第3話 お昼のキーマカレー
7月になった。もうすでに酷暑といってよい気温になっていて、お日さまの光が痛いほどである。
開店して3ヶ月が経つ「ウィスキーバー TOMO」があるのは、大阪市の長居である。大阪市内でも最大級の規模である長居公園があり、人々の憩いの場になっている。
プロサッカーリーグJリーグに所属するセレッソ大阪のホームグラウンドであるヨドコウ桜スタジアムや植物園、相撲の土俵などが内包されていて、そのなかでもヤンマースタジアム長居は5万人の収容数を誇る。アーティストのライブやスポーツの国際試合などが行われたりするのだ。
那津たちが暮らすのも、長居のマンションである。間取りは4LDK。両親とお兄ちゃん、那津の部屋がそれぞれあり、スイはお母さんのお部屋で、お母さんと一緒に寝ていた。今では那津の飼い猫扱いだが、もとはお母さんに憑いていた猫又である。
夫婦は寝室を一緒にするご家庭も多いだろうが、那津たちの両親の場合は再婚同士ということもあったのか、それともお仕事で疲れて少しでもゆっくりしたかったのか、それぞれのお部屋にベッドを入れていた。そんなふたりの部屋は、今もほとんど手つかずで置いてある。
今はまだお兄ちゃんとスイ、那津との暮らしだから問題はないが、これからライフステージが変わるだとか、そういうタイミングで、いじらなければならないときが来るかも知れない。そうなったらそのときに考えることにする。
問題の先送りなのだろうな、とは思っている。だが両親の遺品を目にすると、情けないことにまだ目が潤みそうになる。まだ両親のものはなにひとつ手放したくない。
そう思うと、心はかなり癒えたのに、まだ割り切れてはいないのだなと感じる。それほど両親は那津にとって大切だった。その思い出を大事にするのは、決して悪いことではないはずだ。
「TOMO」はお昼と夜の営業である。お昼は照明を明るくして、具だくさんキーマカレーを提供している。カレー粉を使ってはいるが、那津なりに工夫をした一品だ。限定20食である。
玉ねぎのみじん切りをじっくり飴色になるまで炒め、そこにカレー粉を投入。香りが立つまで炒めたら、別のフライパンで焦げ目が付くように炒めておいた合挽き肉を加える。そしてトマトの水煮を入れ、水分が少なくなるまでじっくりと煮詰める。
具は日替わりで、今日はお茄子とグリンピースとヤングコーン。ひと口大に切ってごろごろと入れる。お茄子はとろとろにしたいので先に入れ、色をきれいに遺したいグリンピースは最後のほう。ヤングコーンは水煮なので温める程度。
お昼は那津ひとりで切り盛りする。スイもお家でお留守番だ。その間、お兄ちゃんは家事を請け負ってくれる。
カウンタ席の奥には、スイが納まる猫かごが置かれている。それを見たお昼のお客さまが。
「あのかごはなに?」
なんて聞いてくる。なので、夜のバーの時間帯には黒猫がいることを伝えると。
「めっちゃええやん! 羨ましい〜」
と目を輝かすのだ。やはり猫の破壊力は凄い。
お昼の閉店時間を迎えると、女装をしたお兄ちゃんがスイを連れてやってくる。手にはエコバッグが。中身はコンビニで買ったごはんだ。温めもしてもらっている。
この日はパスタだった。ナポリタンとカルボナーラ。お兄ちゃんはそれをカウンタに出して。
「どっちがええ?」
と、必ず那津に選ばせてくれる。お兄ちゃんいわく、お兄ちゃんにとってはどちらも食べたいものだから、それで構わないそうなのだ。
「ナポリタン!」
カルボナーラも好きだが、ナポリタンの魅力には抗えない。ナポリタンはお母さんがよく作ってくれていたお昼ごはんなのだ。
味が全然違うだろうということは分かっていつつも、つい手を伸ばしてしまう。那津にとって思い出の味なのである。
お兄ちゃんと那津はカウンタで並んで、お昼ごはんを食べる。「いただきます」と手を合わせて、使い捨てのフォークを手にした。
スイのごはんは、お店にストックしてある猫缶である。スイは猫又なので、人間が食べられるものは、それこそ塩分が含まれているものや、ねぎ類もチョコレートも食べることができる。だがお兄ちゃんの前で与えることができないので、猫缶を食べてもらっている。
とはいえ、スイの大好物は、いわゆる猫まんま、粗食である。ほかほかごはんの上に削り節をたっぷりと乗せ、お醤油を垂らしたごはんだ。お家でなら自室でこっそりあげることもできるが、「TOMO」では難しい。人の目があるからだ。
猫缶には塩分が含まれておらず、まさに「素材の味を活かした味」である。猫まんま好きのスイには物足りないかも知れないが、文句も言わず食べてくれる。スイは状況を弁えることができる猫又なのである。
那津はナポリタンを食べ進める。このコンビニのナポリタンはトマトソースが使われているので、ケチャップを使うお母さんのものとも那津のものとも違う。それでも(美味しいな)と思う。やはり労働のあとだからか、トマトの甘みと酸味が身体に沁み渡る気がする。
食べ終わったら、夜の営業に使う食材の買い出しである。ウィスキーなどのドリンクは業者さんに運んでもらうが、フードはスーパーで食材を見ながら決めるのだ。
スイには「TOMO」でお留守番をしてもらい、お兄ちゃんと一緒に行って、荷物持ちをしてもらうのである。




