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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第2章 王都折り返し編

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第89話 確認書

王宮の廊下は、広い。

広いくせに、息が詰まる。



石の床は磨かれ、壁には絵画、燭台、赤い絨毯。

すべてが「ここは王家だ」と主張している。



けれど、さっきの命令書は――主張のわりに、雑だった。



私は歩きながら、ルーカスに視線を投げる。



ルーカスは頷く。

顔に出さないまま、頭の中だけで結論を積み上げている顔。



レナートは、少し遅れて歩く。

足音は静かで、背筋は崩れていない。



ただ――手だけが硬い。



袖口の下で、拳を作って、ほどいて。

それを、何度か繰り返している。




「……控室は、こちらです」


案内役の侍従が言い、脇の小部屋を開けた。




室内は質素だった。

机と椅子。

窓は高く、外の光が白い。




そして。


ロウが、いた。



椅子に座っている。

両足は床に下ろしているが、怪我の方をかばって、片側だけ少し引いている。



服はきちんと整えられていた。

王宮に入るための最低限の体裁――誰かが急いで整えたのだろう。



ロウは、こちらを見ると、きょとんと首をかしげた。


「……終わった?」



その言い方が、あまりに普通で。


私は思わず息を吐いた。


「終わってない。まだ“始まった”だけ」



ロウは「ふーん」と言って、椅子の背にもたれかけ、すぐにやめた。

背筋を戻す。癖だ。危ない場所だと身体が分かっている。



レナートがロウの前まで行く。


……近い。

でも、触れない。


触れないまま、視線だけでロウの顔色と呼吸を確かめる。



「痛みは」


「別に」



ロウは短く返し、すぐに付け足した。


「……いや、痛いけど。歩ける痛さ」



レナートの眉が、ほんの少しだけ動く。


「歩くな」


「は?」


「歩くな」


二回目は、声が低い。

怒っている時の、温度のない低さだ。



ロウが一瞬むくれたように口を尖らせる。


「……先生、今ここ王宮だぞ。声」


「だからこそだ」



レナートは言い切った。

そこでようやく、拳がほどける。



――この人は、怒りを出しているのではない。

怒りを、枠に入れている。



私はロウから視線を外し、ルーカスに小さく頷いた。


「確認書、作る?」


「はい」


ルーカスは即答した。



「“命令を履行するために必要な確認事項”として提出します。形式は整えますが、向こうの穴は塞ぎません」


私の口元が少し上がりそうになって、やめた。



そう。

塞がない。



塞いだら、向こうが助かる。



「確認項目は四つで足ります」




ルーカスが指を折る。



「第一。指揮監督責任者――王家側の担当官の氏名と権限」


「第二。神殿側へ移行する際の“受領者”――神殿側の責任者の氏名」


「第三。護衛と移動経路――護衛の指揮系統と費用負担」


「第四。参考人の扱い――控室待機者の安全確保と医療責任の範囲」




ロウが、ふっと笑った。


「……紙って、殴れるんだな」


レナートがロウを見た。


「殴れる」


それだけ言った。


ロウは、またきょとんとする。

その顔が、妙に子供らしくて。



私は一瞬、胸が詰まった。



――この子を、王家の机の上に置いたままにする。

それが、どれだけ危ないか。



だから、なおさら。


私は命令書の紙面を思い出す。



名前のところ。

呼称のところ。



「ロウ」。



その二文字は、呼び方としては正しい。

私たちが呼んでいる名だから。



でも――公文書に書くなら、本来は違う。



(今は言わない)


(言えば、直される)


(直されれば、こちらの刃が一本減る)



私は紙を閉じるように、思考を畳んだ。


ルーカスが侍従に言う。


「確認書を提出します。文官を一名お借りできますか」


侍従は一瞬だけ渋い顔をし、すぐに礼をした。


「……承知いたしました」




扉が閉まる。


静けさが落ちる。



ロウが小さく欠伸をして、口を押さえた。


「なあ、クラリス」


「なに」


「これさ、俺、いつまでここにいるの」



答えようとして――私は止めた。



この部屋の壁は厚い。

でも、王宮の壁は、薄い。



代わりに私は、笑ってしまいそうなほど淡々と言った。



「管轄が決まるまで」


ロウが顔をしかめる。


「またそれかよ」


「またそれよ」



同じ言葉を返して、私は肩をすくめる。


ロウは不満そうに鼻を鳴らし――でも、すぐに諦めた。



ため息一つ。

短い。

さっぱりしている。



そして、その短い息の向こうで。


レナートが、何も言わずに立っている。



触れない。

触れないまま、背中で守るように。



私は、その姿を見て。


――この人は、もう医者だけではいられない。



そう思った。


そして。



この雑な命令書は、私たちを縛るために来たのに。


逆に、私たちの手に「武器」を残してきた。



(……ありがとう、と言うべきかしら)


もちろん言わない。


言うのは、刺す時だ。



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