても仕方がないと思うほどに。


 ところが。


「ま、そんなこったろうと思っとったわ」


 お祖父ちゃんは呆れたようにそう言った。お祖母ちゃんも「ねぇ」なんて頷いている。蛍くんと那津は思わず呆気にとられてしまった。


「え、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、気づいてた?」


「ちゅうか、嘘でもおかしないなって話。わたしらは、蛍くんがそんだけ那津が大事なんやって解釈したんやわ。やから、あのままいっしょにいてもらおうと思ったんよ」


 蛍くんと那津は、顔を見合わして、すっかりと脱力してしまった。


「嘘やん……」


 那津が思わずもらすと、お祖父ちゃんは「わはは」とおかしそうに笑った。お祖母ちゃんもにこにこしている。さすが、年の功といったところだろうか。


 この場には、かなめ伯母ちゃん夫妻もいた。スイも猫又の力でやってきていて、あずまくんとタコちゃんとじゃれ合って遊んでいる。が、呆けた蛍くんと那津を見て。


「にゃあ、なあ」『蛍はぼくが助けへんかったら、言わないつもりだったのにゃ。那津も自分の気持ちに気づかなかったのにゃ』


 するとあずまくんとタコちゃんは「にゃあ! にゃあ!」「にゃあご、にゃあ!」と大騒ぎだ。


『スイ、キューピットだにゃあ!』『スイくん凄いのにゃあ!』


 蛍くんと那津は、ついつい苦笑してしまう。


「しっかし、かなめも1枚噛んどったとはねぇ。それはさすがにわたしらも分からんかったわ」


「ほんま、強かなやつやで」


 お祖母ちゃんとお祖父ちゃんにそう言われたかなめ伯母ちゃんは「いやぁ」と照れる素ぶりを見せた。


「褒めてへんけど褒めたるわ。それが那津の幸せに繋がったんやから」


「お祖父ちゃん」


 那津がぽつりと言うと、お祖父ちゃんはゆったりと頷いた。


「那津、わしらが願ってるんは、那津とスイの幸せや。蛍くんの存在がそのためになるんやったら、わしらはふたり、いや、3人を応援する。蛍くん」


「はい」


 蛍くんは正座をし、姿勢を正した。


「万が一、いや、億が一やで、もし、蛍くんが那津とスイを不幸にするようなことがあったら、それだけはわしらは絶対に許さん。大事な大事な孫娘や、それだけは覚えといてくれな」


「はい、肝に命じます。絶対に、なっちゃんとスイと3人で幸せになります」


「うん」


 お祖父ちゃんは満足げに頷き、その場には穏やかな雰囲気が漂ったのだった。




 そんな経緯があって、蛍くんと那津は、無事結婚をすることができたのだ。本当に、身近な人々に感謝しかない。恵まれすぎていて、怖いほどだ。


 結婚式は挙げる予定はない。だが保さんや出口さんたちを始めとしたご常連たちが、今週の金曜日にお祝いをしてくれるのだそうだ。ウェディングケーキ代わりのホールケーキも用意してくれるとのこと。なので、その日は那津たちも少しだが、ごちそうしてもらう予定だ。那津もはりきってお惣菜を作りたいと思っている。


「蛍くん、早く帰ろ。スイに会いたい」


「せやな」


 お兄ちゃんが那津の手を取ってくれる。ごつっとした、だが暖かな体温がじんわりと伝わる。


 那津の心は晴れ晴れとし、そしてぬくもる心に身を委ねたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ