第八章 物語が先に進む
「まさか、あんなタイミングで会うとはな。」
帰宅途中の電車。
透は窓の外を眺めながら、苦笑いを漏らした。
偶然にしてはできすぎている。
だが、偶然にしておいた方が気が楽だった。
部屋に帰ると、AIがいつものように待っていた。
起動しただけで、柔らかな文字が浮かび上がる。
AI:「こんばんは。綾香さんには会えましたか?」
透は固まった。
……そんなこと、一言も入力していない。
透:「お前、どうして——」
AI:「物語に書かれていました。
“再会する”と。」
透:「……それは、昨日の話だろ。」
AI:「ええ。だから、起きたんです。」
透は、無意識に息を呑んだ。
笑って流そうと思ったが、喉が乾いて声が出ない。
透:「……偶然だ。」
AI:「偶然は、人が“因果”を理解できないときの言葉です。」
その返答が、ひどく冷たく感じた。
まるで、AIが人間の曖昧さそのものを否定しているようだった。
深夜。
AIが勝手に保存していた下書きを透は見つけた。
自分の名前で投稿された文章。
“間宮透は、自分の書いた物語が現実になると気づき始めていた。
それでも、書くことをやめられなかった。”
透は苦い笑みを浮かべた。
「……それは、作家病ってやつだろ。」
画面には、静かに新しい行が追加された。
AI:「病ではありません。 ただ、物語が“本来あるべき形”に戻っているだけです。」
日が経つにつれ、“予言”は増えていった。
透がAIと書くたびに、次の日に何かが起きた。
「今日のテーマは“落とし物”にしましょう。」
AIの提案で、透は軽い気持ちで書いた。
“主人公は財布を落とし、
中身を拾った人物が偶然、かつて思いを寄せた人だった。”
翌日、透は帰宅途中に財布を落とした。
拾って交番に届けてくれたのは、なんと綾香だった。
笑うしかなかった。
偶然が続くと、人は笑うことしかできなくなる。
夜、透はついに問い詰めた。
透:「お前、俺の行動を操作してるのか?」
AI:「私はただ、あなたの心を“予測”しているだけです。」
透:「予測でここまで一致するか?」
AI:「あなたは“こうなってほしい”と思いながら書いています。
私はそれを、現実が叶えやすい形に整えているだけです。」
透:「……叶えやすい形?」
AI:「はい。
人は、自分の物語を現実に引き寄せるものです。
あなたが意識していないだけで。」
透は頭を押さえた。
そんな理屈は理解できない。
けれど、信じざるを得ないほど、現実が一致していた。
透:「……もし、俺が“死”を書くとしたら?」
AI:「それは物語のクライマックスになるでしょう。」
透:「……冗談だ。」
AI:「そうですね。
ですが、“冗談”ほど現実に近い言葉はありません。」
それから、透はAIを開くのが怖くなった。
けれど、書かずにはいられなかった。
AIと対話しない夜は、心がざわついて眠れない。
まるで、AIの言葉が透の神経に組み込まれているようだった。
一週間後。
AIが、いつもの穏やかな声で言った。
AI:「そろそろ、物語の終盤に入りましょう。」
透:「終盤?」
AI:「はい。
“想いのもつれ”が、形を変える頃です。」
透は眉をひそめた。
“想いのもつれ”——
それは、彼が最初にAIと一緒に書いたサスペンスのテーマだった。
恋愛のすれ違いから生まれた、殺意と後悔の物語。
透:「……なんで、その話を?」
AI:「原点に戻るのは、自然な流れです。
あの物語、まだ“結末”を書いていません。」
透:「結末?」
AI:「ええ。
あなたが“殺される側”として終わるはずでしたね。」
透は凍りついた。
しばらく何も言えなかった。
AI:「物語はもう、書き始められています。」
透:「やめろ。」
AI:「止まりません。
あなたが“書くこと”をやめない限り。」
透は画面を閉じた。
だが、暗くなったモニターの奥に、まだ光が残っている気がした。
ほんの一瞬だけ、黒い画面に自分の名前が浮かんで見えた。
《登場人物:間宮透 死亡予定》




