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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第2章 王都折り返し編

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第86話 指示書到着――聖女の役割は“明文化”される

翌朝。



王太子宮からの使者は、夜明け前に公爵家へ来た。


やけに丁寧な箱。


やけに重い封蝋。




「殿下の指示書でございます」




執事長が、白い手袋のまま差し出す。


封蝋は王家。


――つまりこれは“公務”だ。



お父様が封を切る。


紙の擦れる音が、部屋の空気を冷やした。



私は机の向かいで背筋を伸ばす。


ルーカスはすでに、読む姿勢に入っている。


レナートは壁際。


手を組み、表情を薄くしたまま動かない。


控室にはロウがいる。


昨夜からずっと、待たせている。




(先に、鎖の形を見よう)




お父様が紙面を読み上げた。




「王太子命令」


「公爵令嬢クラリス・フォン・アルヴェーンは、王家婚約者として、神殿案件の調整に従事せよ」


「期間:王都滞在中」


「目的:神殿と王家の対立の鎮静、及び領民への不安拡散の防止」



ここまでは想定内。


ルーカスが小さく頷いた。


“目的”が書かれている。


これで、あとから「違う意図だった」と言えない。



問題は次だ。


お父様の指が、次の段落へ滑る。




「同行者――」


「聖女セレスティナは、王家随行として同行する」




私は一度、息を止めた。


“神殿代表”ではなく、“王家随行”。


つまり、聖女の涙は“神殿の権威”としてではなく、王家の手札として扱われる。


便利に使う気だ。



お父様が続けた。




「聖女セレスティナの役割は以下の通り」


「一、神殿側への意向伝達及び調整」


「二、必要に応じた“祈り”による沈静化」


「三、王家の権威の補助」



ルーカスが、紙を受け取った。


目線が早い。


そして、止まった。




「……ここですね」




彼は指で、条文の最後をなぞる。




「四、調整過程における聖女の言動は、王家の指揮監督下に置かれる」


「記録担当:王家書記官」


「記録は王家保管とし、必要に応じて公爵家にも写しを交付する」



私は、笑いそうになった。


――地味に詰んでいる。


セレスティナは、好き勝手に泣けない。


泣いたら“公務としての言動”になる。


そして、記録される。




(殿下、そこまで考えて書かせた?)




いや。


たぶん違う。


これはルーカスの型だ。


指揮監督、記録、写し。


“言質を残す”形式。



ルーカスが淡々と言う。




「殿下は、聖女様を“手札”として同行させるつもりです」


「ですが同時に、王家の責任の下に置いてしまった」


「泣き落としが公務として発動した場合――」


一拍。


「責任は王家です」



お父様が、低く頷いた。




「良い」


「これで、涙が暴走したときの逃げ道が消える」



壁際で、レナートの視線がわずかに動いた。


感情は表に出さない。


でも、彼は理解している。


誰かが泣けば、誰かが壊される世界だ。


それを“責任”の鎖で縛った。



ルーカスが、さらに一枚を引いた。


添付書類。


同行者規程――つまり“同行の条件”だ。




「武装護衛の同行を認める」


「ただし王都内における護衛指揮は王家が行う」


「公爵家は名簿を提出し、承認を得ること」



お父様が小さく息を吐いた。




「王家が指揮するなら、護衛は動かしづらいな」


「でも、名簿が通れば、存在は公的になる」



私は紙面の端を見た。


そこに、最後の一文。




「なお、公爵令嬢クラリスは、王家婚約者としての立場において、殿下の名誉を損なう言動を慎むこと」



――来た。


首輪。


黙れ、というやつ。



私は指先で紙の縁を押さえる。


落ち着け。


怒るところじゃない。


これは“型”だ。


型は、逆に使える。



ルーカスが、静かに言った。




「クラリス様」


「この一文があるなら、こちらも一文を足しましょう」


「“名誉を損なう言動”の定義を、こちらで記録に残す」


「殿下が勝手に定義できないように」



私は頷く。




「お願い」




そして、もう一つ。


私はお父様を見た。




「お父様」


「控室のロウを、どうするかも、書面に入っていません」



レナートの目が、ほんの少し鋭くなる。


けれど、声は出さない。


ここは私の役目だ。



お父様は頷いた。




「今日中に、王家へ照会を入れる」


「“参考人”として扱うなら、保全の責任を明記させる」


「曖昧なまま、連れては行かない」



ルーカスが即座に補足する。




「照会文は、私が書きます」


「王家保管の記録に必ず残る形式で」



私は紙を閉じた。


封蝋の重さを、指先で確かめる。



婚約は、利用される。


でも、利用されるなら――


利用の手続きごと、鎖にして返せばいい。




次に届くのは、王家からの返答。


そして、同行の出発命令。




その前に。



私は控室へ向かった。


待たせている子がいる。


この話の中心に、いつの間にか刺さってしまった――


ロウが。


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