表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/69

第12話 王宮の呼び出しは、噂じゃなく記録で


共同施療所の焦げた匂いが、まだ髪に残っている。


それでも現場は回った。


火は抑えた。物証は押さえた。証言は“名前つき”で取った。


噂の第二波は、ここで折れた。


そう思った矢先。


公爵家に戻った私たちを待っていたのは、王宮の封蝋だった。


「召喚状です」


執事長が差し出した封筒には、王家の紋が押されている。


お父様がそれを開き、目を通した。


「……王宮へ。明日の朝」


ルーカスが低く言った。


「火事……いえ、事件の説明でしょうね」


私は頷く。


「“説明”って形で、噂を王宮に持ち込むつもり」


お父様が淡々と言う。


「なら、先に“記録”を持ち込む」


「はい。噂じゃなく、記録で」


ルーカスが机の上に紙を広げた。


「整理します。提出できる形に」


「お願い」


私は袖の中の境界紙に触れた。紙は冷えている。


順番だ。感情より先に、紙。


ルーカスが指を折る。


「一、現場の状況記録。時刻、風向き、火の広がり」


「二、物証。油の痕跡、投げ込み位置の推定、破片の回収記録」


「三、目撃証言。氏名、立ち位置、見た内容」


「四、共同施療所の薬庫。棚卸し、封印記録、配布記録」


私は頷きながら付け足す。


「五、神殿施療院の“受け取り拒否”の文書。あれも添える」


ルーカスが一拍置いて頷いた。


「……強い材料です」


お父様が短く言う。


「よし。王宮に持っていく」


私は息を吸って、言葉を整えた。


王宮では、言葉の順番が命になる。


「お父様。王宮で私が喋るタイミングは?」


お父様は即答した。


「最初に喋るな」


「はい」


「王宮は“結論を急ぐ”場所だ。最初に喋ると、結論だけ奪われる」


それも現代で見た。切り取られて燃やされる。


「ルーカスが手続きと記録を出す。私は最後に“条文”を出す」


私が言うと、お父様が目だけで笑った。


「よく分かっている」


翌朝。


王宮の廊下は音が吸われる。絨毯が柔らかくて足音が消える。


消える音ほど、視線が目立つ。


「公爵家が神殿と揉めたらしい」


「施療所が燃えたとか」


「魔女が——」


小声が滑る。


私は白猫の微笑を貼り付けたまま歩いた。


噂は王宮にも届く。だから記録で殴る。


案内されたのは会議室。査問の前段だ。


正式な裁定の場ではない。だが、ここで空気が決まる。


扉が開く。


長い机。王宮の官僚、司法担当、神殿の使者。


そして王太子がいた。


王太子は美しい笑みを浮かべている。誰にも角を立てない笑み。


だから信用できない。


「公爵アルヴェーン、そして公爵令嬢クラリス」


王太子が柔らかく言った。


「昨夜の件、王宮として確認したい」


お父様が一礼する。


「承知しております」


ルーカスが一歩前へ出た。


「監査局ルーカス。現場記録と物証を提出します」


王太子が目を細める。


「監査局が?」


「はい。火事ではなく、事件の可能性が高いと判断しました」


神殿の使者が口を挟む。


「事件などと……公爵家が神殿を疑うのですか?」


空気が“感情”に寄りかける。


私は動かない。順番。


ルーカスが淡々と返す。


「疑いではありません。物証と証言です」


紙が机に置かれる音が、静かに響いた。


神殿の使者が鼻で笑う。


「油? 投げ込み? それが何だと言うのです」


ルーカスが言う。


「投げ込みであれば、施療所の内部過失ではありません」


「内部過失でない、だから何だ」


「だから責任の所在が変わります」


王太子が柔らかく割り込む。


「なるほど。では、質問を変えよう」


王太子の視線が私に向いた。


「クラリス。神殿施療院が寄付を拒否したのは事実かな?」


来た。私の口から“対立”を引き出す誘導だ。


私は白猫の微笑を崩さない。


「事実です」


王太子が優しく続ける。


「では、神殿に反意があると?」


神殿の使者が小さく息を吸う。


私は首を傾げた。


「反意ではありません。治療の優先順位の話です」


王太子が眉を上げる。


「優先順位?」


「神殿施療院が受け取らないのは自由です」


私はゆっくり言う。


「その自由の結果、昨夜、薬を受けられずに子どもが倒れました」


空気が一瞬止まった。


「公爵家は、その子を共同施療所で受けました」


「生活の場で、生活の支援をしただけです」


神殿の使者が声を尖らせる。


「神殿は正しき場で——」


私は言葉を切った。


「正しさと、治療は別です」


強すぎると判断して、私はすぐ“紙”へ戻す。


「その件は、文書があります」


ルーカスが“受け取り拒否”の文書を出した。


「神殿施療院が受領を拒否した記録です。日時、署名、押印」


王太子の笑みがわずかに固くなる。


「……ふむ」


お父様がここで口を開いた。


「王宮が確認したいのは、支援が止まるかどうかでしょう」


「止まりません」


短く、重い声。


「公爵家直轄で続ける。記録は公開する」


王宮官僚が慌ててメモを取る。


王太子が息を吐いた。


「分かった。では次の件——」


神殿の使者が食い下がる。


「しかし“魔女”が関与している可能性は——」


お父様が言った。


「“魔女”とは誰のことだ」


神殿の使者が一瞬詰まる。


「……境界派の者が公爵令嬢に接触していると聞く」


聞く、ね。噂だ。


ルーカスが淡々と返す。


「接触の証拠は?」


神殿の使者は言いよどむ。


王太子がまとめに入った。


「本日の確認はここまでにしよう」


「王宮としては、正式に“査問会”を開く必要がある」


来た。次が本番。


王太子は微笑む。


「公爵家、監査局、神殿。全ての証言を揃える」


「火の件も、寄付の件も、契約の件も」


私は白猫の微笑のまま頷いた。


「承知しました」


会議室を出た廊下で、ルーカスが小声で言う。


「査問会は……相手の土俵です」


「ううん」


私は言った。


「土俵は“紙”にある。紙は、こちらが先に作ってる」


お父様が短く頷く。


「準備をするぞ」


王宮を出る直前、私は振り返った。


王太子が、まだ微笑んでいる。


あの笑顔は、次の物語を作る笑顔だ。


私は袖の中で境界紙を握った。


次は査問会。


ここで、神殿の“物語”を折る。


白猫は微笑んだまま、牙を研いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ