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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第2章 王都折り返し編

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第75話 “保全”という名前の所属


扉が閉まる音が、最後に残った。


殿下――レオンハルトの執務室。


空気だけが、王宮のものだった。


 


私は礼式のまま、一歩引く。


引いて、息を整える。


 


(……まだ終わってない)


婚約の整理は刺さった。


けれど――本題は、そこじゃない。


 


「殿下」


私は声を落とす。


礼儀の形を崩さず、しかし言葉は真ん中を射る。


 


「先ほどの件、婚約の整理とは別に」


「控室で待機している少年――ロウについて」


「“所属”と“扱い”が、まだ宙に浮いております」


 


レオンハルトの瞳が、わずかに細くなった。


 


「宙に浮いている?」


「ただの平民だ。勝手に拾って連れてきたんだろう」


 


(来た。軽く扱って、責任だけ押し付ける)


私は頷くふりをしない。


頷いたら、同意になるから。


 


「恐れながら」


「“ただの平民”として扱うなら、呼び出す理由が成立しません」


「王宮の控室に“ただの平民”を置くのは、規則上の例外です」


 


一拍。


 


「例外には、例外の記録が必要です」


 


机の向こうで、レオンハルトの指が止まった。


嫌そうな沈黙。


 


ルーカスが、淡々と続ける。


 


「殿下」


「本件は、罪状が確定しておりません」


「拘束理由がないまま留め置けば、“不当な留置”として記録に残ります」


 


(言い方が優しいのに、刃が鋭い)


 


レオンハルトは鼻で笑った。


「なら、罪状を付ければいい」


 


その瞬間。


私は、ほんの少しだけ口角を上げた。


 


「付けられるなら、もう付いています」


「付いていないから、今ここで困っているのです」


 


沈黙。


記録官のペンが、紙の上で走る。


走る音が、王宮の時計みたいに淡々としていた。


 


私は続ける。


 


「殿下が求めているのは、“ロウを握ること”ではありませんか」


「ロウを握れば、私を揺らせる」


「私が揺れれば、公爵家も揺れる」


 


レオンハルトの目が、ぴくりと動く。


 


(図星)


だから、言葉が荒くなる前に――私は、手続きを差し出す。


 


「ですから、こちらから“正式な形”をご提案します」


 


私は、ルーカスへ視線を送った。


ルーカスが、一枚の書式を机上に滑らせる。


 


紙の上の文字は、王宮の言葉だった。


 


「“参考人としての一時保全”」


「監督者:王家」


「身柄管理:公爵家の帯同者」


「医療監督:レナート・フォン・ベルデンベルク」


 


レオンハルトが、紙を見たまま笑った。


笑いの形をした、苛立ちだ。


 


「……要するに、全部お前たちで守って、責任だけ王家に乗せろと言うのか」


 


私は首を振る。


 


「逆です」


「王家の場に置く以上、王家が責任を負う」


「そのうえで、公爵家が“管理を代行”する」


 


一拍。


 


「王家に責任を残すのは、こちらの都合ではなく」


「王家の権威を守るためです」


 


言い切った瞬間。


室内の空気が、少しだけ動いた。


 


(権威を守るため)


それは、王族に最も刺さる言葉だ。


 


レオンハルトは紙を指先で弾いた。


「……レナートの名が入っているのが気に入らない」


 


その声は、ひどく個人的だった。


 


(そこか)


私は内心で息を吐く。


 


「殿下」


私は丁寧に、丁寧に言った。


 


「ロウは負傷者です」


「医療監督の名がない保全は、ただの拘束になります」


「拘束になれば、責任はさらに重くなる」


 


レオンハルトの目が、怒りと計算の間で揺れる。


 


(王が見ている)


その前提が、彼の暴走を一段だけ抑える。


 


そこで。


背後の影が、ふっと動いた。


 


灰の司祭が、いつの間にかそこにいる。


あのローブ。


目元の濃い隈だけが、やけに鮮明だ。


 


「……良い書式ですね」


低い声。


眠たげなのに、言葉だけが妙に冴えている。


 


「“所属”を曖昧にすると、人は消えます」


「曖昧なものは、燃やしても煙しか出ないので」


 


レオンハルトが、苛立ちを隠さず言った。


「誰だ、お前は」


 


灰の司祭は、礼式だけは完璧に取る。


 


「ただの司祭です」


「記録が好きなだけの」


 


(嘘は言ってない。最悪のタイプの嘘だ)


 


灰の司祭は、机の紙をちらりと見て、続けた。


 


「殿下」


「“参考人としての一時保全”なら、殿下が望むものも得られますよ」


 


「……何がだ」


 


「公爵家は、ロウを連れ歩けなくなる」


「王家の監督下にある以上、勝手な移動は“監督違反”になります」


 


私は、内心で舌を巻いた。


(この人、敵味方の境界を平気で跨ぐ)


 


レオンハルトの瞳が、ほんの少しだけ明るくなる。


嫌な光。


 


「……なるほど」


 


(殿下は“鎖”が欲しい。守るためじゃない。縛るため)


私はその前に、釘を打つ。


 


「殿下」


「その鎖は、王家にも繋がります」


「ロウに何かあれば、監督者として王家が問われます」


 


レオンハルトが、唇を歪める。


 


「……いいだろう」


「署名する」


 


紙を取る手が、乱暴だった。


けれど――署名は署名だ。


記録は記録だ。


 


レオンハルトはペンを置くと、顔を上げた。


 


「ただし条件がある」


 


(来た)


 


「ロウは“参考人”だ」


「勝手に口を塞ぐな」


「勝手に逃がすな」


「必要なら、王宮が呼び戻す」


 


私は礼式のまま答える。


 


「承りました」


「その条件も、記録に残してください」


 


記録官が頷き、ペンを走らせる。


 


その瞬間。


私は初めて、ほんの少しだけ勝った気がした。


 


(これで、ロウは“誰のものでもない”から脱した)


所属が決まれば、消されにくくなる。


曖昧なままの少年が、一番危ない。


 


扉の外へ出る直前。


私は一度だけ振り返り、殿下に言う。


 


「殿下」


「ロウは、まだ“罪状のない”少年です」


「罪状が必要になるほどの理由が生じたなら」


「その時は、こちらも“公式に”対処いたします」


 


レオンハルトは答えなかった。


答えないことが、答えだった。


 


控室へ向かう廊下。


冷たい石の床。


 


その先で――ロウのいる控室の扉が見えた。


 


(ここから先は、“鎖”を守りに変える戦いだ)


私は息を吐く。


 


そして、扉に手をかけた。


 


次の瞬間。


中から聞こえたのは、聞き慣れた、ぶっきらぼうな声だった。


 


「……先生、これ、面倒くせえやつだろ」


 


レナートの返事が、短く落ちる。


 


「面倒で済むなら、まだ良い」


 


――王宮の“保全”は、始まったばかりだった。

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