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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第2章 王都折り返し編

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第79話 条件は“記録”で縛る

「承知しました、殿下」



「ただし――条件があります」



私の声は、静かだった。


回廊の空気が、ざわりと揺れる。


泣き声も、噂も、一瞬だけ止まった。


レオンハルトの笑みが薄くなる。



「条件?」



私は礼式のまま、言葉を続ける。


感情を乗せない。


乗せたら、彼の舞台だ。



「王家の“任務”である以上」



「王の裁可を経た正式な命令書を、文書で頂きます」



一拍。


周囲が息を呑む。


文書。


記録。


今いちばん嫌われる言葉。


レオンハルトは笑おうとして、笑えなかった。



「……当然だろう」



当然なら、今ここで出るはずだ。


出ない時点で、“まだ”なのだ。


私は畳みかける。



「次に、同行者の明記をお願いします」



「私は公爵家の一員です。任務中の安全と監督が曖昧では、誰の責任かが不明になります」



父が、隣でほんの少し目を細めた。



(そう、その顔)



(公爵家の娘は、“護られる側”じゃない)



(責任を切り取る側だ)



レオンハルトの視線が、父に流れる。


父は微動だにしない。


礼式のまま、石のように黙っている。


私は、さらに言う。



「第三に」



「任務の範囲を明確にしてください」



「“神殿への不信の調査”とは、何を指し」



「私は何をもって“達成”とするのか」



達成条件がない任務は、永久拘束だ。


追放の言い換え。


それを私は、紙の上に引きずり出す。


ルーカスが、ぼそりと付け足す。



「つまり殿下、曖昧な命令では監査の対象になります」



言葉は丁寧。


刃は冷たい。


レオンハルトの口角が引きつる。


この場で怒鳴れない。


怒鳴れば“非公式”がバレる。


バレれば、自分が困る。


だから彼は、別の武器を抜こうとする。



「……君は随分と、口が回るな」



「その口は、誰に鍛えられた?」



私は笑わない。



「公爵家に生まれた者は、言葉で国を守ります」



「そして殿下は、言葉で国を動かします」



「だからこそ――記録は必要です」



沈黙。


冷たい沈黙。


紙の音だけが聞こえる。


監察官が、ペンを走らせている。


この瞬間だけは、私の味方だ。


レオンハルトが、目を細めた。



「……良いだろう」



「文書は後で回す」



後で。


曖昧。


逃げ道。


だから私は、逃がさない。



「“後で”では困ります」



「この場で、発行の手続きを開始してください」



「――そして、控えの者の扱いも」



レオンハルトが、ぴくりと反応した。


私は続ける。



「今回の件で、関係者として呼ばれた平民――ロウについてです」



「彼は公爵家の庇護下で治療を受けている者であり、同時に参考人です」



「王家が彼を“任務に付随する関係者”として扱うなら」



「移送・保護・監督の責任主体を、文書で明示してください」



つまり――


勝手に触るな。


勝手に連れていくな。


勝手に“救済の旗”にするな。


レオンハルトの視線が、鋭くなる。


その視線の先にいるのは私ではない。


控室の方角だ。



(やっぱり)



(あなたも、気づいた)



(ロウが“中心”だって)



その時。


白い衣の擦れる音がした。


セレスティナが、ふらりと一歩前へ出た。


涙で濡れた睫毛のまま、儚げに首を傾げる。



「……ロウ、という方は」



「そんなに……大切なのですか?」



空気が、凍った。


彼女の声は柔らかい。


でも、柔らかい刃だ。


“私は善意で聞いています”


“私は心配しているだけです”


“私は救ってあげたいだけです”


そういう顔。


そういう声。


私は、内心で舌打ちした。



(来た)



(この女、噛みつく場所を変えた)



レオンハルトが、わざとらしく頷く。



「そうだな……セレスティナ」



「君の慈愛は、いつも国を救う」



慈愛。


便利な言葉だ。


泣き落としと同じくらい、便利。


セレスティナの視線が、控室の方角へ滑った。


そこに“何か”がいると、嗅ぎ取った目だ。



(……まさか)



(レナートに効かないなら、次は――)



私は、背筋が冷えた。


年下だとか、そういう話ではない。


この女にとって、人は“舞台の小道具”だ。


ロウは、あまりに、わかりやすい。


庶民。


傷ついた。


孤児。


若い。


そして――守っている男がいる。


最高の燃料だ。


レオンハルトが、監察官に顎で命じる。



「発行手続きを進めろ」



「王の裁可は――取る」



監察官が頷く。


紙が動き始める。


私は、礼式のまま、最後に釘を刺した。



「ありがとうございます、殿下」



「条件が整い次第、任務を受けます」



「条件が整わない限り――私は動きません」



一言で言えば。


“あなたの舞台には乗らない”


その瞬間。


机の上で、紙が乱暴に掴まれた。


ぐしゃ、と音がするほどに。


レオンハルトの手だ。


怒りを隠しきれない。


でも表情は作る。


王太子の仮面のまま。



「……では、整理しようか」



「クラリス」



「君と王家の“婚約”について」



空気が、張り詰めた。


泣き声も、噂も消えた。


私は、目を伏せたまま息を吸う。



(来た)



(ここからが――本当に、私の戦場だ)



そして私は、ゆっくり顔を上げる。



「はい、殿下」



「“宣言したつもり”では、国は動きません」



「――婚約は、まだ生きています」


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