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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第4章 神殿捜査編(ルーカス)

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第154話 封蝋の色

会計室の前は、さっきより騒がしかった。


走る音。

紙が擦れる音。

小声の連鎖。


“上”に伝えたのだ。


伝えれば、取り繕いが始まる。

取り繕えば、手順が崩れる。

崩れれば、記録になる。


扉の前に、会計役が立っていた。

さっきまでの苛立ちは、薄い笑みに塗られている。

笑いは、盾だ。



「……戻られましたか」


ルーカスは礼式のまま頭を下げる。

角度は綺麗で、完璧で、だからこそ怖い。


「はい。確認を継続いたします」


「祈祷室の器具棚に、会計室の封蝋が確認されました」


 

会計役の笑みが、ほんの一瞬だけ固まる。


“知らない”と言う準備はできていない顔。



「封蝋?」


「我々が祈祷室に関わる理由はありません」


 

ルーカスは否定しない。

否定せず、逃げ道を細くする。


「理由がないのであれば、なおさら簡単です」


「受領記録を提示してください」


 

会計役の眉が動く。


「……何の受領だ」



ルーカスは丁寧に言った。


「鍵です」


「祈祷室の器具棚の鍵」


「受領していないのであれば、“受領していない”と記録します」


 

会計役は口を開きかけて閉じる。

閉じた方が得、と計算した顔だ。

灰の司祭が、扉の枠を眺めたまま呟く。


「計算って」


「黙った方が数字が減ると思ってる時、黙るんですよね」


 

会計役が睨む。

睨んでも、数字は減らない。


ルーカスは司祭を見ない。

見ないまま、淡々と続ける。



「鍵の話だけではありません」


「器具棚内より、金属筒と白色微粉末が確認されました」


「灰に銀色反射粒子の混入も確認しております」


 

会計役の喉が鳴る。


「……祈祷室の管理は祈祷室の神官の責任だ」


 

ルーカスは頷く。

頷いたまま、線を引く。


 

「はい。管理責任は祈祷室にあります」


「ただし、鍵の移動と封蝋の差し替えがあった場合、管理線は分岐します」


 


一拍。



「会計室の封蝋がある以上、会計室は“関与していない”とは言えません」


 

会計役の笑みが消える。

代わりに、祈りの顔になる。

祈りの顔は、よく嘘を隠す。


「……封蝋の色など、似たものはいくらでもある」


 

ルーカスは声を変えない。


「似ているかどうかは、確認で分かります」



若い神官が、封蝋の小箱を差し出す。

会計室の封蝋色見本。

祈祷室の封蝋片。


 

ルーカスは触れない。

触れずに、若い神官に並べさせる。


色が一致する。

墨を落としたような、わずかに青みのある灰。


会計室の封だ。


会計役の頬が引きつる。



灰の司祭が、静かに言った。


「色って」


「言い訳より正直ですよね」


 

会計役が言い返す。


「勝手に持ち込めば、誰だって――」



ルーカスが、丁寧に切る。


「勝手に持ち込める環境があるなら、それも問題です」


「会計室の封蝋が、会計室の外に出る手順は何ですか」


 

会計役が口を閉じる。

手順はある。

あるから、外に出ない。

外に出ているなら、手順違反が確定する。


ルーカスはそこで、問いを変える。

詰みを作る問いへ。


「封蝋は誰が管理していますか」


会計役が答える。


「私だ」



「鍵は誰が管理していますか」



「……私だ」



「帳簿の保管棚は」


 

「……私だ」


 

三つ目で、空気が重くなる。

全部が同じ人物に集まっている。

責任の線が一本になる。


灰の司祭が、笑わないまま言った。


「便利ですね」


「一本だと、切りやすい」


 

会計役が怒鳴りかけて止まる。

怒鳴れば、記録だ。


ルーカスは礼式のまま、淡々と告げた。


「では、確認します」


「祈祷室の器具棚の鍵を、あなたが受領した日時」


「封蝋を施した日時」


「その指示元」


 

会計役が、目を逸らす。

逸らした先に、奥の机がある。


鍵の束。


封蝋箱。


帳簿棚。


 

ルーカスは動かない。

動かないまま、逃げ道を塞ぐ。


「答えられない場合は、“答えられない理由”を記録します」


会計役が、ようやく吐き出す。


「……受領は、三日前だ」


ルーカスのペンが走る。


「受領の理由は」


「……異物混入の疑い」


「指示元は」


 


会計役の喉が鳴る。


「……評議会だ」


 

出た。

また戻った。

金と利権の年配の場所へ。


 

ルーカスは追わない。

追わずに、決定打ではなく確認を置く。


「評議会の誰ですか」


会計役が唇を噛む。

名前は出したくない。

名前は刃物になる。


だから“補佐”を出してくる。


「……財務担当の補佐だ」


 

ルーカスは頷く。

頷いたまま、次の扉を開ける。


「祈祷室の器具棚に封蝋を施したのは、あなたですか」



会計役が、ほんの一瞬だけ黙る。

黙ったままなら、まだ逃げられた。


だが――口が勝った。


「……施したのは、帳簿係だ」


 

灰の司祭が、ふっと息を吐く。

面白がっている気配だけ。


「帳簿係、また出る」



ルーカスはペンを止めない。

止めずに、丁寧に言った。


「帳簿係の氏名と、当日の勤務記録を提出してください」


 

会計役が顔をしかめる。

勤務記録は、神殿が嫌う。

残るから。


ルーカスは、さらに一歩だけ踏み込む。


「金属筒と白色微粉末について」


「あなたは“知らない”と仰いました」


「では、誰が“知っている”状態で持ち込める環境でしたか」


 

会計役が呻く。


「そんなもの……」


 

ルーカスは声を落とす。

丁寧に。

しかし逃げ道のない鋼で。


「祈祷室の鍵を持つ者です」



一拍。



「鍵を持つ者が“知らない”なら、鍵を持たせた者の責任になります」


 

会計役の目が揺れる。

責任が上に戻るのを嫌う目。


灰の司祭が、ぽつりと言った。


「上に戻るの、嫌いですよね」


「でも、上から落ちてきたものは」


「上に返さないと、終わらない」


 

会計役が、ついに言った。


「……私は、命令に従っただけだ」


 

ルーカスは頷く。

頷いたまま、淡々と告げる。


「命令の存在が確認できました」


「では、その命令書、もしくは口頭命令の立会人を提示してください」


 

会計役の顔色が変わる。

命令は“口頭”だ。


口頭なら残らない。

残らないから便利だ。



ルーカスは、そこで追い詰め切らない。

追い詰め切らずに、最も嫌なことを置く。



「本件は“祈りの不達”に直結します」


「熱病対応の停滞です」


「依頼元へ、公式で返します」


 

会計役が息を詰める。


“依頼元”。


誰か分からないが、上だ。

上に返る。

返れば燃える。


ルーカスは最後に、紙へ一行だけ追記した。


――会計役、祈祷室鍵受領(三日前)と評議会指示を認める。封蝋施行者は帳簿係と申告。


それだけで、逃げ道がまた一本消える。


灰の司祭が、軽く言った。


「次、面白くなりますね」


ルーカスは返さない。

返さないまま、礼式を整えた。


「次は、評議会です」


会計役の顔が、青くなる。

神殿の“金”の中心へ、火が戻る。


ここから先は――


神殿が一番嫌う場所に、記録を刺すだけだ。


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