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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第5章 境界の祈り編 (クラリス)

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第170話 穴の場所

夜は、戻ってくる。


昼に閉めた扉の分だけ、夜は別の穴を探す。


クラリスは灯りを落とし切らない部屋で待っていた。

待つのは怠惰ではない。

“動かせる側に動かさせる”ための手順だ。


扉の外で、布が擦れる。


侍女が入ってきた。


「お嬢様。慈善院の裏手……人が動きました」

「裏口は使っていません。代わりに——井戸の脇です」


井戸。


水は、正当な言い訳になる。

どの家でも使う。

誰が行っても不自然ではない。


だから、混ぜやすい。


クラリスは頷いた。


「誰が」


侍女が小さく息を吸う。


「修道女が二人。……それと、男が一人」

「慈善院の者ではありません。身なりが良い。靴が綺麗です」


靴が綺麗。


現場の手ではない。

帳簿の手でもない。

——貴族の手だ。


クラリスは笑わない。


(貴族が慈善に混ざる)

(混ざるなら、目的は“金”か“支配”)


そして——どちらも医療に繋がる。



御者はすでに馬車を回していた。

動きが早いのは、伯爵家の教育だ。


「追いますか」


「追わない」

クラリスは即答する。


追えば、逃げる。

逃げれば、穴は塞がる。

塞がれれば、また別の穴が開く。


今は穴の“場所”が分かればいい。


「見るだけ。拾うのは——明日」


御者が頷く。



馬車は慈善院の近くまで寄らない。

寄れば目立つ。

目立てば、相手の夜が警戒に変わる。


だから、境界で見る。


クラリスはカーテンの隙間から、井戸の脇を“気配”で拾った。


二人の修道女。

男が一人。

男の手には、細い筒。

金属が月を弾いた。


(神殿の器具棚と同じ形)


白い粉が、布袋に移される。

粉を扱う手は慣れている。

慣れているのは、何度もやっているからだ。


修道女は祈りの顔をしている。

祈りの顔は、便利だ。

善意に見える。

疑いが向きにくい。


男が言った。

声は聞こえない。

だが、口の形が短い。


命令の口だ。


修道女が頷く。

頷いた瞬間、背中が固い。


信じていない。

けれど従っている。


従っている理由はひとつ。


弱みだ。


クラリスはそこで確信する。


(慈善院は主犯じゃない)

(主犯は、外の手)


慈善を隠れ蓑にした者がいる。



戻る途中、クラリスは侍女に言った。


「明日の朝までに、慈善院の“奉納の帳”を見たい」

「ただし、奪わない。借りない。——写す」


侍女が頷く。


「どうやって」


クラリスは白猫の笑みを薄く戻した。


「手順で」

「衛生確認の“控え”として、写しを残す」

「彼らのために必要だ、と言えば拒めない」


拒めないのは、慈善が疑われたくないからだ。

疑われれば、子どもが困る。

子どもが困れば、彼らは折れる。


折れる前に、盾を渡す。

盾の形で、帳をもらう。



馬車が屋敷の門をくぐる。


クラリスは降りる前に一度だけ夜を見た。


井戸の脇。

金属の筒。

白い粉。


そして、綺麗な靴。


(伯爵家の医療に手を伸ばす)

(その手は、神殿の外でも動ける)

(だから厄介)


クラリスは指先で境界の紙を折り、内側にしまう。


今夜は、穴の場所を拾った。


明日は、穴の“先”を拾う。


白猫は、飛びかからない。


でも——


獲物の逃げ道だけは、先に塞ぐ。

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