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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第2章 王都折り返し編

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第80話 婚約は“宣言”では切れない

「……婚約は、まだ生きています」



私の声は、静かだった。



けれど――その静けさが、この部屋の空気を裂いた。



レオンハルトの指が、机上の紙を強く押さえる。

ぐしゃ、と音が鳴りそうなくらいに。



それでも彼は、笑う。

笑って見せる。



王太子の仮面で。



「君は、言葉が巧い」



「それとも――逃げ道を探すのが巧いのかな?」



逃げ道。



違う。



私は、逃げない。



私は――“逃げられないようにする”側だ。




「殿下」



私は礼式のまま、背筋を正す。



「私は逃げ道を作っているのではありません」



「“道”を確認しているだけです」



ルーカスが、低く付け足した。



「王家の約定は、口約束では成立しません」



「特に婚約は」



「当事者の意思だけでなく、家と国の承認が必要です」



レオンハルトの口角が、ほんの僅かに歪む。



「――つまり?」



私は答える。



「殿下が“破棄するつもりだった”のは理解しています」



「ですが、宣言はありませんでした」



「そして――王の裁可も、ありません」



一拍。



紙の擦れる音が、遠くに聞こえる。



監察官が、淡々と記録している。



今この瞬間だけは、この部屋にいる“最強の味方”だ。



レオンハルトが、軽く肩をすくめた。



「ふむ……」



「君は、僕に恥をかかせたいのかな?」



恥。



その言葉が出る時点で、彼の土俵だ。



だから私は、土俵に乗らない。

土俵ごと、書類で囲う。




「殿下」



私は一段だけ丁寧に、声を落とす。



「私は恥をかかせたいのではありません」



「誤解をなくしたいのです」



そして、淡々と続ける。



「“婚約破棄が成立していない”以上」



「公爵家は、王家に対して一定の義務を持ちます」



「同時に、王家も――公爵家に対して義務を持ちます」



父が、静かに頷いた。

わずかに。



それだけで、背中に重さが増す。



(お父様がいる)



(私は、一人じゃない)



レオンハルトが、苛立ちを隠すように息を吐く。



「なら、どうしたい」



「君は、僕に何を求める?」



私は即答する。



「整理です」



「――本日この場で、確認していただきたいことは三つ」



指を一本、立てる。



「第一に」



「現時点で、婚約が有効であること」



「第二に」



「殿下が婚約破棄を望むのであれば、それは正式な手続きを経る必要があること」



「第三に」



「その手続きが完了するまで、私への“命令”は婚約関係を前提とすること」



ルーカスが、さらりと補強する。



「つまり殿下、“都合の良い時だけ婚約者”はできません」



沈黙。



痛いほど、沈黙。



レオンハルトの眼が細くなる。



怒鳴れない。

怒鳴れば、ただの癇癪だ。



そして――王が見ている。



本人がここにいなくても。

記録が残る。



レオンハルトは、紙の束を乱暴に揃えた。



怒りを“整える”仕草。



「……いいだろう」



「確認してやる」



「クラリス、君は――まだ婚約者だ」



その言葉が落ちた瞬間。



部屋の端で、誰かが小さく息を呑んだ。



――セレスティナだ。



涙の跡が残る頬が、わずかに引きつる。



(効いた)



(ここ、スカッとポイント)



セレスティナは、すぐに柔らかな微笑みを貼り直す。



そして、ふわりと前へ。



まるで祈りの像のように。



「……殿下」



「婚約が続いているなら、なおさら……」



「傷ついた方々に、癒やしを」



「控室の平民の少年――ロウにも、祈りを捧げさせてください」



来た。



“慈愛”の名で、距離を詰めるやつ。



レオンハルトが、嬉しそうに頷く。



「いい提案だ、セレスティナ」



「君の祈りは、民を救う」



救う?



違う。



“物語を完成させる”ための燃料にするだけだ。



私は、礼式のまま口を開く。



「恐れながら、殿下」



声は丁寧に。

でも、刃は研いだまま。



「控室の者は、本件の参考人です」



「王家が面会を許可するなら、手続きが必要です」



レオンハルトが、眉を上げる。



「手続き?」



私は頷く。



「面会の目的」



「立ち会い者」



「時間」



「そして、彼の安全確保の責任主体」



「――文書にしてください」



セレスティナが、目を丸くする。



「そんな……」



「私は、ただ祈りを……」



私は微笑まない。



微笑むと、彼女の舞台に乗る。



「祈りは尊いものです」



「だからこそ、記録が必要です」



「“誰が”“いつ”“何の目的で”祈ったのか」



「後で、歪められないように」



ルーカスが、淡々と追撃する。



「祈りは証拠にもなりますから」



「発言と同じで」



「後から“違う”は通りません」



セレスティナの睫毛が震えた。



涙が浮かびそうになる。



――でも、ここは王太子の執務室。



市場と違う。

泣けば勝てる舞台ではない。



それでも彼女は、やる。



泣く。



泣きそうな声で、言う。



「……私は、傷ついた人を放っておけないだけです」



「それが罪だというのなら……」



(うわ、来た)



(“私が悪いんです”系の派生)



その瞬間。



部屋の空気が、冷えた。



レナートが、礼式のまま一歩前へ出る。



ほんの一歩。



それだけで、圧が変わる。



「聖女殿」



声は低い。

丁寧で、無機質。

体温がない。



「祈りは医療に関係ありません」



「そして――癒やしが必要な者は、私が診ます」



セレスティナが、一瞬だけ言葉を失う。



レオンハルトが、苛立ちを隠せず口を開く。



「医者ごときが、随分と――」



レナートは、礼式を崩さない。



でも、言葉だけは鋼。



「恐れながら、殿下」



「控室の参考人は負傷者です」



「無許可の接触は、病状の悪化と安全リスクを招きます」



「王家の責任で守るのか」



「神殿の責任で守るのか」



「――管轄を、明確にしてください」



同じ結論に戻る。



でも、繰り返しじゃない。



これは“杭打ち”だ。



私は内心で頷いた。



(この人、本気だ)



(この杭、抜けない)



レオンハルトの指が、机を叩きかける。



叩けない。

叩けば、記録に残る。



だから彼は、紙を掴む。



また、紙だ。



――そして、舌打ちを飲み込むように息を吐く。



「……いいだろう」



「祈りの面会は許可しない」



「控室の参考人は、公爵家の監督下に置く」



「医療監督は――レナート・フォン・ベルデンベルク」



その瞬間。



セレスティナの瞳の奥で、火が消えた。



いや――消えたように見せて、別の火に変わった。



(標的を変える目)



(――ロウを、“救ってあげる”対象にするつもりだ)



私は、背筋の奥が冷たくなるのを感じた。



同時に、決める。



(先に囲う)



(管轄と記録で、囲って潰す)



私は礼式のまま、最後に言った。



「ありがとうございます、殿下」



「それでは――本日決まったことを、正式な文書に残しましょう」



監察官のペンが、止まらない。



紙が積み上がっていく。



涙の舞台が、閉じていく。



そして。



レオンハルトは笑う。



王太子の仮面で。



「いいとも、クラリス」



「君が“記録”で戦うなら」



「僕は――“政治”で戦う」



火種が、落ちた。



静かに。

確実に。



次の戦場は、王都。



そして――国境の向こうだ。



物語を“完成させる”ために。


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