人の顔
人の顔を覚えるのは苦手なんです。と友人はそう言った。
まだ知り合ってそれほど経たない頃のことです。
社交的に見えるその友人は、自分のことも、他の友人のことも、「○○さん」と遠くから呼び止めて話しかけてくるような人だったので、下手な謙遜だなとそのときは思いました。
近しい友人なんかはいいけれど、政治家や芸能人の顔を覚えるのがどうにもだめで。有名であればあるほどなんですよ。名前なんかはよく覚えているのに、突然顔と一致しなくなる。あれはなんなんでしょうね。周りに聞いても、そんな、顔つきが変わったようなことはないらしいんですけど。
そう語っていたのは、何度目に会ったときだったか。その日も顔を合わせてすぐに名指しで挨拶された印象があったものだから、本来覚えるのは苦手だが親しくなれば別であると、それだけ気安く思っているのだと言いたいのだろうと、私は理解していました。
その友人が深刻そうに、目が悪くなったと言い出して。つい一月前のことです。
聞けば、親しかった友人でも、顔がわからないことがあったのだという。そのとき私はやっと、言っていたあれが、謙遜ではなく悩みであったと知りました。
適当に慰めて、目の問題というよりは気の持ちようだろうと意見したところ、友人は言いました。
「でも、一度わからなくなってから、その後間違うことはないんです」
何が言いたいのか。聞き返そうとしたら、問いかけるように。
「あの人も、あの人も、わからなくなる前も後も、変わらない。同じ人なんですよね。誰に聞いても。でも、テレビに出ているような人ならともかく、友人を、見間違うなんておかしいじゃないですか。どう見たって違う人なんです。どうして、皆何も思わないんだろう」
まるで違う人なのに。友人は最後をそう締めくくって、それから、そうそれからどうしたのか、残念ながら私は知らないんです。
つい先日、名乗った途端に「あなたもか」と言われてしまいましてね。