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第44話 合流、盤面の更新


宿場の灯りが増えるほど、影は濃くなる。


旅人の声が減り、代わりに足音だけがよく響くようになる。


私は宿の中庭に立ち、紙束を抱え直した。


ここは連盟印の宿場。


王都の神殿前とは違う。


泣けば正義になる舞台ではない。


規定と署名が先にある。


――だからこそ、相手は“事故”に寄せてくる。


「来るなら、今夜」


ロウの短い声が、背中側から落ちてきた。


私は頷く。


「ええ。来ます」


レナートは何も言わない。


ただ、立ち位置が変わった。


私とロウの背後――逃げ道になる位置に、静かに立つ。


触れない。


けれど、そこにいるだけで線が引かれる。


(医者の顔じゃない)


(これは、貴族の護り方だ)


その時だった。


門の外、馬の蹄の音が増えた。


一台、二台――いや、三台。


宿場に入るには多すぎる数。


護衛の兵が身構え、私も反射で紙束を握り直す。


けれど、次の瞬間。


先頭の馬車の紋章を見て、息が抜けた。


公爵家の紋章。


扉が開き、背の高い影が降りる。


「クラリス」


低い声で、私の名を呼んだ。


お父様――公爵だ。


二歩だけ近づき、私の顔を見てから、頷く。


「無事だな」


私は頷き返した。


「はい。遅くなりました」


「遅くない。むしろ、よくここまで繋いだ」


その言葉だけで、胸の奥に張りついていた糸が少し緩む。


――でも、緩めるわけにはいかない。


公爵の背後から、ルーカスが降りてきた。


手には書類束。


顔がいつもより硬い。


私は即座に聞いた。


「王都が動きましたね」


ルーカスは即答した。


「はい。泣き落としが、再点火しています」


やっぱり。


私は吐きそうになる息を飲み込んだ。


(こっちは国外で規定と殴り合ってるのに)


(向こうはまた、涙で燃やす)


公爵が静かに続ける。


「神殿は“救済声明”を回し始めた」


「内容は単純だ。『聖女は迫害され、眠れず、祈り続けている』――」


私は口元だけで笑った。


笑うしかない。


「クラリスのせいで」


ルーカスが頷く。


「そういう物語になっています」


「『魔女に祝福を奪われた聖女』」


「『それでも民のために祈る清い存在』」


私は紙束の端を揃えた。


(泣くのは本人じゃない)


(泣かせるのは、周りだ)


公爵がさらに言う。


「そして狙いが変わった。国内の断罪ではない」


「連盟――この外の舞台へ向けて“危険人物”を作る」


私は目を細めた。


「……中立都市に先回りするつもりですね」


ルーカスが書類を一枚差し出した。


宿場にも届いていたらしい、写しだ。


封蝋の欠け方。


乾きの甘さ。


――急造。


「文面の末尾に王命が混じっています」


私は一行だけ読んで、息を吐いた。


「レオンハルト……」


王太子レオンハルト。


私たちの敵側の、最も厄介な駒。


公爵が頷く。


「王太子が動いた。神殿と手を組んだ形だ」


「お前が連盟に入るなら、連盟に“涙の物語”を流し込む」


「連盟は情ではなく理だが――」


私は言った。


「理にも“空気”がある」


ルーカスが小さく頷く。


「はい。規定の国でも、“世論”は動きます」


私は紙束を抱え直した。


盤面が更新された。


相手は追跡で止めるだけではない。


“先に燃やして、こちらを悪にする”。


それが泣き落としの強さだ。


公爵が私を見る。


「今夜、ここで何が起きる」


私は迷わず答えた。


「事故です」


「灰色が宿の内側に二人。追跡役」


「規定違反に見せかけて足止め、もしくは“加害者”の形を作る」


公爵の目が僅かに鋭くなる。


「断言できる理由は」


私はロウを一瞥した。


ロウは短く言う。


「目が違う」


「宿の人間の目じゃない」


それだけで十分だった。


ルーカスが即座に言った。


「では先に“記録”を作ります」


私は頷く。


「はい。宿場規定に従って、監察官へ“予告の報告”を入れます」


公爵が一歩、宿の監察官へ向けて歩く。


その背中が、王都の貴族の背だ。


ここは国外でも、公爵の威は通る。


――通すために、彼は来た。


私はロウを見る。


「動かないで」


ロウが舌打ちする。


「分かってる」


レナートが、低い声で言った。


「前に出るな」


ロウが一瞬だけ眉を動かし、顎を引いた。


(触れないのに、止める)


(レナートは、言葉と間合いで縛る人だ)


私はその事実を、紙束の上に置いた。


今夜の勝ち筋が、一本にまとまる。


――事故が起きる前に、記録を作る。


記録がある事故は、“事故”ではなくなる。


監察官が受理した瞬間、相手の逃げ道は細くなる。


公爵が戻ってくる。


「報告は通った」


ルーカスが続ける。


「宿の監察官が署名しました。時刻も記録済みです」


私は息を吐く。


(よし)


「これで、相手が動いた瞬間に詰められる」


公爵が頷く。


「今夜は守る。だが――本当の戦いは明日からだ」


私は顔を上げた。


「連盟の舞台に、涙が流れ込む」


「なら、こちらは」


紙束をぎゅっと抱える。


「法と魔法で、燃料を奪います」


公爵が、短く笑った。


「それでいい」


夜風が吹いた。


灯りが揺れる。


宿場の影が、また濃くなる。


事故の役者が動くなら――ここからだ。


でも今夜は、もう一人じゃない。


盤面は更新された。


こちらには、公爵家と、記録と、そして。


動かずに全てを拾う少年がいる。


そして、触れずに人を止められる男がいる。


私は紙束を抱え直し、静かに言った。


「来なさい」


「今夜は、規定の舞台です」



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