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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第5章 境界の祈り編 (クラリス)

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第162話 白の盾

伯爵家の紋を付けた小さな使いが追いついたのは、馬車が二つ目の診療所へ向かう途中だった。


馬を飛ばしてきたのだろう。

肩で息をし、汗が乾ききらない。


「クラリス様。伯爵より――」


クラリスは窓を開けない。

開ければ声が外へ漏れる。

外へ漏れれば噂が増える。


「口頭で。短く」


使いは飲み込み、言葉を整えた。


「“診療所は守れ。現場の線を越える者がいれば、名を控えろ”】【伯爵の命令は短い】

「“レナート様は屋敷で熱病の指揮に入った。戻り次第、連絡を”」


――伯爵家は、もう“線”を引いている。


クラリスは一度だけ頷いた。


「分かったわ」


使いが去っていく背を見送り、クラリスはカーテンの隙間から街を見た。


人が流れている。

神殿へ向かう流れが薄くなり、白い屋根へ向かう流れが濃くなる。


信頼が移る。


信頼が移るとき、必ず奪いに来る者がいる。

金だけではない。

権限。

名誉。

支配。


(伯爵家の医療を“取り込みたい”輩がいる)


神殿で燃えた火種は消えていない。

形を変えて、街へ出ただけだ。


「お嬢様」


御者の声が低くなる。


「前方の路地に、神殿の白衣がいます。数が……妙に多い」


クラリスは即座に言った。


「止まらないで。列の前では降りない」


止まれば目立つ。

目立てば現場が政治になる。

政治になれば現場が止まる。


御者が頷き、馬車は速度を保ったまま路地の前を通り過ぎた。


白衣の男たちの視線が刺さる。


祈りの目ではない。

帳簿の目だ。


(見ている)

(線を探っている)


クラリスは笑みを崩さない。

崩さないまま、窓の内側で指先を軽く立てた。


境界を引く。


――ここから先は現場。

――ここから先は政治。

――混ぜない。


祈りではない。

命令でもない。

ただ“線”の感触を、世界へ置く。


それが彼女の祝福の使い方だった。


主神の祝福は、上から整える。

秩序(ORDO)は、正しく並べる。


けれどクラリスが寄るのは境界だ。

線(ORD)は、通すものと止めるものを分ける。


境界の祝福は派手に光らない。

奇跡のように見せない。


代わりに――“混ざらせない”。


だから神殿の祭壇で祈るより、現場の入口で息を整えた方が力が出る。

誰にも気づかれないほど小さく、しかし確実に。


二つ目の診療所の白い屋根が見えてきた。


列は長い。

その列の外縁に、先ほどの白衣と同じ気配がある。

白衣が二人。

背筋が妙に固い。


(あれは祈祷の手じゃない)

(管理の手)


クラリスは馬車を少し先で止めさせ、降りないまま御者へ言う。


「責任者だけ呼んで。私は外で聞く」


「はい」


御者が走る。

列の中へ入らない。

診療所の動線を潰さない。

――守るのは“白”だ。


ほどなくして、白衣の医師が馬車の脇へ現れた。

目の下に影。

それでも目は澄んでいる。


「クラリス様。お越しになるとは」


「現場を止めないために、ここで聞くわ」


クラリスは言葉を短く整えた。


「“支給品”は来た?」


医師の目が揺れた。


「……来ています。神殿経由で、“統一した支給”だと」

「開けていません。怖くて」


「正しい判断よ」


褒めるのは一言でいい。

現場は忙しい。

褒め言葉で時間を取らせるのは、邪魔だ。


クラリスは続ける。


「支給品は隔離。触れるのは二人以上。必ず記録」

「それと――白衣が列の外にいる。診療所の中へ入れないで」


医師が眉をひそめる。


「理由を問われれば」


「問わせない」


クラリスは笑みを薄く保ったまま言った。


「“感染対策”で線を引くの」

「列の外縁は患者の線。中は現場の線。白衣が勝手に跨げば、混ざる」


医師が息を飲んだ。


「……混ざる」


その言葉が、現場にも刺さる。

祈りが弾かれる。

薄く削られる。

原因が“祈り手”ではなく“道具”にあるなら。


混ざれば、届かない。


クラリスは医師の目を見て、声をさらに落とした。


「祈りが弾かれた患者の共通点は?」


医師は即答した。


「神殿の祈祷を受けた者ほど弾かれやすい。……皮肉です」


繋がった。


神殿の“協力”は、救いではなく線を汚す楔。

汚せば弾かれ、弾かれれば神殿への不信が増え、増えれば金の流れが変わる。


流れが変われば、誰かが必ず儲かる。


(火種は神殿の外へ伸びた)

(そして次は――伯爵家の領分へ燃え移る)


クラリスは結論を言わない。

結論は敵を呼ぶ。

敵を呼べば現場が止まる。


だから、線だけ残す。


「今日のうちに、支給品が来た診療所の一覧を作って」

「“開けたかどうか”も」

「それだけでいい。詳細は私が取らない。あなたが取る」


医師が硬く頷く。


「承知しました」


その瞬間、列の外縁にいた白衣の一人が、こちらを見た。

視線の動きが早い。

人の顔ではなく、馬車の紋を見る目。


クラリスは微笑んだまま、視線を返さない。

返さずに、窓の内側で指先をもう一度だけ立てる。


境界を引く。


――ここから先は現場。

――跨ぐ者は、記録に残す。


白猫の笑みは柔らかい。

だが、その柔らかさの下で、爪は隠れている。


御者が戻ってくる。


「お嬢様、次はどちらへ」


クラリスは迷わない。


「一覧を揃える。守るべき白を増やす」


馬車が動き出す。


神殿の中の揉め事は終わった。

だが、祈りの壁は残った。


壁は、神殿の外へ続いている。


街の白へ。

医療の境界へ。

そして――伯爵家の領分へ。


白猫は、音もなく境界へ立った。

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