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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第3章 神殿調査編

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第139話 日没まで

会計室の扉が閉まる。

閉まった音より先に、廊下の空気が動いた。

誰かが、走り出した。


 

「……今の、刺さりましたね」


灰の司祭が、他人事みたいに言う。


目元の隈だけが、妙に生きている。


 


ルーカスは歩きながら答えた。

丁寧に。


「刺さったのは、献金です」


「“関係ない”と言い切った時点で、関係がある」


 


クラリスは横に並ぶ。

白猫の笑顔は薄い。

薄いが、鋭い。


「日没まで、って言ったのは正解ね」


「逃げる時間を与えた分、動くものが出る」


 


「はい」


ルーカスは頷く。

逃げ道を塞ぐ前に、走らせる。

走れば、粗が出る。

粗は、記録になる。


 



廊下の角。

セレスティナが、先回りするように立っていた。


白い影。

柔らかな金髪。

光を受ければ、ほんのり薄い花色が混ざる。


――あの髪は、見る者に“守りたい”を起こさせる。


起こさせるように、作られている。


 


「監査官さま」


甘い声。

泉みたいに澄んでいるのに、冷たい。


「会計室に、あまり強く当たらないでください」


「熱病で現場が荒れているのは、事実ですもの」


 


ルーカスは礼式のまま、視線を合わせない。

合わせれば、相手の土俵だ。


 


「承知しております」


丁寧に受ける。

受けて、逃げ道を塞ぐ。


「ですからこそ、供給停止の根拠を確認いたします」


「根拠があれば、誰も困りません」


 

セレスティナの笑みが、ほんの僅かだけ硬くなる。


「神殿は、神殿のやり方が――」


 


「神殿のやり方を守るために、規定を確認しています」


ルーカスの声は変わらない。


「規定が守られていない状態が続けば、神殿が傷つきます」


 


“神殿が傷つく”


その言葉は、聖女に効く。


信仰ではない。

立場に効く。


 


セレスティナは一拍置き、柔らかく言った。


「……では、私も動きます」


動く。

それは、宣言だった。


 

クラリスが、微笑まないまま礼をする。


「どうぞ。調整役としてなら」


セレスティナの瞳が、薄く細くなる。

その細さは、笑みではない。


 



ルーカスは、廊下を曲がり、薬草庫へ戻る。


現場側の動きも確認するためだ。

供給が再開したか。

誰が止めようとしていないか。


止めようとすれば、それもまた――記録になる。


 


薬草庫の前には、若い神官が二人立っていた。


顔が青い。


「……監査官さま」


「配分室が……来ました」


 


「配分室」


ルーカスは、声に出さずに頷いた。


会計室と現場の間。

金と物の中継。


そこが動くなら、会計室は追い詰められている。


「誰が来ましたか」


「会計室の者です。“特別搬出”の確認だと」


「立会いは」


「……今、呼びに行かせています」


若い神官の声が震える。

怖いのは、会計ではない。


責任だ。

責任は、弱いところに落ちる。


 

ルーカスは礼式のまま、淡々と告げた。


「立会いが揃うまで、封は崩さないでください」


「指示があっても、動かない」


「動いた者が、責任者になります」


 


若い神官が、必死に頷く。


 

クラリスが小さく息を吐いた。


「これで、現場は守れる」


 


「一時的には」


ルーカスは短く答えた。


「日没までに、どちらが“書けるか”です」


 


灰の司祭が、ぼそりと混ぜる。


「書ける人間は、嘘も書ける」


 


ルーカスは否定しない。


「だから、嘘が書きにくい形にします」


 



廊下の先で、紙束を抱えた神官が走る。

逆方向から、別の神官が走る。

互いに目を合わせない。


目を合わせれば、陣営がバレる。


 


ルーカスは歩きながら、頭の中で“今日の勝ち筋”を並べた。


一、供給停止の解除は維持する。


二、配分室の受領印の欠落を押さえる。


三、特別出庫の根拠文書を“出させる”か、“出せない”ことを記録する。


 


ここまで揃えば、金の派閥は言い訳を失う。

現場の派閥は、息ができる。


 


そして――。


この揉め事の裏にいる“王家に近い影”が、焦る。

焦れば、手が出る。

手が出れば、記録が残る。


 

ルーカスは足を止めずに、クラリスへ言った。


「日没まで、こちらは動き続けます」


「クラリス殿は、現場側の若手に“規定どおりに守らせて”ください」


 


クラリスが頷く。


「得意分野ね」


白猫の笑顔が、ほんの少しだけ戻る。


 


灰の司祭が、面白くもなさそうに言った。


「……聖女も動きますよ」


 


「ええ」


ルーカスは淡々と答える。


「動かせます」


 


動けば、粗が出る。

粗は、記録になる。


 


ルーカスは廊下の突き当たりを見た。


配分室へ続く道。

そこに、次の火種がある。


 

日没まで。


それは、猶予ではない。

締切だ。

逃げる者を――追い込むための。

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