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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第5章 境界の祈り編 (クラリス)

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第177話 白衣の受け皿

夜明け前の白は、眠そうに見える。


だが、眠いのは街だ。

白衣は眠れない。


伯爵家の検分室は、灯りが落ちていなかった。


灯りが落ちない場所は、嘘が混ざりにくい。

嘘が混ざりにくいから、敵はここを嫌う。


クラリスは“奥まで”入らない。

入れば、医療に踏み込んだ形になる。


だから、入口の線だけを押さえる。



扉の向こうから、医師長が出てきた。

白衣の裾に、微かな粉。

薬草の粉ではない。

乾いて、軽い。


「公爵令嬢様」


医師長の声は疲れている。

だが、疲労の中に芯がある。


クラリスは礼を返し、先に言う。


「私は状況確認だけ」

「判断は、あなたたちの領分よ」


医師長が一拍置いて頷く。


「……助かります」


助かる。

その一言が、現場の本音だ。


クラリスは視線で箱を探す。

箱は机の上。

封は未破損。

立会いの札が二枚。

記録が二通。


整いすぎるほど、整っている。


(現場は、折れていない)


「開けたの?」

クラリスが聞く。


医師長が首を振る。


「開けていません」

「香りが漏れる。金属が混じる匂いがする」

「……触りたくない」


触りたくない。

それが正しい。


触れば、祈りの道具が汚れる。

汚れれば、また弾かれる。


クラリスは“祈り”を持ち出さない。

現場は祈りで救われるほど、暇じゃない。


「隔離は?」

「二重」

「鍵は?」

「二人」


医師長が即答する。


「隔離庫に二重」

「鍵は医師長室と薬草庫で分けました」

「立会いは必ず二名」


良い。

そのまま、線を引ける。



クラリスは視線を箱から外し、医師長を見る。


「回収の途中で、誰かが声を掛けた?」


医師長の眉が、わずかに動く。


動いたのは、思い出したからだ。


「……灰の司祭が、白衣の者に」

「言葉は聞き取れません」

「ただ、紙を――小さな紙を渡した」


紙。

記録にならない紙。

けれど、行動を変える紙。


「白衣の者は、その紙をどうした?」

クラリスが問う。


医師長は少しだけ目を逸らす。


「……燃やしたそうです」

「受け取った瞬間に、炉へ」


燃やす。

燃やすのは、残したくないからだ。

残したくないのは、効いたからだ。


クラリスは白猫の笑みを薄く保ったまま、言葉を整える。


「燃やしたなら、内容は“伝えられた”」

「伝えられたなら、灰の司祭は“道”を知っている」


医師長が低く言う。


「味方ですか」


クラリスは首を横に振らない。

頷きもしない。


断定は刃だ。

刃は、必要なときに抜く。


「火消しなら、味方に見える」

「火付けなら、もっと上手に隠す」

「……今はどちらでもいいわ」


医師長が息を呑む。


クラリスは“どちらでもいい”を続ける。


「大事なのは、現場が止まらないこと」

「現場が止まらないなら、灰の司祭は“利用できる”」


言葉は柔らかい。

けれど、中身は冷たい。



侍女が小さく声を落とす。


「お嬢様、レナート様へは?」


クラリスは頷く。


「伝える」

「箱は未開封、隔離二重、鍵二人」

「そして――灰の司祭が“紙”を渡した。受け取った側は燃やした」


不明は不明のまま渡す。

不明は、線を太くする。


医師長が、もう一つだけ言った。


「今朝、薬師組合から“奉納”の問い合わせが来ました」

「いつもは来ません」


奉納。

また出た。


クラリスは白猫の笑みを消して、静かに言う。


「流れが揺れてる」

「入口が露出した」


露出した入口は、塞がれる。

塞がれる前に、次の線を拾う。


クラリスは医師長へ、最後にだけ釘を置いた。


「箱は開けないで」

「開けるなら、私ではなく――あなたたちで」

「そして、開ける前に“誰が得をするか”を一度だけ考えて」


医師長が頷く。

現場の頷きだ。



帰りの廊下。


クラリスは歩きながら、境界の感覚を薄く広げる。

神殿の白から離れても、糸は残っている。


残るから、追える。


追えるから、切れる。


白猫の笑みが、ほんの少しだけ戻る。


次に拾うのは、“奉納”の手。

慈善の手袋の下にある、帳簿の指。


白衣を折らせないために。


白猫は――爪を隠したまま、獲物の背後へ回る。

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