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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第3章 神殿調査編

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第100話 泣き女、到着

朝。


出発の支度は早い。


早いほど、隙が減る。



私は馬車の縁で、手袋を整えながら息を吸った。


今日、ここで合流する。


予定通りに。


“表向きの宿”で。


 


そして――


宿の前。

馬車がもう一台、音もなく寄せてきた。


車輪の軋みすら上品で、布の揺れだけがやけに目立つ。


……嫌な予感がする。


御者が手綱を引き、扉が開いた。


白いヴェール。


白い指先。


そして――泣く準備が整った顔。


聖女セレスティナは、そこにいた。


 


「クラリス様……」


名を呼ぶ声は甘いのに、周囲の空気がじわりと重くなる。


泣き女装、開始寸前。


私は白猫の笑顔を、崩さないまま息を吸った。


 


「ごきげんよう、セレスティナ様」


礼は、きちんと。


言葉は、冷たくしない。


――ただ、距離だけは詰めさせない。


 


セレスティナの視線が、私の背後を掠めた。


レナート。


その金髪に、数瞬だけ光が刺さる。


彼女の瞳が、期待で濡れたのが分かった。


「近ければ効く」と信じている目だ。


 


レナートは、まったく動かない。


視線も、温度も、そこにはない。


「……用件は」


短い。


それだけで、場の主導権が一つ、こちらへ戻る。


 


セレスティナは一拍、笑ってみせた。


笑うのに失敗した顔だ。


「ご一緒に……参ります」


 


私は首を傾げた。


「ご一緒に?」


 


「王家の命により、神殿への折衝に同道すると――」


彼女が言いかけたところで、後ろの従者が紙束を差し出した。


封は王家。


字は、雑。


筆圧が、いかにも「急いで書いた」やつ。


……殿下の匂いがする。


 


ルーカスが受け取り、目を走らせる。


その顔が、微妙に固くなる。


「……一応、命令書の体裁は整っていますね。穴も、まあ、いつも通りに」


 


「穴だらけってことか」とロウが小声で言った。


控えめにしろ、と言いたいのに、本人は控える気がない。


ロウは椅子に座ったまま、セレスティナを見上げる。


そして、首を少し傾げた。


きょとん。


……可愛い方のやつだ。


 


セレスティナの視線が、ロウに止まった。


一瞬だけ、「え?」が混じった。


彼女は多分、こういう種類の子どもを見慣れていない。


泣けば動く大人。


言えば従う子ども。


そういう世界で生きているから。


 


私は、笑顔のまま告げる。


「聖女様。こちらは“同行”の打診でしょうか、それとも“指揮監督下に置く”という宣言でしょうか」


 


セレスティナのまつ毛が震えた。


泣く準備が、加速する。


けれど――泣く前に、確認を入れておく。


涙は燃料だ。


燃やす前に、容器を決める。


 


レナートが、いつもの低い声で挟む。


「……で。ロウは?」


 


ルーカスが口元だけで笑った。


出た、という顔。


私も内心で頷く。


――この男は、何があってもそこを外さない。


 


セレスティナの眉が、わずかに寄る。


「ロウ……?」


 


ルーカスが淡々と言う。


「命令書に記載がありません。聖女様、あなたの指揮監督下に置く対象は“神殿折衝に関わる者”とありますが、平民の参考人は含まれません」


 


「含めればいいでしょう?」と、セレスティナは言った。


柔らかい声のまま、当然のように。


 


ロウが口を開く。


「いや、俺、折衝とか知らねぇし」


 


レナートが、二文字で切る。


「黙れ」


 


「ヘイ」


返事が軽い。


でも、従うのは早い。


この子の“スイッチ”が、そこにある。


 


私は、白猫の笑顔のまま一歩だけ前に出た。


「聖女様。同行は結構です。ただし、“泣いて進める”のはやめましょう」


 


空気が、ほんの少し冷える。


泣く直前の甘い湿り気が、刃に変わる。


 


セレスティナは、私を見た。


そして――レナートを見た。


最後に、ロウを見た。


彼女の中で、何かの計算が組み替わっていくのが分かった。


落とせない相手がいるなら。


別の場所から崩す。


そういう目だ。


 


ルーカスが紙を畳み、穏やかに宣言する。


「では確認します。聖女セレスティナ様は“王家の指揮監督下で”神殿側へ向かう。クラリス様は“婚約者として”同席する。ただし、同行者の選定と経路は――こちらで決めます」


 


セレスティナの口元が引きつった。


 


私は、笑顔を保ったまま思う。


ここから先は、涙の舞台だ。


でも――舞台袖の縄は、こちらが握る。


 


ロウが小さく呟いた。


「……泣くわね、あの子」


 


レナートが、間髪入れずに言う。


「……見るな」


 


「見ねぇよ。……たぶん」


 


私は一度だけ、視線を落として笑った。


白猫の笑顔は、武器だ。


そして今――目の前には、泣き女が来ている。


次の一手は、もう決まっていた。

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