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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第3章 神殿調査編

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第146話 口述

会計室の前の廊下は、いつの間にか“人の壁”になっていた。


年配神官。


若い神官。


会計室の者。


そして、どちらにも属さない顔で立つ者。



熱病が広がるとき、神殿は祈りより先に噂が増える。



ルーカスは歩みを止めない。

礼式のまま、丁寧に進む。

その丁寧さが、群れを割る。



会計室の扉が閉まる。

外の騒がしさが薄れる。

代わりに、紙の匂いが濃くなる。


 

机の上に、帳面。

棚に、封蝋の箱。

壁に、神殿の規定板。


 

会計役は立ったままだ。

席に座らない。

座れば“話し合い”になる。

いま必要なのは“口述”だ。


ルーカスは椅子に座らない。

立ったまま、羽根ペンを取った。


「確認いたします」


「ここから先は、口述記録として残します」


「内容は、後ほど読み上げ、相違がないかを確認いたします」


 

会計役が眉をひそめる。


「勝手に記録を取るな」



ルーカスは声を変えない。


「勝手ではありません」


「神殿上層より、熱病対応の停滞に関する手続き確認の依頼を受けています」


「手続き確認には、発言と判断の記録が必要です」


 

クラリスは一歩引き、壁際で静かに見ている。

白猫の笑顔は、薄いまま。


灰の司祭は、棚の封蝋箱を眺めている。

指は触れない。

視線だけが刺さる。


会計役が言う。


「……何を聞きたい」



ルーカスは短く頷いた。


「薬草庫の供給停止について」


「三日前から制限、今朝“厳格化”されたと聞いております」


「その指示は、会計室から出ましたか」


 

会計役が一瞬だけ黙る。

その黙りが、もう答えだ。


「出した」


ルーカスのペン先が動く。

紙に落ちる音は、軽い。

だが、戻らない。


「理由を」


会計役が言う。


「帳簿が追いついていない」


「出庫伝票と棚卸しが止まっている」


「横流しの疑いがある」


 

ルーカスは遮らない。

並べさせる。

並べれば矛盾が浮く。


「“疑い”の根拠は」



会計役が苛立つ。


「根拠がないから疑いだろう」



灰の司祭が小さく息を吐いた。

笑いそうな気配だけ。


「便利な言葉ですね」


「疑いって」


 

会計役が睨む。


「司祭は黙っていろ」


灰の司祭は淡々と返す。


「黙ってますよ」


「書かれるなら」


 

ルーカスが続ける。


「供給停止の決裁は、会計室単独で可能ですか」


 

会計役が言う。


「可能だ」


「規定に基づく」


 

ルーカスは頷く。

頷いたまま、次を落とす。


「規定の条項番号を」


会計役の喉が鳴った。

条項番号。

祈りより嫌いなもの。


「……細かいことは」



クラリスが静かに言う。


「細かいことが、命を守るのよ」


 

会計役の目が揺れる。

揺れたまま、言い訳を探す。


ルーカスが追う。


「封蝋の取り扱いについて」


「薬草庫の封を崩したのは、会計室の者でしたか」


 

会計役が言い切る。


「確認だ」


「立会いは」


「不要だ」


 

ルーカスのペンが止まった。

止まってから、ゆっくり動く。


「“不要”と判断したのは、あなたですか」



会計役の口が歪む。


「……私だ」


 

ルーカスは淡々と続ける。


「焼却室の使用について」


「廃棄の名目で紙束が運び込まれていました」


「廃棄記録はありますか」


 


会計役が言う。


「必要ない」



ルーカスが、丁寧に言う。


「必要です」


「廃棄は立会いと記録が必要です」


 


会計役が苛立って机を叩きかけ――止めた。


叩けば音が残る。

音が残れば、態度が残る。

会計役は“残る”のが嫌いだ。


沈黙が落ちる。


その沈黙を、灰の司祭が撫でるように言った。


「記録がない廃棄は」


「廃棄じゃなくて、隠匿って呼ぶんですよね」


 

会計役が唇を噛む。


ルーカスが、最後の釘を落とした。


「ここまでの発言を整理いたします」


「会計室は、根拠のない“疑い”を理由に供給を止めた」


「規定の条項番号を即答できない」


「封蝋を立会いなく崩した」


「廃棄記録を残さず焼却を行った」


 

一拍。



「これらはすべて、規定違反です」


「そして、熱病対応の停滞に直結します」


 

会計役が、低い声で言った。


「……お前たちは、何がしたい」


 

ルーカスは感情を出さない。

そのまま答える。


「現場を動かします」


「規定を戻します」


「責任の所在を、紙に落とします」


 

クラリスが、淡々と添える。


「そして、熱病で死ぬ人を減らす」


 

会計役の目が、細くなる。


「責任を――私に押し付ける気か」



ルーカスは否定しない。

否定せずに、切る。


「責任は“押し付ける”ものではありません」


「“持っていた者”が、持つものです」



ペン先が止まる。

ルーカスは顔を上げた。

会計役を、正面から見た。


「――次です」


「薬草の“本来案”を作ったのは誰ですか」


「現場の配分ではなく、会計室の書式で作られていました」


 

会計役の額に汗が浮く。

扉の外で、誰かが息を呑む音がした。


ここから先は、金の話になる。

金の話は、祈りより人を動かす。


会計役が、ゆっくりと口を開いた。


その口が、次の火種になる。

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