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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第2章 王都折り返し編

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第72話 公式の刃、非公式の穴


レオンハルトは椅子に深く腰を沈めたまま、言葉だけを前へ投げた。


「責任の所在を明確にする」


「この混乱の中心が、誰であるかを」


 


記録官のペンが走る。


残る。


残るからこそ、殿下は“言い切る”形で押し切りたい。


 


「まず、確認しよう」


レオンハルトは淡々と告げた。


「君は、クラリス・フォン・アルヴェーン」


「王家が公爵家より迎えるべき花嫁候補であり――」


そこで、わざと止める。


含みを作る。


“その立場が揺らいでいる”と匂わせるための間。


 


私は礼式のまま、首を少しだけ傾けた。


「はい」


 


殿下は薄く笑う。


「君は一度、神殿の判断で問題視された」


「除名は撤回された。だが、撤回されたから終わりではない」


 


(撤回された事実が“ある”こと自体、殿下にとっては気に入らない)


神殿ですら決め切れなかった。


つまり、殿下の“正義”が通らなかった。


 


「そして、もう一つ」


殿下の視線が、ふっとレナートへ滑った。


「伯爵家嫡男レナート・フォン・ベルデンベルク」


 


レナートは顔色ひとつ変えない。


完璧に礼を崩さないまま、目だけで応える。


 


殿下はわざと軽く言った。


「君は医者だそうだな」


「随分と……立派な趣味だ」


 


(来た)


“医者ごとき”を入れたい。


でも、ここは公務の場だ。


露骨な侮辱は記録に残る。


だから婉曲に――嫌味として置く。


 


レナートは静かに答えた。


「職業です」


「趣味ではありません」


 


室内の空気が、一瞬だけ揺れた。


礼を守った言葉が、逆に刺さる。


 


レオンハルトの口角が引きつった。


「……そうか」


「では、その職業にふさわしい裁量で動いたのだな」


 


殿下は机の上の紙を指先で弾いた。


「侯爵家との件」


「暴力があったと報告が上がっている」


「そして負傷者が出た」


 


私は目を細めた。


(報告が“上がった”……誰から?)


 


ルーカスが小さく息を吸ったのが分かった。


彼も同じことを考えたのだろう。


 


殿下は続ける。


「本来ならば、王都の秩序を乱した者は拘束される」


「だが、今回は――」


“だが”を引き延ばす。


恩情を与える側を演じるための間。


 


「関係が複雑だ」


「ゆえに、今ここで、公式に整理する」


 


そして、殿下は決定事項のように言った。


「クラリス、君の周辺で起きた混乱」


「その原因は“君の庇護下にある者”にある」


 


(……ロウだ)


名前を出さない。


けれど“庇護下”という言葉で、存在を示す。


その瞬間、レナートの指先が僅かに動いた。


爪が、掌に食い込む仕草。


 


殿下は、さらに続けた。


「その者は平民であり、身元が不確かであり」


「過去に問題があると聞く」


 


私は笑いそうになった。


(聞く、ね)


噂で裁く準備。


泣き落としの“言葉バージョン”だ。


 


「殿下」


私は先に口を挟んだ。


「確認してもよろしいでしょうか」


 


レオンハルトは眉を上げる。


「何だ」


 


「殿下は先ほど、“拘束されるべき”とおっしゃいました」


「では、拘束の対象は、誰でしょう」


 


「平民だ」


殿下は即答した。


「秩序を乱した元凶は平民だ」


 


私は頷いた。


(即答するの、助かる)


 


「承りました」


「では――その平民は、今どこにおりますか」


 


空気が止まった。


 


殿下は、ほんの一拍遅れて言った。


「控えの間に待機させている」


 


私は、そこで微笑んだ。


礼儀を守ったまま、刃を入れる。


 


「殿下」


「“拘束”ではなく、“待機”なのですね」


 


記録官のペンが、止まらない。


 


レオンハルトが目を細める。


「言葉遊びはよせ」


 


「言葉は、記録になります」


私は穏やかに返した。


「拘束なら、拘束の記録が必要です」


「待機なら、待機の理由が必要です」


 


殿下の苛立ちが、椅子の肘掛けを叩く指先に滲む。


 


私は続けた。


「殿下はこの件を“公式に整理する”とおっしゃいました」


「ならば、公式な順序に従うべきです」


 


「順序?」


 


「はい」


私は首を少しだけ傾けた。


「まず、誰が誰を呼び出したのか」


「その呼び出しは公式か」


「そして、その対象に何の罪状があるのか」


 


ルーカスが、ほんの少しだけ笑った気がした。


多分、笑ってない。


でも、空気が“整った”のは分かった。


 


私は最後に、静かに言った。


「殿下」


「――その平民が“いつ罪人になった”のか」


「記録が必要です」


 


レオンハルトの表情が、わずかに歪んだ。


 


「……いいだろう」


殿下は口の端だけで笑う。


「ならば、その記録を“今”作ってやる」


 


その一言が、最悪だった。


 


(“作る”)


公式の場で言っていい言葉じゃない。


 


レナートの呼吸が、僅かに変わった。


怒りが、体温として立ち上がる。


それでも、彼は礼を崩さない。


崩さないからこそ、怖い。


 


私は、そこで一度だけ息を吐いた。


そして言った。


 


「殿下」


「“作る”のは、王ではありません」


「法です」


 


沈黙が落ちた。


夜明け前の冷たい沈黙。


紙の音だけが聞こえる。


監察官がペンを走らせる音。


 


施療所――いや、私の記憶が勝手に言い換えた。


ここは執務室だ。


それでも、低い声が響いた。


 


レナートだ。


怒りは声の底に沈められていた。


それでも、揺れない低音が室内に落ちる。


 


「……殿下」


「恐れながら、控室で待機している平民――ロウについて、管轄を確認させてください」


 


殿下の視線が、レナートに突き刺さる。


 


レナートは一歩も動かない。


礼式のまま、言葉を丁寧に積み上げる。


 


「もし王家の監督下に置かれるのであれば、王家としての保全と保護の手続きを、公式にお示しください」


「もし神殿の管轄に属するのであれば、神殿としての処遇と安全確保の責任を、同様に明確にしていただきたい」


 


一拍。


声がさらに低くなるのに、礼儀は崩れない。


 


「――いずれの管轄でもないのであれば」


「私、レナート・フォン・ベルデンベルクが、医療関係者としての責務の範囲で、身柄の預かりを申し出ます」


 


室内の空気が、ぴしりと割れた。


 


灰の司祭の目元の隈が、少しだけ上がった。


笑ったのかもしれない。


面白がったのかもしれない。


 


ルーカスが静かに言う。


「……殿下」


「今の発言も、公務記録に残ります」


 


レオンハルトは、椅子に座ったまま、ゆっくりと笑った。


 


「いいだろう」


「ならば――その“引き取り”が可能かどうか」


「ここで、公式に決めてやる」


 


私は背筋を伸ばした。


(来た。殿下は“公式で殴る”)


(なら、こちらは“公式の穴”で刺す)


 


扉一枚向こうの控えの間にいるロウを思い浮かべながら。


私は、次の一手を頭の中で組み立てた。



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