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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第2章 王都折り返し編

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第88話 穴だらけの命令書(受領)

命令書は、朝一番で届いた。


封蝋は王家。


けれど――押されているのは、正式な公文書用のものではない。


薄い。


軽い。


「……“お忍び”の癖が抜けていませんね」


ルーカスが淡々と言って、封を切った。


紙の匂いがする。


それだけで、嫌な予感がした。


 


私は机に手をつき、内容を追う。


まず目に入ったのは、冒頭の言い回しだった。


“命ずる”。


“速やかに”。


“王家のために”。


威圧だけは立派。


でも、その下の段が、雑だった。


 


「クラリス様」


ルーカスが私を見た。


「これは……“命令書の形をした誘導”です」


「ええ。わかる」


わかるから、胃が痛い。


わざと荒くしてある。


突っ込ませるために。


怒らせるために。


泣かせるために。


燃料を作るために。


 


ページをめくる。


セレスティナの役割が、明文化されている。


“神殿側への連絡”。


“調整”。


“同行”。


言葉の上では、ずいぶん“公的”だ。


そのくせ、肝心の扱い――指揮系統が曖昧なまま。


王家の監督下?


神殿の管轄?


それとも、ただの“添え物”?


 


「……ここ、わざとですね」


ルーカスが指先で行を押さえた。


「責任の所在を、あとで好きに変えられる書き方です」


「つまり、失敗したら私のせいにして、成功したら殿下の手柄」


「その通りです」


言い切るのが腹立たしいくらい、正しい。


 


私はゆっくり息を吸って、吐いた。


怒ったら負ける。


怒った瞬間、向こうの物語が完成する。


だから、私がするのは――記録。


条文。


手続き。


 


「乗るわ」


私が言うと、ルーカスが一度だけ瞬きをした。


「……よろしいのですか」


「ええ。乗る。ただし、柵の形をこちらで決める」


私は紙を閉じて、机の上に置いた。


「“受領”はする。でも“執行”は、確認のあと」


 


そのとき、扉が静かに開いた。


足音がない。


空気だけが、ひやりとする。


 


灰の司祭が、いつものローブ姿で立っていた。


目元だけが見える。


そこに、がっつりとした隈。


寝不足というより、脳を酷使した人の色だ。


 


「……早いですね」


私が言うと、灰の司祭は首を少し傾げた。


 


「王都は、紙が走るのが早いです」


声は低い。


落ち着いている。


ローテンションの日だ。


 


ルーカスが形式的に会釈をした。


「灰の司祭。今は公的な場です。余計なことは――」


「余計なことは、しません」


灰の司祭は、あっさり遮った。


そして、机の上の命令書に視線を落とす。


 


「……穴だらけですね」


「ええ」


私が同意すると、司祭は少しだけ笑った。


目元だけで。


 


「でも、穴は使えます」


「使います」


ルーカスが言い切った。


真面目な声が、鋼みたいだった。


 


灰の司祭は、淡々と続ける。


「“受領”は正しいです。拒否は燃料になります」


「だから、受領」


私が頷く。


「その代わり、“運用確認書”を出します。責任者の確定。管轄の確定。同行者の扱い。連絡系統」


ルーカスが即座に紙を引き寄せた。


「文案、作ります。公爵名義。王家宛。控えは三通。配布先も決めます」


「市場で」


灰の司祭が言う。


「神殿前ではなく」


 


私は、思わず口角が上がりそうになった。


この人、相変わらず現代の炎上対策みたいなことを言う。


でも、それが一番効く。


 


ルーカスが筆を走らせる間、私は命令書をもう一度見た。


そして――そこで、気づいた。


 


“平民 ロウ”。


 


私は指先で、その文字をなぞった。


ロウ。


愛称。


呼び名。


便利な省略。


でも――


 


「……これ、ひどい」


私が小さく言うと、ルーカスが顔を上げた。


「何がですか」


私は、命令書のその行を示した。


 


「ロウは愛称よ。本名はローワン」


 


ルーカスの筆が、止まった。


そして、灰の司祭が――ほんの少しだけ、目を細めた。


笑っている。


ローテンションのくせに、悪い顔だ。


 


「……ああ」


灰の司祭が静かに言った。


 


「殿下、平民の名前を――正式書式で間違えましたね」


 


ルーカスが、すぐに理解した。


「つまり……命令の対象が、法的に固定できない」


「ええ」


私は頷いた。


胸の奥が、少しだけ冷える。


怒りじゃない。


これは、刃を研ぐ感覚だ。


 


「受領はする」


私は言う。


「でも、確認書にはこう書く――“対象者の氏名の確定が必要”」


「そして、確定できない限り、執行は停止」


ルーカスが続ける。


声が淡々としているのに、快感が混ざっていた。


 


灰の司祭は、肩を揺らさずに笑った。


 


「穴に乗ってあげるだけで、殿下が勝手に落ちます」


 


私は命令書を閉じた。


これで、次の一手が決まった。


 


殿下は、穴だらけでも“設計”だと思っている。


自分が操っているつもりでいる。


 


でも――


“ロウ”の二文字で、すべてがひっくり返る。


 


そして、もっと大きい問題も残っている。


セレスティナを、どう扱うか。


同じ目的地に向かわせつつ、別行動にする。


合流しても燃料にされない形で。


 


ルーカスが文案を差し出した。


私はそれを受け取り、署名欄を見た。


公爵名義。


記録として残る。


逃げ道は、もう作らせない。


 


「行きましょう」


私は言った。


 


王都へ。


そして神殿へ。


 


殿下が作った“柵”を、


こちらの手で“檻”に変えるために。

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