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第67話 準備の夜


王都は、夜が早い。


灯りは多いのに、道の奥が黒い。


人の気配だけが残って、影のほうが増えていく。


私たちは派手な宿を避けた。


名のある宿ほど、“都合のいい噂”が生まれる。


今は、目立たないほうがいい。


扉を閉めると、外の喧騒が一枚剥がれた。


ようやく息ができる。


ようやく、考えられる。


ルーカスが机に紙束を広げる。


旅券。


物資の帳面。


公爵家から回ってきた手紙の写し。


そして、白い紙――何も書いていない紙。


「まず、優先順位を決めます」


ルーカスの声は淡々としている。


淡々としているから、怖い。


感情を置かない声は、判断を誤らない。


私は椅子に腰を下ろした。


「噂が先?」


「泣き落としが先?」


「それとも、王太子の政治?」


ルーカスは迷わない。


「同時です」


「ただし、“折れる順番”をこちらで決める」


机の上の白紙に、ルーカスが線を引く。


一本。


二本。


三本。


「第一。公爵家の“正当性”を確保」


「第二。市場の“生活”を確保」


「第三。神殿の“舞台”を空回りさせる」


私は指で机を軽く叩いた。


(舞台を空回りさせる)


(燃料を奪う)


言い方は違うのに、やっていることは同じだ。


レナートは部屋の隅で立っている。


窓際。


壁と影の境目。


そこが落ち着く男だと、最近わかってきた。


ロウは寝台に座り、包帯の端を指でいじっている。


落ち着かないときの癖。


だけど、口は開かない。


開けば、空気が変わることを知っている。


「……王は」


私が言うと、ルーカスの視線が一瞬だけ止まった。


「見ています」


短く、それだけ。


それ以上は言わない。


言わなくても、分かる。


王が“見ている”というのは、助けでもあり、圧でもある。


そして――今はまだ、どちらにも転ぶ。


私は白紙を見つめる。


「声明は、もう出した」


「市場で生活を守る、って」


「次は、何を出す?」


ルーカスは、白紙をこちらに向けた。


「“出さない”という選択肢もあります」


「出すと燃えるなら、出さない」


「燃える場所に薪を置かない」


私は小さく息を吐いた。


正しい。


正しいけど、腹が立つ。


(あの涙は、出す側が楽なのに)


(こっちは、出さないほうが難しい)


ロウがぽつりと言った。


「……都って、めんどくせぇな」


レナートがすぐ返す。


「黙っていろ」


ロウが目を細める。


「はいはい」


いつもの軽口。


でも、今日は“軽く”言っている。


軽く言う余裕が、戻ってきている。


私はそれを、拾い上げない。


今はまだ、拾わない。


ルーカスが紙を一枚選び、封筒に入れた。


封蝋は押さない。


押さないほうがいいときもある。


「これを、今夜中に流します」


「“噂”ではなく、“確認”として」


「誰に?」


ルーカスは答えない。


答えないことが答えだ。


王都には“確認できる人間”がいる。


それが王都の怖さであり、強さでもある。


私は頷いた。


「じゃあ、私は?」


ルーカスは白紙を指で示す。


「明日の朝、あなたは“何もしない”」


「正確には、“動かない”」


「動くのは、こちら」


私は眉を上げた。


「私は悪役令嬢なのに?」


ルーカスがほんの少しだけ口角を上げた。


「悪役令嬢は、“舞台”に上がると燃えます」


「だから今は、“舞台の外”で勝つ」


……腹が立つ。


腹が立つぐらい正しい。


私は白紙を取り、指先で撫でた。


そのとき。


部屋の隅の机で、紙が一枚、風もないのに鳴った。


乾いた音。


誰も触っていないのに。


レナートが、目だけ動かす。


ロウが、首を傾げる。


ルーカスは、何も言わない。


私も、言わない。


(……いる)


(この都には、“紙の音”で生きてるやつがいる)


私は立ち上がった。


「明日の朝、動けるように寝る」


「寝られなくても、横になる」


ルーカスは頷いた。


「それで十分です」


「明日は、こちらが動きます」


ロウが寝台に背中を倒し、ぼそっと言う。


「先生も寝ろよ」


レナートは、答えない。


答えない代わりに、窓の外を一度だけ見て、カーテンを引いた。


王都の灯りが切れる。


部屋が少し暗くなる。


暗くなって、ようやく。


“準備の夜”が始まる。


明日、舞台が燃えるなら。


燃える前に、こちらが水を置く。


――静かに。



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