第156話 王の評価と残る火種
王宮の部屋は派手ではなかった。
記録が集まる部屋。
紙と封蝋と沈黙の部屋。
王は報告書を最後まで読み、紙を置いた。
怒りではない。
失望でもない。
“評価”の静けさ。
「熱病が広がる前に、止めたな」
ルーカスは礼式のまま答える。
「止めたのは現場でございます」
「私は、止められた手順を戻しただけです」
王は短く息を吐く。
笑ってはいない。
だが、空気が少しだけ軽くなる。
「戻した、が出来る者が少ない」
一拍。
「――よくやった」
称賛は短い。
短いほど、本物だ。
ルーカスは頭を下げる。
「恐れ入ります」
王は、別紙に指を置いた。
祈祷室灰の混入。
金属筒。
白色微粉末。
そして、外部支払いの線。
「祈りが弾かれた件」
「原因は“混ざっていた”可能性が高い」
「だが、誰が、何のために混ぜた」
「それがまだだ」
ルーカスは息を吸い、整える。
「はい」
「経路の確定がまだです」
王は淡々と告げた。
「続けろ」
「神殿の金を洗うついでに、祈りの“壁”も洗え」
命令ではない。
許可だ。
ルーカスは礼式のまま頷く。
「承知いたしました」
王は、最後に一言だけ足した。
「神殿は、金で割れる」
「だが――金だけではない」
その言葉は、釘だった。
ルーカスは、廊下へ出て一度だけ思う。
(評価された)
(だからこそ、次はもっと面倒になる)
灰の司祭が、並んで歩きながら、へらりと空気だけ軽くした。
「面倒って」
「増えると、偉くなった気がしますよね」
ルーカスは返さない。
返さないまま、歩く。
神殿へ戻る。
記録を刺しに。
—-
神殿へ戻ると、空気が変わっていた。
走る音は減った。
紙の擦れる音も減った。
減った理由は、祈りではない。
“上層の紙”が回ったからだ。
現場へ回す。
派閥の手を介さない。
それだけで、止まっていた血が少し戻る。
若い神官が、廊下でルーカスに頭を下げた。
「薬草、届きました」
「棚卸しも、今日中に始めます」
ルーカスは頷く。
「立会いのもとで、記録を残してください」
「残したものが、現場を守ります」
若い神官の目が、ほんの少しだけ強くなる。
守る。
その言葉が、今は効く。
◇
評議会側は、動いた。
動いたが、正しい方向ではない。
年配の神官が、祈祷室の前で声を低くする。
「器物管理は、現場に戻った」
「なら、現場の責任だ」
責任を押し付ける準備。
ルーカスは丁寧に返す。
「責任は、管理線に従います」
「鍵の受領、封蝋の差し替え、持ち出しの記録」
「それらは会計室と評議会に繋がっております」
年配神官の喉が鳴る。
繋がっている、が嫌いな顔だ。
灰の司祭が、笑わずに言った。
「繋がってるって」
「首輪みたいで、嫌ですよね」
◇
ルーカスは祈祷室の器具棚の前に立つ。
開けない。
開けるのは神殿側。
立会人二名。
記録担当一名。
“手順で殴る”。
棚から出てきた金属筒。
白色微粉末。
そして、香の入替箱。
香の箱の底に、薄い銀色の粉が残っていた。
若い神官が息を呑む。
「……香、ですか」
ルーカスは結論を言わない。
ただ、確認だけを置く。
「香の管理簿」
「入替記録」
「受領記録」
「外部支払い」
線は、また同じ場所へ収束する。
会計室。
評議会。
外部薬草商。
そして――外部薬草商の所在地。
そこは、伯爵家の診療圏と、奇妙に重なっていた。
偶然には見えない。
だが、今は言わない。
刃物は、必要なときに抜く。
灰の司祭が、ぼそりと言った。
「……場所って」
「癖が出ますよね」
ルーカスは司祭を見ない。
見ないまま、紙に追記する。
――香入替箱底部に銀色微粉末残留。香管理簿・受領記録・外部支払いの照合要。
火種は一つ消えた。
だが、火の粉は別の場所へ飛んでいる。
神殿の外。
医療の外。
金の外。
次の事件の形で。




