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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第2章 王都折り返し編

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第90話 受領印

控室の扉が閉まって、静けさが戻った。


王宮の静けさは、音が少ないのではなく――音が消されているだけだ。




ロウは椅子に座ったまま、足を投げ出さず、背もたれに寄りかからない。


そのくせ、口だけは悪い。




「なあ、ほんとに紙で殴ってんの?」




「殴ってるの」




「すげえ世界だな」




ロウが言い、鼻で笑う。


笑い方が軽いのに、目が周囲を見ている。


無意識の観察。




スイッチが入りかけては、すぐに引っ込める。




まだ“王宮”だと体が分かっている。




レナートはロウの背後に立ったまま動かない。


離れすぎず、近づきすぎず。


触れず、でも逃がさない距離。



それが逆に、圧だった。



――守りの圧。




私は机に紙を広げ、ルーカスに視線を送った。




ルーカスはすでに書式を組み立てている。


一枚目は「確認書」。


二枚目は「受領確認」。




どちらも、王家が“処理した形”を残すための紙だ。




「確認書の提出先は?」




「王太子殿下の執務室付きの文官。もしくは監察官経由です」




ルーカスが淡々と言う。


「拒否されても構いません。


拒否の記録が残るので」




「嫌な正しさね」



「僕は基本、嫌な正しさで生きています」


さらっと言って、ルーカスはペン先を整えた。




そのとき。




扉が二回、控えめに叩かれた。




侍従が入ってくる。


その後ろに、文官が一人。




紙束を抱え、額にうっすら汗を浮かべている。


王太子の指示で動いているのだろう。




文官は一礼し、机の前に立った。


「……確認書の作成、とのことですが」




ルーカスは笑わない。


「はい。


提出書式は王宮の定式に合わせます。


受領印が必要です」




文官の目が一瞬だけ泳いだ。




受領印。


それはつまり、“受け取った”という記録だ。




受け取った以上、王家の管轄下で“管理している”ことになる。




文官は咳払いをして、慎重に言う。


「……内容次第では、受領できません」




「受領できないなら、却下の理由を文書でください」


ルーカスが即答する。




「口頭は不可です。


あとで“言った言わない”になりますから」




文官の肩が、ほんの少し落ちた。




――この人は、敵ではない。


ただ、巻き込まれている。




王宮の“下の人間”は、いつもそうだ。




私は口を挟まず、ロウに目をやる。




ロウは興味深そうに、そのやり取りを見ている。


口元は悪そうに歪んでいるのに、目は真剣だ。




「……なあ、あの人、逃げたい顔してる」


小声で言う。



「逃げたいでしょうね」



「俺も逃げたい」



「あなたは逃げない」



ロウが唇を尖らせる。


「……先生、なんか言えよ」



レナートは答えなかった。


代わりに、ロウの頭上を一瞬だけ見下ろして、視線を戻した。


言葉の代わりに、そこにいる。



それだけで、ロウは「ちぇ」と言って黙る。




ルーカスは紙に数行書き、文官に差し出した。


「これが確認書です。


内容は四点。


すべて“履行のために必要な確認”です」




文官が目を走らせる。




早い。




そして、読み終えた瞬間に眉が寄った。




「……これは……」




「穴を塞ぐための確認です」




ルーカスの声は丁寧だ。


丁寧なまま、逃げ道がない。




「責任者の氏名。


受領者の氏名。


護衛の指揮系統。


参考人の扱い。


どれも“命令の実行条件”です」




文官は喉を鳴らした。


「……受領印が下りない可能性が」




「可能性で止めないでください。


受領できないなら“却下理由”をください」




同じ言葉を、同じ温度で返す。




文官は、しばらく沈黙して――観念したように小さく頷いた。


「……上に回します。


受領は、担当官の判断になります」




「ありがとうございます。


あと、もう一枚」




ルーカスは二枚目を差し出す。




「確認書を提出した、という事実の受領確認です。


日付と提出者、提出先を記録します」




文官が固まった。


「……そこまで、必要ですか」




ルーカスが首を傾げる。


「王宮の書類は、消えますか?」




文官は答えなかった。


答えられない。




答えが“はい”だからだ。




私はその沈黙を、心の中で採点した。



――王宮は、やっぱり王宮だ。




文官は震える手で、二枚目にもサインを書いた。


受領印はまだだ。


でも、提出記録だけは残る。




「必ず、返答を」



「はい。


……できるだけ早く」




文官が一礼して、部屋を出る。




扉が閉まった瞬間。




ロウが、ぽそっと言った。


「……ねえ、クラリス」




「なに」




「これさ。


あいつら、わざと適当なんじゃね?」




私は瞬きを一つした。



ロウの目が、静かに冴えている。




スイッチが入りかけている。


でも、感情は薄い。




観察だけが走っている。




「適当なのか、適当に見せてるのか」




ロウが言う。


「“穴”があると、みんな勝手に埋めるじゃん。


勝手に動くじゃん」




私は口角が動きそうになった。




……この子、ほんとに厄介だ。




「そうね」




私は肯定だけして、深掘りしない。




ここで“鋭い”と褒めたら、ロウはまた一人で動く。




レナートが、低く言った。


「ロウ」


短い一声なのに、重い。


呼ばれたロウが、反射で背筋を正す。




「……なに」



「動くな」



「動かねえよ」



「動くな」




二回目。


ロウが目を逸らし、鼻で笑った。


「……わかったよ、先生」




その返事の軽さの裏で、ロウはちゃんと従う。




私はそのやり取りを見ながら、机の上の紙を指先で揃えた。




提出記録が残った。


確認書が回った。




次は、向こうが動く。




動けば、記録が増える。


動かなければ、穴が露出する。




どちらに転んでも、こちらは“刺せる”。




私は静かに息を吐いた。




そして、次の一手を決める。




――王太子が一番嫌がる形で。

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