第101話:別行動の作り方
その場で決めた。
決めないと、泣き女は決める。
泣き女が決めると、全部が“感情の物語”になる。
ルーカスが紙束をもう一度広げる。
穴だらけの命令書。
穴だらけだからこそ、こちらが縫える。
「……経路は、こちらで決める」
ルーカスは淡々と言った。
王家の書式を扱う手が、妙に慣れている。
慣れすぎていて、逆に怖い。
セレスティナが口を開く。
「王家の命令です。私が先導し――」
「しない」
レナートが切った。
短い。
乱暴ではない。
でも、拒否の形が鋼だ。
セレスティナの頬がわずかに強張る。
泣くための筋肉が、別の意味で固くなる。
私は笑顔のまま、言葉を乗せる。
「聖女様。先導は不要です。あなたの“役割”は明文化されています」
「役割……?」
ルーカスが紙を指で叩く。
「神殿側への伝達と調整。――それだけです」
セレスティナは、ゆっくり瞬きをした。
“それだけ”が一番嫌な言い方だ。
ロウが控えめに言う。
「……それ、楽じゃね?」
レナートが低く返す。
「黙れ」
「ヘイ」
私は視線を動かさない。
突っ込まない。
これはこの二人の間の、いつもの仕組みだから。
ルーカスが続ける。
「神殿側に“聖女が来る”という情報が先に走ると、向こうは舞台を整えます。神殿前が“感情の舞台”なのは、あなたも知っているでしょう」
セレスティナは唇を噛んだ。
反論したい。
でも、反論すると“舞台に乗った”ことになる。
私は笑う。
白猫の笑顔を保ったまま。
「だから、別行動にしましょう」
セレスティナの目が細くなる。
「……同じ目的地なのに?」
「同じ目的地だから、です」
私は微笑んだまま、言葉だけを冷たくした。
「あなたが先に着けば、舞台が整う。こちらが先に着けば、舞台を潰せる」
レナートが、ぼそりと落とす。
「……医療は舞台じゃない」
「え?」とセレスティナが反射した。
レナートは見ない。
見ないまま、机上の紙を見る。
「神殿に行くなら、患者の処遇を先に決めろ。それだけだ」
ロウが小声で言う。
「先生、ほんとそればっか」
レナートが返す。
「それでいい」
私は内心で頷いた。
――それでいい。
それがこの男の、崩れない柱だ。
ルーカスが地図を出す。
紙の端に、王都の街路が細かい。
「宿は二箇所押さえます。聖女側は“表”。こちらは“裏”。合流は目的地の手前、最終宿場で」
セレスティナが言う。
「私を一人にするの?」
私は笑顔のまま、即答する。
「護衛は付けます。王家の指揮監督下ですもの」
“あなたは王家の駒”だと、丁寧に言い換えただけ。
セレスティナの瞳が揺れた。
泣きそうだ。
泣けば有利になると、まだ信じている。
でも私は、次の札を出す。
「泣いてもいいですよ。――ただし、泣いた理由と目的を、文書に残します」
空気が止まった。
泣き落としは、記録が残ると価値が落ちる。
涙は燃料だ。
燃やした跡が“証拠”になると、燃え方が変わる。
セレスティナは、泣けない。
泣きたいのに、泣けない。
ロウが小さく言う。
「……すげぇな、姫」
私は笑顔のまま、目だけで叱る。
姫じゃない。
ロウが肩をすくめた。
「……クラリス」
それでいい。
ルーカスが話を締める。
「決まりです。聖女様は“表”で進み、我々は“裏”で先回りする。目的地は同じ。合流地点だけ固定します」
レナートが最後に言う。
「……ロウは連れていく」
セレスティナが、そこでようやくロウを見る。
そして、何かを思い付いた顔をした。
嫌な予感がした。
私は笑顔を崩さないまま、静かに告げる。
「聖女様。――その子に手を伸ばすなら、あなたは泣く前に詰みます」
セレスティナの唇が、かすかに歪む。
泣き女が、泣けない。
だから次は――別のやり方で来る。
その“別のやり方”が、今、私には見えていた。




