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第3話 祝福剥奪、そして神殿は牙を剥く


大広間のざわめきは、監査官ルーカスの一言で、ようやく“方向”を失った。


「まず、記録の提出を」


その言葉は刃ではない。

けれどこの場の空気にとっては、刃より効く。


王太子レオンハルトの眉間が険しくなる。


「監査官。——私は王太子だ」


「承知しております。だからこそ申し上げます」


ルーカスは一歩も引かない。

淡々と、書類を扱う手つきのまま、事実だけを積み上げていく。


「寄付金の帳簿、神殿への納付記録、聖具保管庫の出入り記録。

そして、聖女の祝福行使の許可証。——提出ください」


許可証。


その言葉で、視線が一斉に神殿側へ向いた。

白い僧衣の列が、わずかに揺れる。


セレスティアは泣きそうな顔のまま、ほんの少しだけ唇を噛んだ。

ウサギの仕草。けれど私は知っている。


蛇は、噛む前に息を整える。


「……監査官殿」


神殿側から、一人の壮年の司祭が進み出た。

銀糸の刺繍が入った高位の僧衣。祈りの香の匂いが、ふわりと強くなる。


「許可証など、形式的なもの。聖女が民のために祈るのに、逐一紙の許しを求めよと?」


「形式は、民を守るためにあります」


ルーカスは冷静に返す。


「祝福行使は国の秩序にも影響します。

まして今日の場は、公開の裁きの場。——“救済”の名で誰かを排除できるなら、それは権力です」


司祭の目が細くなった。


空気が、また揺らぐ。

見えない糸が、セレスティアの涙を起点にして伸びようとする。


私は袖の中で、境界紙に指を添えた。


紙は冷たく、しかし触れた瞬間に熱を返す。

文字が浮かぶ。


『境界紙:手続きの確定を要求しますか?

(はい/いいえ)』


(……便利。だけど、使い方を間違えると私が悪役になる)


私は“はい”に触れた。


何かが、音もなく締まる。

空気が“固まる”感覚。


——糸の動きが鈍った。


ルーカスが続ける。


「提出が難しいなら、“提出できない理由”を文書で。

それもまた記録です」


貴族たちの間に、さざ波が走った。

彼らは記録が好きだ。記録は、責任の所在を決めるから。


司祭は一拍置いた。


「……神殿としては、聖女に対する侮辱を見過ごせません」


来た。

論点のすり替え。


(侮辱じゃなくて手続きだよ)


私は前へ出る。

ドレスの裾が床を滑る。白猫の歩き方。優雅に。音を立てずに。


「侮辱ではございません」


声は柔らかい。

けれど、言葉は硬い。


「聖女様の力が契約に基づくなら、契約に従うのが最も敬意ある態度です」


セレスティアが瞬きをした。

潤む。周囲がまた守ろうとする。


——その“増幅”が、私には見える。


黄金の糸が、群衆へ伸びかける。


私は袖の中の境界紙を、ほんの少しだけ開いた。

見せない。確定するだけ。


『祝福契約(救済神派)第九条:

救済の名を借りて断罪の場を誘導し、他者の社会的地位を剥奪してはならない』


『行使ログ:

時刻:第一滴

目的:婚約破棄の成立

対象:王太子・貴族群衆

結果:空気誘導(共感増幅)』


——証拠は揃った。


私は息を吸い、吐く。

そして、次の手順へ。


『処置:

①記録確定(監査局保全)

②暫定停止(祝福の増幅のみ停止)

③完全停止(契約剥奪)』


(いきなり“完全停止”は、まだ早い)


私は②を選んだ。


境界紙が熱を帯び、袖の内側が一瞬だけ白く光った。


セレスティアの瞳から、涙が落ちた。


……けれど。


空気が、動かない。


誰も息を呑まない。

誰も拳を握らない。

誰も私を睨まない。


ただ、涙が床で弾ける音だけが響いた。


「……え?」


彼女は、もう一度瞬きをした。

潤む。泣く。——なのに、何も起きない。


私は微笑んだ。


「ご安心ください、聖女様。

本日この場での行使について、契約上の確認が必要になっただけです」


ルーカスが即座に言う。


「監査局として、祝福行使ログの保全を行います」


「ちょ、ちょっと待ってください……!」


焦りが、初めて声に混じった。


司祭が前へ出る。


「……魔女の干渉ですな」


空気が、再びざわつく。


「聖女の祝福を妨げる者は異端。

この件、神殿評議会にて裁定を下します」


神殿裁判。


なるほど。

こちらの手続きを、宗教裁判に引きずり込むつもりだ。


「王太子殿下」


私は静かに頭を下げた。


「裁定に移るなら、なおさら——記録の保全が必要です」


セレスティアが、また涙を溜める。

だがもう、その合図は効かない。


私は、白猫の微笑のまま告げた。


「監査官殿。

本日の祝福行使ログ、正式に保全を」


「承知しました」


司祭の目が吊り上がる。


「……異端が、国を操る気か!」


「操りではありません」


私は答える。


「契約です」


その瞬間、セレスティアの背後の空気が歪んだ。


『検知:別系統祝福(夜神派)

発動条件:恐怖の拡散/異端認定』


(……やっぱり、持ってた)


司祭が宣言する。


「三日後、神殿裁判を開く。

公爵令嬢クラリス、監査官ルーカス。出頭せよ」


私は深く礼をした。


「承知いたしました。

——契約に従い、出頭いたします」


(さあ、次はこっちの断罪劇場だ)


(泣かない。怒らない。

——契約で殺す)


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