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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第6章 孤児院編(灰の司祭/レナート)

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第181話 慈善の箱

孤児院は、音が柔らかい。


子どもの笑い。

木床を走る足音。

鍋の蓋の軽い金属音。


柔らかい音は、人の警戒を溶かす。

溶けた警戒の隙間に、金は入り込む。


灰の司祭は門の前で立ち止まり、名を出さない。


名を出せば、扉が“公”になる。

公になれば、記録になる。

記録になれば、誰かが整える。


整えられた孤児院ほど、嘘が深い。


灰の司祭は礼だけを置いた。


「寄付の受領について、確認です」


門番の女が眉を寄せる。

孤児院の門番は武装していない。

だが、目が武装している。


「どちら様」


灰の司祭は笑って誤魔化す。


「通りすがりです。……通りすがりにしては、面倒を拾いすぎましたが」


門番の女が一瞬だけ目を細める。

面倒という言葉は、現場に効く。

現場は面倒を抱えすぎて、呼吸が浅い。


「確認の内容は」


灰の司祭は言葉を削る。

削るほど、刺さる。


「奉納の箱」

「受領の箱」

「“支給品”の箱」


箱が三つ並ぶと、門番は言い訳を作れない。

言い訳を作れない顔になる。


「……寄付なら、事務の者が」


灰の司祭は頷く。


「では、事務へ」


門が開く。



孤児院の中庭は整っていた。

整っているのは悪ではない。

だが、整いすぎると、誰かが整えている。


整える者は、掃除の者ではない。

帳簿の者だ。


事務室は裏手にあった。

裏手にあるものは、目立たない。

目立たないものほど、金が好きだ。


扉を開けると、紙の匂いがした。


孤児院の紙の匂い。

子どもの手の汚れが混ざるはずの匂い。


だが、ここは違う。


墨が濃い。

紙が乾きすぎている。

封蝋の箱が綺麗に磨かれている。


(……神殿の机だ)


机の前に座る女が、顔を上げた。


年齢は若くない。

老いてもいない。

“社交に出られる年齢”のまま、止まっているような目。


髪は灰がかって見える。

光のせいか、意図か。


「ご用件は?」


声は柔らかい。

柔らかい声は、拒絶が上手い。


灰の司祭は、名を出さずに礼をした。


「受領帳の確認です」


女が微笑む。


「受領帳は、孤児院のものです」


灰の司祭は否定しない。

否定せずに、逃げ道を塞ぐ。


「そうですね」

「孤児院のものだから、孤児院に責任が残る」


女の笑みがわずかに薄くなる。

責任という言葉が、慈善の空気を冷やす。


「熱病が出ています」

灰の司祭は続ける。


「物資が滞れば、子どもが先に倒れる」

「倒れれば、寄付は止まる」

「止まれば、ここは閉じます」


女の目が揺れた。

祈りより効く単語。

閉じる。


「脅しですか」


灰の司祭は笑わない。

笑わずに、淡々と言う。


「現象です」


一拍。


女は小さく息を吐き、机の引き出しから帳面を出した。

出した瞬間、封蝋の粉が微かに舞う。

灰色。

青み。


会計室の封の粉。


灰の司祭は帳面に触れない。

触れれば“触った”が生まれる。


「読み上げてください」


女が眉を上げる。


「読めないのですか」


灰の司祭は笑って誤魔化す。


「読めます」

「ですが、あなたの声で残したい」


女は一瞬だけ黙り、ページを開いた。


「三日前。奉納、銀貨二枚。布十反。薬草、乾燥根……」


灰の司祭は耳で聞きながら、目で机の上を見た。


右端に、紙が一枚。

走り書き。

余白。


その余白に――一行。


——供給ありがとう。


(……やはり、ここにもある)


姐さんは姿を出さない。

出さないまま、余白だけが残る。


残る言葉は、誰かの癖だ。

癖は、線になる。


灰の司祭は女へ視線を戻した。


「この余白は、誰が書きましたか」


女の指が、ほんの少しだけ止まる。

止まるのは、知らないからではない。

知っているからだ。


「……子どもの落書きでしょう」


灰の司祭は頷く。


「では、その子どもを呼んでください」


女の目が細くなる。

落書きなら、子どもがいる。

いないなら、嘘だ。


女は言い返さず、別の言葉へ逃げる。


「あなたは、何者ですか」


灰の司祭は答えない。

答えないまま、柔らかく返す。


「火が出る前に水を運ぶ者です」


女が笑った。

慈善の笑み。

だが、笑みの底が冷たい。


「孤児院に火が出ると?」


灰の司祭は、そこで言葉を増やさない。

増やすと、相手が整える時間ができる。


「出ません」

「出させません」


一拍。


「ただ、箱が混ざっています」

「箱が混ざると、子どもが先に燃えます」


女の笑みが消えた。

消えた瞬間、やっと“本当の顔”が出る。


「……箱は、慈善のためです」


灰の司祭は、淡々と返す。


「慈善は否定しません」

「混ぜものは否定します」



外で子どもの声がした。


「ねえ、今日も白い人来たの?」


白い人。


神殿の白。

それとも、手袋の白。


女が顔を上げかけ、すぐに戻す。


灰の司祭は、その動きを見逃さない。


(入口はここ)

(出口は別)


灰の司祭は帳面を指ささず、机の奥を見た。


箱が積まれている。

封が新しい。

灰色の封。


そして、その箱の端に、小さな欠け。

半月の欠け。


姐さんの印。


姿は出ない。

だが、彼女の“線”はここにある。


灰の司祭は女に言った。


「今夜、箱が動きますね」


女の喉が鳴る。


「……何の話ですか」


灰の司祭は笑って誤魔化す。


「独り言です」


誤魔化しながら、釘だけ刺す。


「鐘が三度鳴る頃」

「右手だけ白い手袋」

「その者が、箱の先で息をします」


女が、初めて視線を逸らした。

逸らした先が、箱だった。


灰の司祭はそれで十分だった。


答えは取らない。

取れば火が上がる。


火は、夜会で上げる。


灰は立ち上がり、礼だけを置いた。


「確認は以上です」

「孤児院の責任が、孤児院で終わるように」


女は何も言わない。

言えない。


灰の司祭は扉を開ける。


外の空気が、少し冷えた。


冷えた空気の方が、嘘が固まって割れやすい。


灰の司祭は歩き出す。


今夜、箱が動く。

動けば、運び手が出る。

出た運び手は、夜会へ繋がる。


鐘が鳴る前に、線を全部揃える。


灰は、火の匂いを嗅ぎながら、

笑わずに次へ向かった。

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