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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第5章 境界の祈り編 (クラリス)

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第168話 奉納の裏口

夜は、慈善をよく隠す。


灯りが少ないから、顔が消える。

消えるから、荷だけが残る。


クラリスは部屋で待った。

待つのは臆病だからではない。


“待てる者”だけが、線を拾える。


扉が二度、控えめに鳴る。

侍女ではない。

足が軽い。


御者だ。


「お嬢様」


声が低い。

外の冷えを連れている声。


「グレイフォール慈善院。奉納帳の照合は――通りました」

「帳は整っています。整い過ぎるほど」


整い過ぎる。


それは、“触られた帳”だ。

触られた帳は、綺麗に作れる。


クラリスは頷く。

頷いたまま、次だけを聞いた。


「出入口は?」


御者が一拍置く。

置いた一拍が、拾った重さだ。


「正面は、慈善院の顔でした」

「昼も夜も人が出入りする。子どもも。布も。薬草も」

「――ただ」


クラリスは急かさない。

急かさないまま、逃げ道を塞ぐ。


「ただ、何」


「裏手の塀に、小さな扉がありました」

「鍵は掛かっていません」

「掛かっていないのに、人が使う」


鍵がない扉は、手順がない扉だ。

手順がないなら、責任が残らない。


だから使う。


御者が続ける。


「馬車は入れない幅です」

「人ひとり。荷を抱えて通る幅」

「二人では通れない」


二人では通れない。


立会いができない。

立会いができないなら、証拠が残りにくい。


「通った者は見えた?」


クラリスは“顔”を聞かない。

顔は覚える。

覚えれば、口が滑る。


御者が首を振る。


「顔は見ていません」

「ただ、荷の形だけ」


「形」


「金属の箱です」

「昨夜、二つ」

「今夜、ひとつ」


二つが入り、ひとつが出た。


残りがある。

残りがあるなら、次に出る。

次に出るなら、見える。


クラリスは机の上の境界の紙に、線を一本足した。


裏口。

金属箱。

数量差。


「箱を持って出た者は、どこへ?」


御者が短く答える。


「路地へ消えました」

「消えた先は、商店街の裏に繋がります」

「施療小屋の方角です」


施療小屋。

支給品。

奉納。


線は、同じ方向へ寄る。


クラリスは表情を変えない。

変えないまま、手袋の指先を軽く握る。


“この線”は、現場の線ではない。

現場なら、命が先だ。

命が先なら、裏口は使わない。


裏口を使うのは――金の手だ。


侍女が小さく言う。


「お嬢様。今夜、誰かを――」


クラリスは首を横に振らない。

否定も、肯定もしない。


断定は刃だ。

刃は、必要なときに抜く。


「私が行けば名が立つ」

「名が立てば、相手は引く」

「引けば、証拠が消える」


一拍。


「だから、明日」

「“奉納の監査”ではなく、“衛生の確認”で入る」

「熱病の時期の衛生確認は、誰も断れない」


侍女の目がわずかに見開く。


「お嬢様が、衛生を?」


「口実よ」

クラリスは淡々と言った。


「境界は、口実で守れる」

「口実があれば、現場を止めない」

「現場を止めずに、“裏口”だけを塞げる」


御者が息を吸う。

そして、低く言った。


「塞ぐなら、今夜のうちに」


クラリスは頷く。

頷いたが、命令はしない。


「塞ぐのは、私じゃない」

「塞ぐのは、慈善院の“中”の者よ」

「中の者に“手順”を渡せば、勝手に塞ぐ」


手順は、盾になる。

盾があれば、善意は利用されにくい。


侍女が言う。


「では、手順書を……」


クラリスは小さく頷いた。


「短く」

「“立会い二名”“裏口使用禁止”“搬入は正面のみ”」

「そして、“封の色の記録”」


灰の封。


それだけで、線は残る。



御者が去り、部屋が静かになる。


静けさの中で、クラリスは窓を開けた。

冷えた空気が入る。

冷えた空気は、境界を研ぐ。


神殿で弾かれた祈り。

街で擦れた祈り。

慈善院の裏口で運ばれる箱。


壁は、祈りの外側にある。

外側にあるなら、内側からは崩せない。


崩すのは――境界からだ。


白猫の笑みが、ほんの少しだけ鋭くなる。


明日、裏口に“手順”を刺す。

刺されば、箱は表に出る。

表に出れば、運び手が見える。


白猫は、まだ跳ばない。


けれど――


逃げ道の先に、すでに爪の跡だけは残していた。

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