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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第4章 神殿捜査編(ルーカス)

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第153話 器具棚

鍵が回る音は、小さかった。

小さいのに、祈祷室ではやけに響く。

響くのは、音じゃない。


“開いた”という事実だ。


 


年配神官の指が、鍵から離れない。

離せば、逃げ道が消えると知っている指だ。


 


扉が、きしりと開く。


中は、整っていた。

整いすぎていた。


器。


香の小箱。


布。


封蝋。


――そして、棚の奥に、布で包まれた細い筒。


 


若い神官が息を飲む。


「……それ、見たことがありません」


年配神官が、反射で言う。


「古い器具だ」


 

ルーカスは否定しない。

否定せずに、確認を置く。


「“古い器具”の管理簿はありますか」


年配神官が口をuhinと噛む。

“あるなら出せる”。

出せないなら、無い。


灰の司祭が、棚の奥を眺めたまま呟く。


「古いって」


「便利な言葉ですよね」


「いつからあるのか、誰も言えない」


 

年配神官が睨む。


「黙っていろ」


ルーカスは、睨み合いを止めない。

止めずに、線だけを引く。


「器具棚は祈祷室の管理下です」


「管理下である以上、記録は存在します」


 

一拍。


 

「存在しないなら、“存在しない理由”が必要です」



年配神官の喉が鳴る。

ここで“熱病”は使えない。

祈祷室は現場ではない。

止まっていたのは、帳簿ではなく――意図だ。


若い神官が、小さく言った。


「……点検簿が持ち出されてから、棚の中身を確認すること自体、止められていました」


 

ルーカスは、丁寧に頷く。


「止めたのは、誰ですか」


 

若い神官の目が揺れる。

答えれば、神殿の上に触れる。

触れれば、戻れない。


灰の司祭が、代わりに軽く言った。


「言わなくていいですよ」


「どうせ、同じところに戻ります」


 

ルーカスは司祭を見ない。

見ないまま、若い神官へ言う。


「恐れながら。記録のために必要です」


若い神官が、息を吸って吐いた。


「……会計室です」


「“異物混入の疑いがあるから、器具棚は封鎖するように”と」


 

会計室。

また出た。


ルーカスは、そこで動かない。

動かずに、次の確認へ移る。


「封鎖の方法は」


若い神官が答える。


「鍵を預けるように言われました」


 

年配神官が、反射で言い返す。


「それは神殿を守るため――」


 

ルーカスは遮らない。

遮らず、丁寧に落とす。


「鍵を預けた時点で、管理責任の線が変わります」



年配神官の口が止まる。

規定に強い者ほど、この一文が刺さる。


 

ルーカスは棚の奥の“筒”を指した。

指すだけ。

触れない。


「では、あちらを開示してください」


「触れるのは神殿側で」


 

若い神官が、布をほどく。

ほどいた瞬間、金属の冷えた匂いが濃くなった。



筒は細い。

軽い。

中に、白い粉が残っている。

粉は香ではない。

香の粉より粒が細かすぎる。


年配神官が、青い顔で言う。


「そんなもの……知らん……」


灰の司祭が、笑わないまま言った。


「知らないのに、ここにある」


「怖いですね」



若い神官の指が震える。

粉が、わずかにこぼれる。


床に落ちた瞬間――


光った。

さっきの灰の中の銀色粒子と、同じ光り方。



ルーカスの声が落ちる。


「触れないでください」


「現状のまま、記録します」



紙に一行。


――器具棚内、金属筒より白色微粉末落下。床面に銀色反射粒子を伴う。


 

年配神官が、声を絞り出す。


「……祈祷を妨げるために、そんなことを……誰が……」


 

ルーカスは、結論を言わない。

言わないまま、問いを置く。


「この筒は、いつからここにありましたか」


 

年配神官が震える。

答えれば、嘘になる。

答えなければ、知らないが確定する。


灰の司祭が、ふっと息を吐いた。

面白がっている気配だけ。


「“いつから”は、難しいですね」


「でも――“いつから封が増えたか”なら、分かります」


 


ルーカスは、そこで初めて視線を棚全体に滑らせた。


封蝋。


封蝋。


封蝋。


封蝋。


――古い棚のはずなのに、封の新しいものが混じっている。


新しい封は、色が違う。


 


ルーカスが、静かに言った。


「封蝋の色が揃っていません」


「この封は、誰の封ですか」


 

年配神官が、答えない。

答えられない。


若い神官が、唇を噛んで言う。


「……会計室の封です」


 

その瞬間、祈祷室の空気が変わった。

ここは祈祷の場だ。

会計室の封があるべきではない。


ルーカスは礼式のまま、丁寧に告げた。


「本件、祈祷室の器具管理に対する外部介入が確認されました」


「管理簿の持ち出し」


「鍵の移動」


「封蝋の差し替え」


「そして、異物の可能性」


 


一拍。


 


「この時点で、祈祷室の管理責任は“祈祷室だけ”ではありません」


 

年配神官が、膝を折りそうになる。

折れないのは、意地ではない。

折れたら、終わるからだ。


ルーカスは、次の手を淡々と置く。


「会計室へ照会します」


「祈祷室の鍵を受領した日時」


「封蝋を施した理由」


「この筒の搬入経路」


 


灰の司祭が、扉の枠を見たまま呟いた。


「……ここまで来ると」


「祈りが弾かれたの、偶然じゃないですね」


ルーカスは、最後に一行だけ書き足した。


――祈祷室器具棚、会計室封蝋の存在を確認。異物混入の可能性高。



そして、顔を上げる。


「扉を閉めてください」


「ここは、現状保存です」


 

若い神官が慌てて頷く。

年配神官の指が、鍵に伸びる。


さっきとは逆だ。

閉める動作が、逃げではない。


“封じる”ための手順になる。


 

鍵が回る。

ルーカスは扉の前で、淡々と礼式を整えた。


「次は会計室です」



祈祷室の“壁”は、露出した。

あとは――


誰の手が、そこに触れたかを、紙で殺すだけだ。


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