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第49話 侯爵の裏口


連盟入口の宿場は、表だけ見れば整然としている。


けれど、表が整っている場所ほど――裏口が儲かる。


今朝から、妙に人の動きが滑らかすぎた。


噂の伝わり方が早すぎる。


配布物の紙が、乾きすぎている。


刷りたてのインクの匂いがしないのに、数だけは揃っている。


「買ったわね」


私が呟くと、ルーカスが頷いた。


「宿場の宿。荷車の優先。配布の手。全部、金で“先に”取れます」


公爵が短く言う。


「侯爵は空気を買う」


私は紙束を指で揃えた。


黒の封蝋――双頭の鷲を使ったことで、表の順序は守らせた。


守らせた、だけ。


表を締めたところで、裏は締まらない。


「裏から回す気よ」


私は視線を門の外に向けた。


門番の横をすり抜けるように入ってくる荷。


乾物。


布。


薬草――いや、薬草にしては匂いが薄い。


(混ぜてる)


(“配るもの”を、物資に偽装してる)


ルーカスが言う。


「配布物の規定は、表の話です。裏の荷は“物資”になります」


「物資に紛れれば、監察官の手が届きにくい」


私は息を吸った。


「だから、裏の流れを止める」


公爵が眉を動かす。


「どう止める」


私は答えた。


「“物資の出所”を記録する」


「検疫と衛生の名目で」


ルーカスが小さく笑った。


「白の領域ですね」


「ええ」


ちょうどいい。


医政伯爵家の札がある。


検疫と衛生は連盟が重く見る。


表で戦うより、裏の方が規定が効く。


その時、背後から小さな声がした。


「……なら、俺が見てくる」


ロウだ。


椅子の背に肘をつき、目だけが鋭い。


いつものやんちゃな目じゃない。


――仕事の目。


「だめ」


私は即答した。


ロウは私を見ずに言う。


「今だろ」


「今、裏の流れを掴めれば」


「クラリスが動く時、迷わねぇ」


(……この子)


(相談の時間がないときに、勝手に動く)


「待って」


私は言葉を足した。


「ルーカスと一緒に――」


「無理」


ロウが遮った。


「ルーカスは目立つ」


「公爵はもっと目立つ」


「先生は……」


言いかけて、ロウは口をつぐんだ。


先生、と言った瞬間に、感情が混ざるのを嫌がった顔。


それがまた危うい。


私は、机の上の紙束を見た。


黒の封蝋。


薄銀の封蝋。


琥珀の封蝋。


封蝋は、全部“表”の武器だ。


裏は、目と足と――勘。


私は一拍置いて言った。


「行くなら、必ず戻って」


ロウが鼻で笑った。


「当たり前だろ」


でもその声は、どこか軽すぎた。


軽いほど危ない。


私は言い添えた。


「裏手の検疫施療所」


「そこに衛生官がいる。近づきすぎないで」


ロウが肩をすくめた。


「……わーってるよ」


言い方だけ生意気で、目はもう外を見ていた。


ロウが立ち上がった瞬間、レナートが扉口に現れた。


白いシャツ、上から整った外套。


医者の格好なのに、貴族の線が隠せない。


そして――表情が読めない。


読めないのに、目だけがロウを捉える。


ロウが一瞬だけ足を止める。


犬が飼い主を振り向くみたいに、軽く。


ついてきてるか、じゃない。


見られてるか、の確認。


レナートは何も言わない。


ただ、視線だけでロウの動きを測る。


私は思った。


(この二人の間には)


(紙より重い糸がある)


ロウが、結局何も言わずに出ていく。


扉が閉まり、静けさが戻る。


私は息を吐いて、ルーカスを見る。


「……今の、嫌な予感がする」


ルーカスが頷いた。


「ええ」


公爵が言った。


「嫌な予感は、記録にする」


私は笑えなかった。


記録にする前に、血が出る予感がした。


私は地図を広げ直した。


「衛生官を押さえます」


「侯爵が裏から空気を買うなら」


「私は裏から規定を当てる」


黒の封蝋の双頭の鷲が、机の上で沈黙している。


沈黙しているのに、重い。


その重さが――


これから先、もっと必要になる。


そんな気がした。




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