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第6話 知るために

 ぐずぐずとひとしきり泣いて落ち着いたころ、那津(なつ)は手の甲で涙をぬぐい、洟をすすった。


「スイ、ありがとう、お母さんに会わせてくれて。一緒におってくれて」


「にゃあ」


「お兄ちゃんが起きてきたら聞いてみようと思うねん。スイ、また一緒におってくれる?」


「にゃあん」『仕方がないにゃあ』


 スイのちょっと呆れたようなお返事。那津はそんな様子にくすりと笑みをこぼす。


「とりあえずリビング行こか。お兄ちゃん、まだ寝てるんやろか」


「にゃあぁ」『お寝坊さんなのにゃ。昨日はそんなに遅かったのかにゃあ?』


「そうやねぇ」


 那津とスイは送ってもらって帰り着いたあと、シャワーを浴びて、軽く晩酌をしたら早々に寝てしまった。なので、お兄ちゃんが何時に帰ってきたのかは知らないのだ。


 スイを抱いて、お父さんとお母さんの遺影を見つめる。


 どうか、安らかにおってね。実のお父さんと、お父さんの前の奥さまと、喧嘩とかせんといてね。


 那津の実のお父さんの写真は、お母さんたちのお部屋に大事に保管されている。きっとお兄ちゃんの実のお母さんの思い出の品もあると思う。今度見せてもらおうかな、なんて思いながらリビングに向かうと、ふわん、とよい香りが鼻をかすめた。


 見ると、ダイニングテーブルでお兄ちゃんがブランチを食べていた。コンロに置いてあったお味噌汁を温め、ごはんをよそい、卵は自分でスクランブルエッグを作ったようだ。


「あ、なっちゃん、おはよう」


 那津にとっては意表を突かれた形になったので、少し間が開いてしまった。


「……おはよう、お兄ちゃん」


 不自然な表情になっていないだろうか。ほんの少し、顔がこわばってしまっているように感じた。


「って、どうしたん、なっちゃん、目が赤いで?」


 お兄ちゃんが慌てた様子でお箸を置く。さっきまで泣いていたからだろう、腫れてもいるかも知れない。那津は慌てて言い訳を考えた。


「なんでもないねん。えっと、めっちゃ痒くてめっちゃこすったから、充血してしもたんかも」


「そうか? それやったらええんやけど。目薬さしときや」


「うん」


 那津はお兄ちゃんの正面、いつもの席に腰を降ろす。スイは膝の上にいてもらう。お兄ちゃんお手製のスクランブルエッグは、近くで見たらぱさついていた。それをカバーするように、マヨネーズがかけられている。実はお兄ちゃんはお料理が苦手なのだ。


「なっちゃんに声かけようと思ったんやけど、おとんらの部屋でなんかしとるみたいやったから、邪魔したら悪いなって」


 那津は思わずぎくりとして。


「え、なんか聞こえた?」


「ぼそぼそ声な。なに話しとったとかは聞こえてへん。おとんたちとかスイとかと喋ってるんやって思ってたけど」


「う、うん、そう、お母さんたちとね」 


 思わずどもってしまうが、お兄ちゃんは特に引っかかった様子はなく、お食事を進める。マヨネーズがまとったスクランブルエッグを口に運んで、微妙な顔をする。


「やっぱ、なっちゃんが作ってくれたやつのほうが、格段に美味いわ。おれが作るとぱっさぱさになるんよなぁ」


「スクランブルエッグはねぇ、フライパンをしっかりとあっためて、油は多いめで、火を通しすぎんように大きく外からなかに混ぜるんよ。それで美味しくできるんよ」


「そっかぁ、おれのとぜんぜんちゃうわ。おれ、適当に油引いて、多分フライパンもあんまあっためへんかったかも。そんで、菜箸でがしがし混ぜた」


 お兄ちゃんはそう言って、からからと笑う。お兄ちゃんは自分が料理下手なのを自覚している。だからこのお家の炊事担当は那津の役目なのだ。いつも那津のごはんを「美味しい、美味しい」と食べてくれる。


 それでも那津の邪魔をしないように、と、自ら用意してくれたのだ。その気持ちが嬉しい。


 本当に、お兄ちゃんは那津のことを考えて、尊重してくれている。そんなお兄ちゃんだから、もし心が女性だということが偽りであっても、それはきっと那津のためなのだ。


 だから、正面から聞かなければ。それでもお兄ちゃんが言いたくないのなら、きっとそれも那津のためなのだと思う。


 自分によく取りすぎだろうか。だが、お母さんも言ってくれたのだから。違ったらそれでもよい。那津は本当のことが知りたいのだ。


「ごっそさん」


 お兄ちゃんは食べ終えると、使い終わった食器を重ね、キッチンに下げる。そしてすぐに洗い始めた。


「お兄ちゃん、コーヒー入れる?」


「お、ありがとう」


 那津が立ち上がろうとすると、那津は横の椅子にするりと移動する。那津はコーヒーを淹れるためにキッチンに入った。すぐそばにお兄ちゃんがいる。今はお家なので、女装はしていない。お兄ちゃんの女装は「ウィスキーバー TOMO(トモ)」の営業時と、保さんと出かけるとき限定と言えるのだ。


 コーヒーと言ってもお手軽にインスタントだ。それぞれのお気に入りのマグカップを出す。お兄ちゃんのは真っ白の無地なもの、那津のはネイビー地に花柄が染め抜かれているものだ。電気ケトルにお水を入れて電源を入れ、コーヒーの粉をマグカップに落とした。


 お湯は30秒もあれば沸いてくれる。かちっと電源が切れたので、マグカップに注いだ。それぞれをスプーンでかき混ぜ、ダイニングテーブルに運ぶ。続けてスイ用に、お水を用意した。


 那津が椅子に戻って熱々のコーヒーに息を吹きかけていると、洗い物を終えたお兄ちゃんが元の椅子に掛ける。那津はマグカップを置いて、お兄ちゃんを見据えた。


「お兄ちゃん、あのね」


「ん?」


 お兄ちゃんの手がマグカップに伸びる。


「ある人から聞いてん。お兄ちゃんの心が女性やっていうの、ちゃうんちゃうかって」


 お兄ちゃんの動きが止まる。見つめていたお兄ちゃんの顔が引きつり、息を呑んだのか喉が小さく動いた。

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