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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第3章 神殿調査編

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第148話 評価

鍵が回る音が、やけに大きく響いた。

それは神殿の静けさではない。

“いまから失うもの”の重さが、音を増幅させている。


棚の扉が、きしんで開く。

中にあるのは、箱。

神殿の紋。


封。


そして――紙束。


 

会計役が、呼吸を整えようとして失敗する。

整えた瞬間が、記録になる。

だから息が乱れる。


ルーカスは急がない。

急がないまま、紙束の上だけを指した。


「保管物の確認をいたします」


「欠番の伝票。回覧の控え。保留扱いの出庫記録」


 


会計役が、苦い顔をする。


「……そんなものは」


 

ルーカスは礼式のまま、淡々と言う。


「“ない”なら、扉を閉めて構いません」


「ただし、その場合は“保管を拒否した”と記録します」


 

会計役の喉が鳴る。

拒否は、即ち、罪の形だ。


震える指が、紙束を引き出した。

引き出した瞬間、紙が滑って床に落ちる。


灰の司祭が、床に落ちた紙を見て呟いた。


「紙って」


「落ちると、隠せないですね」


会計役が睨む。

睨んでも紙は戻らない。

戻らないものは、記録になる。

 

ルーカスは落ちた紙を拾わない。

拾うのは現場の者ではない。

拾う動作で“触った”が生まれる。


代わりに、声だけを落とした。


「そのままで結構です」


「いまの状態を、現状として記録いたします」



クラリスが、壁際から静かに言う。


「落ちた紙の方が、正直ね」


 

会計役は唇を噛み、紙束を差し出す。

差し出す手が、薬草の手ではない。


帳簿の手。


ルーカスは受け取らない。

受け取らずに、若い神官へ視線を送った。


「立会人を二名。こちらの記録を開示いただきます」


「読み上げで結構です。触れるのは神殿側で」



若い神官が頷き、紙束を受け取る。

手が震える。

震えるが、目は真っ直ぐだった。


 

一枚目。


欠番の出庫伝票の控え。


「……番号、続いていません」


 

二枚目。


“保留”の朱。


“現場へ搬出せず”の走り書き。


 


三枚目。


外部への支払い。


薬草商。


名は伏せられているが、所在地がある。


 


クラリスが、声を落とす。


「現場に出ないのに、外に金が流れてる」


 

会計役が反射で言い返す。


「それは備蓄だ!」


 

ルーカスは否定しない。

否定しないまま、逃げ道を細くする。


「備蓄は否定いたしません」


「備蓄であれば、備蓄庫の入庫記録があります」


「備蓄庫の鍵の管理者はどなたですか」


 

会計役が、言葉を詰まらせる。

備蓄庫の鍵は、会計室が握っている。

自分が握っている。



灰の司祭が、また棚を眺めたまま言う。


「鍵、好きですね」


「握ってると、偉くなれる」


会計役が怒鳴りかけて止まる。

怒鳴れば、それも記録だ。


ルーカスは、紙束の中の一枚を指した。

若い神官に、読み上げを促す。


「こちらの欄を」


若い神官の声が、乾く。


「……回覧先。評議会、財務担当補佐。薬務担当補佐。……あと、司教補佐」


 


“司教補佐”。


その単語が出た瞬間、空気が凍る。

派閥の名ではない。


神殿上層に近い名だ。


会計役の顔色が、ほんの少し青くなる。


「これは……形式だ」


 

ルーカスは頷いた。

頷いたまま、淡々と置く。


「形式で結構です」


「形式が、責任の線になりますので」


 

クラリスが、初めて笑わずに言う。


「あなたたちは、線を引くのが得意ね」


「でも、線は越えると見えるのよ」


 


会計役が、苦し紛れに言う。


「現場が勝手に祈りを使うからだ!」


 

その言葉は、言ってはいけない種類の言葉だった。

現場の神官たちが、顔を上げる。


怒りではない。

恐れ。


ルーカスは、その恐れを拾い上げるように、声を整える。


「確認いたします」


「祈りが“弾かれた”件について、こちらが把握しているのは“現場報告”のみです」


「会計室がそれを理由に供給を止めた、という認識でよろしいですか」


 

会計役が、ほんの一瞬だけ黙る。

黙ったままなら良かった。

だが、口が勝った。


「……弾かれたのは、供給が足りないからだ」


灰の司祭が、静かに息を吐く。

面白がっている気配だけ。


「逆ですね」



会計役が睨む。


「何がだ」



灰の司祭は目を伏せたまま、独り言みたいに言った。


「弾かれるのは、足りないからじゃない」


「……混ざってるから」


 

混ざってる。

その一言が、針になる。


ルーカスは司祭を見ない。

見ないまま、言葉を切る。


「現場の祈祷に“混ざる”もの」


「それが薬草、香、封蝋、あるいは器物であった場合――」


「会計室が触れた範囲に、原因がある可能性が出ます」


 

会計役の顔が引きつる。


「馬鹿な……」



ルーカスは丁寧に言った。

丁寧だからこそ怖い。


「馬鹿かどうかは、確認すれば分かります」


「備蓄庫の入庫記録」


「外部支払いの詳細」


「そして、祈祷室で使われた香と器の管理簿」


 


一拍。


 


「この三点を、今から揃えてください」


「揃えられない場合は、“揃えられない理由”を記録します」


 

会計役は呻く。

揃えれば死ぬ。

揃えなければ、もっと死ぬ。


 

クラリスが、淡々と追い打つ。


「熱病の死人が出たら、あなたたちの損失は“献金”じゃ済まないわ」


 


会計役の目が揺れる。

祈りより効く単語。

責任より効く単語。


損失。


 

ルーカスは、そこで決定打を打たない。

打たずに、淡々と締める。


「本件は神殿上層の依頼案件です」


「確認結果は、依頼元へ“公式”で返します」


「熱病対応に関する停滞。手順違反。供給停止。外部支払い」


「そして、祈りの不達――」


 


言葉を切る。


切った方が、重い。


「これ以上の遅滞は、神殿の信用そのものに直結します」


会計役が、ついに小さく呻いた。


「……分かった」



ルーカスは頷いた。

礼式のまま、完璧な角度で。


「ありがとうございます」


「では、同席の立会いを継続いたします」


 

その瞬間――廊下の向こうで足音が増えた。


神官が走る。

使いが走る。


誰かが上へ伝えるために走る。


灰の司祭が、ぼそりと呟く。


「走り出したら」


「もう、止まらないですね」


 

ルーカスは、動かない。

動かないまま、紙に一行だけ追記する。


――会計室、備蓄・外部支払い・器物管理簿の提出に同意。


 

それだけで、逃げ道が消える。


 



数刻後。


提出された帳面は、綺麗ではなかった。

綺麗ではない方が、真実に近い。


擦れた字。


消しかけた墨。


継ぎ足した数字。


 


ルーカスは淡々と読み、淡々と揃え、淡々と線を引く。

線は一本ではない。

複数の線が、同じ場所へ収束している。


 

“評議会の財務補佐”。


“外部薬草商”。


“備蓄庫の欠落”。


そして――祈祷室の香。


香の一部に、異物混入の記録。

それは“誤差”として片付けられていた。


 


(誤差ではない)


(意図だ)


ルーカスは心の中でだけ結論を置き、口では結論を言わない。

結論は、刃物になる。

刃物は、必要なときに抜く。


 



夜。


神殿の灯りが落ちきらない時間。


ルーカスは、封筒を二つ用意した。

ひとつは神殿上層宛。


もうひとつは――王へ。


クラリスが、静かに聞く。


「王に出すのね」


ルーカスは頷く。


「熱病は外へ出ます」


「神殿が割れたままでは、街が持ちません」


「そして、神殿内部の金が絡む以上、神殿だけで収めれば再燃します」


言葉は丁寧。

だが、逃げ道がない。


 

灰の司祭が、目元の隈を深くしたまま呟く。


「王に嫌われる仕事ですね」


 

ルーカスは、礼式のまま淡々と言う。


「嫌われるためにやるのではありません」


「止めるためにやります」


 

クラリスが、白猫の笑みを薄く戻した。


「……あなた、ほんとに真面目ね」


 

ルーカスは笑わない。

笑わずに封蝋を落とす。


監査局の刻印。

王家の刻印ではない。


あくまで役職で動く。


 



数日後。


王宮。

広間ではない。


派手な場でもない。

記録が集まる部屋。


 

王は、報告書を読み終え、紙を静かに置いた。


怒りではない。

失望でもない。


“評価”の静けさ。


 


「熱病が広がる前に、止めたな」



ルーカスは礼式のまま答えた。


「止めたのは現場です」


「私は、止められた手順を戻しただけでございます」


 

王は短く息を吐く。

笑ってはいない。

だが、空気が少し軽くなる。


「戻した、が出来る者が少ない」


 


一拍。


 


「――よくやった」


それだけだった。


称賛は短い。

短いほど、本物だ。


 


ルーカスは頭を下げる。

完璧な角度で。


「恐れ入ります」


 

王は視線を落とし、別の紙へ指を置いた。

祈祷室の“異物混入”の欄。


「祈りが弾かれた件」


「まだ解けていないな」


 

ルーカスは、息を吸う。

吸って、整える。


「はい」


「“混ざっていた”可能性は高いですが、意図と経路の確定がまだです」



王が、淡々と告げた。


「続けろ」


「神殿の金を洗うついでに、祈りの“壁”も洗え」


 

命令ではない。

許可だ。


 

ルーカスは礼式のまま、頷いた。


「承知いたしました」


 

王はそれ以上、言葉を足さない。

足さないまま、次の報告へ移る。


だが――

その一言が、すべてだった。


 

ルーカスは、帰路の廊下で一度だけ思う。


(評価された)


(だからこそ――次はもっと、面倒になる)


 

面倒が増えるのは、嫌いだ。

だが、面倒の方が嘘は混ざりにくい。


神殿の火種は、まだ消えていない。

祈りを弾く“壁”も、まだ残っている。


 


次のページが、もう開きかけていた。

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