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第40話 検問、白の線


馬車の扉が開いた。


冷たい風と一緒に、白が入り込む。


神殿の白衣。


数は三。


正面に立つのは、若い鑑定補佐。


後ろに二人、少し距離を取って控えている。


役割が分かりやすい。


前で声を荒げ、後ろで“記録”を作る構えだ。


「検問だ」


鑑定補佐が、わざとらしく声を張った。


「被疑感染者の再確認を行う」


ロウは座ったまま、視線だけを動かす。


(……前のやつより、雑)


(多分、急に呼ばれた)


(準備不足)


情報は、勝手に入ってくる。


クラリスは一歩前に出た。


紙束を抱え、封蝋を示す。


「王命に基づく移送です」


「検疫線での鑑定は、すでに三日分実施されています」


鑑定補佐は鼻で笑う。


「三日? そんな短期間で安全が保証できると?」


クラリスは声を荒げない。


「保証ではありません」


「規定です」


紙を一枚、差し出す。


「三日目で根拠が出なければ解除」


鑑定補佐は紙を取らずに言う。


「神殿の判断が優先される」


ロウは内心で舌打ちする。


(はいはい、出た)


(“神殿だから”理論)


その瞬間。


レナートが、ほんの半歩前に出た。


言葉はない。


ただ、立ち位置が変わった。


空気が、少しだけ重くなる。


鑑定補佐が気づいて、視線を向ける。


「……医師か」


レナートは淡々と答える。


「医師だ」


鑑定補佐が笑う。


「神殿の鑑定に口出しするつもりか?」


レナートは言う。


「口出しではない」


「医療所見を述べる」


短い。


余計な装飾がない。


鑑定補佐が一歩、踏み出した。


「少年をこちらへ」


ロウの肩が、ほんの一瞬だけ動く。


立ち上がろうとする反射。


でも、止める。


今は我慢。


我慢だ。


クラリスが即座に言う。


「移送中の接触は、規定違反です」


鑑定補佐が無視する。


「こちらへ来い」


声が荒くなる。


見せたいのだ。


周囲の兵。


街道の通行人。


“神殿が強い”という絵。


その瞬間。


鑑定補佐の手が、ロウの腕に伸びた。


――触れた。


ロウの中で、何かが切れかける。


同時に。


レナートの動きが、変わった。


言葉より先に、身体が前に出る。


半歩。


一歩。


鑑定補佐の腕が、ロウに食い込む前に――


レナートの手が、その手首を掴んだ。


強くはない。


でも、逃げられない角度。


鑑定補佐が息を詰める。


「な、何を――」


レナートは、低く言った。


「触るな」


その声は、静かだった。


静かすぎて、逆に怖い。


鑑定補佐が引こうとする。


引けない。


周囲がざわつく。


兵が動こうとする。


クラリスが、即座に言葉を被せた。


「暴力行為の記録を取ってください」


「接触は、規定違反です」


書記が板を構える。


兵の動きが止まる。


鑑定補佐の喉が鳴る。


「は、離せ……!」


レナートは離さない。


でも、力を入れない。


ただ、逃がさない。


視線が、鑑定補佐の目を捉える。


「医師の前で」


「患者に無断で触れるな」


鑑定補佐の顔色が変わる。


怒りと恐怖が混じる。


「神殿を敵に回す気か!」


レナートは答えない。


代わりに、手首を掴んだまま、ほんの少しだけ位置を変える。


――痛みが走る角度。


殴らなくても、十分だ。


ロウは、座ったままそれを見ていた。


(……やべ)


(先生、マジで怒ってる)


でも、殴らない。


まだ。


クラリスが淡々と続ける。


「接触が確認されました」


「この時点で、検問は中断です」


鑑定補佐が叫ぶ。


「ふざけるな!」


その瞬間、レナートの声が落ちた。


「次は」


ほんの一言。


掴んだ手首が、わずかに締まる。


鑑定補佐が、声を詰まらせた。


「……っ」


レナートは続けない。


続けないから、想像が走る。


兵が、慌てて間に入った。


「やめろ!」


レナートは、兵を見る。


表情は変わらない。


ただ、目だけが冷たい。


「彼が手を離せば、離す」


鑑定補佐が、慌てて手を引いた。


レナートは、すぐに手を放した。


何事もなかったかのように、一歩下がる。


殴っていない。


でも、全員が分かった。


――次は、殴る。


クラリスが紙を整える。


「接触による検問中断を記録します」


「再開には、上位責任者の立ち会いが必要です」


鑑定補佐は、何も言えない。


白衣の背中が、小さくなる。


兵が道を空ける。


馬車の前が、静かになる。


ロウは、深く息を吐いた。


(……助かった)


同時に、胸の奥が熱くなる。


(……やりすぎだろ)


でも、嫌じゃない。


レナートが、振り返る。


視線だけで、ロウを確かめる。


無事か。


痛みはないか。


ロウは、舌打ちしてから、親指を少し立てた。


「……平気」


レナートは、それを見て、ようやく前を向いた。


クラリスが言った。


「行けます」


馬車が、再び動き出す。


白が、後ろへ流れていく。


ロウは背もたれに身を預け、目を閉じた。


(……殴らなかったな)


(でも)


(あれ、殴るより怖ぇ)


馬車は境界へ向かう。


レナートの“線”は、越えていない。


でも。


越える寸前まで、来ている。


次に誰かが触れたら――


今度こそ、止まらない。

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