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第38話 追放先、決定事項


検疫線の詰所は、朝から紙の匂いがした。


封蝋の匂い。


インクの匂い。


人が燃やす“物語”じゃなく、紙が残す“記録”の匂い。


ロウは詰所の隅で腕を組み、椅子に浅く腰かけていた。


解除された。


小屋からも出た。


なのに、自由になった気がしない。


兵がいる。


神殿の白がいる。


王家の紋章がある。


見られてる。


縛られてる。


(……追放、だっけ)


昨日、クラリスに言われた言葉が頭に残る。


追放。


もっと、こう――捨てられるやつだと思ってた。


でも今のこれは、捨てられるって感じじゃない。


むしろ、動くための準備に見える。


クラリスが机で紙を揃える。


レナートが隣で封蝋の箱を整える。


書記が板を構え、兵が外で交代する。


全部が、きっちりしている。


整いすぎている。


ロウは首を傾げた。


(……なんか、最初から決まってたみたいじゃねぇか)


我慢は得意だ。


訓練で叩き込まれた。


でも、蚊帳の外は嫌いだ。


ロウは足を引きずりながら机へ寄った。


「なぁ」


クラリスが顔を上げる。


「何ですか」


ロウは眉を寄せる。


「追放ってさ」


「……どこ行くんだよ」


クラリスは一拍置いた。


その一拍が、答えだった。


ロウの胸がむずむずする。


(やっぱりな)


クラリスは淡々と言った。


「境界外の中立都市へ」


「検疫監察の拠点がある場所です」


ロウはきょとんとした。


「……中立?」


「都市?」


完全に知らない単語。


首が自然に傾く。


自分でも止められない。


クラリスが続ける。


「複数国が出入りする場所です」


「神殿の影響が、ここより薄い」


ロウは口を尖らせる。


「……へぇ」


(薄いなら、最初からそこ行けばよかったじゃん)


そう言いかけて、飲み込む。


クラリスの顔が“今は説明する”顔じゃない。


クラリスは紙束を指で叩いた。


「行った先でやることも決まっています」


ロウが反射で言う。


「決まってる?」


クラリスが頷く。


「はい」


「呪毒の“医学的所見”を取り直す」


「検疫規定の“適用範囲”を国境の外で確定する」


「そして――」


クラリスはロウを見る。


「君の立場を変えます」


ロウの眉が上がる。


「……立場?」


クラリスは淡々と言う。


「隔離対象ではなく」


「王命任務の同行者」


「保護対象」


「証人として扱わせない形にします」


ロウは口を開けたまま固まった。


(……え)


(そんなの、できんの)


「おい」


思わずレナートを見る。


レナートは淡々と言った。


「できる」


言い方が“当然”すぎて腹が立つ。


ロウはむっとする。


「……俺だけ知らなかったってこと?」


クラリスは否定しない。


否定せずに、事実だけを置く。


「はい」


ロウの口が尖る。


拗ねる。


拗ねるけど、逃げない。


「……ずりぃ」


クラリスが一瞬だけ、視線を柔らかくする。


「君は我慢役だからです」


ロウが噛みつく。


「なにそれ」


でも、噛みついても声が尖りきらない。


根っこがいい子だからだ。


クラリスは紙を整えながら言う。


「君が暴れない方が勝てる」


「だから、君には我慢してもらいました」


ロウは言い返しかけて、止めた。


(……勝つため)


(勝つためなら、まあ……)


その瞬間。


ロウの脳裏に、昔の訓練が浮かぶ。


勝つために黙れ。


勝つために耐えろ。


でもあれは、誰かのためじゃなく、組織のためだった。


今の我慢は――


自分のためでもある。


先生のためでもある。


クラリスのためでもある。


ロウは視線を逸らし、ぼそっと言った。


「……じゃあ、先に言えよ」


クラリスは即答しない。


代わりに、短く言った。


「言ったら、君は我慢できない顔をします」


ロウが反射で言い返す。


「できるわ!」


言いながら、自分で分かる。


できない。


顔に出る。


むくれる。


腹が立つ。


つまり――情報を漏らす。


ロウは悔しくて唇を噛んだ。


レナートが淡々と紙束を差し出す。


「これを見ろ」


ロウが覗く。


封蝋付きの指示書が何枚もある。


宛名が違う。


「伯爵領代官」


「執事長」


「医療器具担当」


「薬草商」


「……なんだこれ」


レナートが淡々と言う。


「領地運営の指示書だ」


ロウが目を見開く。


「……先生、領地もやってんの?」


レナートは頷く。


「当たり前だ」


言い方が淡々としすぎて、重みが後から来る。


ロウは一瞬、ぽかんとした。


(こいつ、マジでハイスペじゃねぇか)


「じゃあ」


ロウは眉を寄せる。


「……医者の仕事は?」


レナートが当たり前みたいに言う。


「捨てない」


クラリスが付け足す。


「捨てられない人です」


ロウが舌打ちする。


「……そういうとこだよ」


口は悪い。


でも内心は、ちょっと安心している。


この人は、逃げない。


逃げないから、こっちも逃げられない。


クラリスが封筒を二つ並べる。


「これを同時に出します」


「王都と公爵家へ」


ロウがまた首を傾げる。


「……公爵家?」


クラリスが頷く。


「はい」


ロウの眉が動く。


(あれ)


(今さらだけど)


(……公爵様とルーカス、出てきてないよな)


ロウが口を開きかけた瞬間、クラリスが言った。


「準備は、すでに動いています」


ロウが思わず言う。


「……誰が?」


クラリスは淡々と答えた。


「お父様とルーカスです」


ロウの顔が、完全にきょとんになる。


首が少し傾く。


「……最初から?」


クラリスは頷く。


「追放になる可能性は、最初から織り込み済みでした」


ロウの腹の奥で、熱いものが一瞬だけ跳ねた。


(なんでだよ)


声に出しかけて、喉の奥で止める。


ロウは鼻から息を吸って、ゆっくり吐いた。


一回。


それだけで、熱が引く。


「……ふーん」


短く言って、視線を外す。


ため息がひとつ落ちる。


拗ねたというより、切り替えた音だった。


「じゃあ、行くんだな」


クラリスが頷く。


「行きます」


ロウは椅子の背から体を起こし、足の痛みに一瞬だけ眉を寄せる。


それでも立つ。


(勝つためなら)


(今はそれでいい)


(……まあいい)


(守ってくれるなら)


(置いてかれなきゃ)


その時、外で馬のいななきがした。


護送の馬車が来た。


書記が言う。


「出発準備が整いました」


クラリスが立ち上がる。


紙束を抱え、封蝋を確認する。


「行きましょう」


ロウは立ち上がり、足の痛みに顔をしかめた。


それを見て、レナートが何も言わずに手を差し出す。


ロウは一瞬だけ迷って――手を取った。


(……こういうとこだよ)


顔が熱い。


腹が立つ。


でも、離したくない。


クラリスが先に歩く。


紙束を抱え、封蝋を確認する。


「行きましょう」


ロウは立ち上がり、足の痛みに顔をしかめた。


動きが一瞬遅れる。


その遅れを、レナートは見逃さない。


何も言わずに一歩だけ歩き出して――すぐ、振り返る。


視線だけで、ロウを確かめる。


ついて来られるか。


今の痛みで、歩けるか。


ロウが舌打ちする。


「……見んなよ」


レナートは表情を変えない。


ただ、歩幅を半拍だけ落とす。


追いつける速度に、合わせる。


ロウはそれが気に入らなくて、でも助かっていて、余計に腹が立つ。


「……チッ」


文句みたいに音を鳴らして、歩き出した。


クラリスの背中が前に進む。


レナートはその半歩後ろで、もう一度だけ振り返る。


ロウが歩いているのを確認して、視線を前に戻す。


でも、レナートの歩幅は変わらないまま、ちゃんとそこにある。

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