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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第3章 神殿調査編

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第143話 配分表の裏

供給再開の決定が落ちた途端、廊下の空気が変わった。


人が動き始める。


声が戻る。


紙束が走る。


 


――現場は、決まれば速い。


決めていなかったのは、現場ではない。


 


ルーカスは歩きながら、次の“止め所”を探した。


評議会が供給を再開した。


ならば次は、その供給がどこへ流れるかだ。


 


薬草は、出せばいいわけではない。

配ればいいわけでもない。


 


「誰が、どこに、どれだけ」


 


そこに、金が混ざる。


 


配分室の扉の前には、すでに行列ができていた。


若い神官たち。

顔色が悪い。

寝ていない目。


祈りでは熱が下がらない現実を抱えている目だ。


扉の内側から、苛立った声が漏れる。


「規定にない!」


「決裁が――」


 

ルーカスは列の横を通り、扉の前で止まる。

礼式のまま、控えめにノックした。

控えめだが、逃げ道のない音。



「宮廷監査局、特任監査官です」


「配分表と決裁記録を確認いたします」



中が一瞬、静かになる。

紙が擦れる音。

隠す音だ。


 

扉が開いた。

現れた男は、会計室より若い。

だが、目は年配者のそれに近い。


 

「ここは神殿の内部です」


 

ルーカスは否定しない。

否定せずに、筋を通す。


 


「承知しております」


「評議会決定に基づき、供給が再開されます」


「ゆえに、配分の手順確認が必要です」


 


男は、口元だけで笑った。


「確認して、どうする」


 

「止まった原因を繰り返さないようにします」


言葉は丁寧。

中身は刃だ。


 

男は机の上の紙束を指で押さえる。

押さえるのは、見せたくないときの仕草。


 

ルーカスは、紙束ではなく、壁際の棚を見る。

配分室の棚には、薬草ではなく帳簿が並ぶ。


「配分表は、どれですか」


 

男が渋々、一枚出した。


薄い紙。

インクが新しい。

急造だ。


 

クラリスが、横から覗く。

白猫の笑顔はない。

ただ、目が冷たい。


「これ、今日作ったのね」


 

男が言い返す。


「供給再開が今決まったのだから、当然でしょう」


 

クラリスは否定しない。

否定せずに刺す。


「当然ね。なら、昨日まで“止めていた理由”と矛盾しないはずよ」


 

男の目が一瞬だけ揺れた。



ルーカスが淡々と確認する。


「配分先の優先順位は、誰が決めましたか」



男は答えを選ぶ。

答えを選ぶ時間があること自体が、答えだ。


「……上からです」


「評議会ですか」


「……会計室です」


 


ルーカスは頷く。

その頷きは“理解”ではない。

“記録”だ。


「配分基準は」


男は紙の端を叩いた。


「規定に基づき、献金額の多い施療所から――」


 

言い終える前に、若い神官の一人が声を押し殺した。


「……それ、現場じゃない」


 

配分室の男が睨む。


「黙れ」


 

ルーカスは視線を上げない。

視線を上げずに、言葉だけを落とす。


「献金額による優先配分は、規定のどの条文ですか」


 

男が詰まる。

条文ではなく、“慣例”だ。


 

灰の司祭が、背後でぼそりと言った。


「慣例って、便利ですよね」


「条文がなくても、正義みたいな顔ができる」


 

男が苛立って笑う。


「現場が回らなければ、献金も増えない。現実です」


 

ルーカスは丁寧に頷いた。


「承知しました。では逆に伺います」


 


一拍。


 


「現場が止まれば、死者が出ます」


「死者が出れば、信頼が落ちます」


「信頼が落ちれば、献金が落ちます」


 


前に会計室で刺した言葉。

だが、今回は“配分”の文脈で効く。


「献金を守るために現場を止めるのは、順序が逆です」



配分室の男は、紙束を抱え直す。


「理屈だ」


 


「いいえ。手順です」


ルーカスは配分表の隅を指した。



印がある。

小さな記号。


配分室の符号ではない。


 


「この記号は、誰が入れましたか」


男の顔が引きつる。


 


「……確認用です」


「確認者は」


「……会計室」


 


クラリスが小さく息を吐いた。


「また会計室」


 

ルーカスは淡々と続ける。


「配分表の原本を押収します」


「写しは、あなた方に残します」


「今日の配分は止めません」


 


男が顔を上げる。


「止めない?」


 


ルーカスは、礼式のまま頷いた。


「止めれば現場が死ぬ」


「私は、現場を止めに来たのではありません」


 


一拍。


 


「“流れを見える化”しに来ました」



灰の司祭が、面白がる気配のまま言う。


「見える化、好きですね」



ルーカスは見ない。


見ないまま、机上の紙を揃える。


 


配分表。


決裁印。


確認符号。


そして――


 


配分表の裏に透ける、別の筆跡。

一度書いて、上から書き直した跡。


ルーカスは、その“透け”を見逃さない。


(書き換えた)


(急造ではなく、差し替えだ)


 


差し替えた理由はひとつ。


“本来の配分”を隠すため。


 


ルーカスは配分室の男に、丁寧に言った。


「本来の配分案を提出してください」


 


男が固まる。


「……ない」


 

ルーカスは微笑まない。


「提出しない場合、“隠匿”として記録します」


 


男の喉が鳴った。


この瞬間、配分室は理解する。


監査官は、祈りで揺れない。


恫喝でも揺れない。


 


揺れるのは――紙だけだ。


ルーカスは紙束を封筒に入れ、監査局の刻印で封をした。


「では、次は“本来の配分案”です」


そう言って、扉を出る。

廊下の端で、若い神官が小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 

ルーカスは足を止めない。

止めずに、丁寧に返す。


「礼は不要です」


「仕事ですので」


 

だが、心の中で一つだけ思う。


(もう一枚、出る)


紙は、必ず出る。


隠した者ほど、紙に縋るからだ。

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