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ゴブリンとの死闘

 階段を降りきると、そこには薄暗く広がる空間が待っていた。

 天井は低く、壁や床は灰色の石でできている。人工的な彫り込みがあるものの、整ってはいない。まるでどこかの古代遺跡のような雰囲気だ。


 空気はひんやりとしていて、さっきまで感じていた草原の暖かさはすっかり失われていた。

 地下に籠もった湿気と、ほんのり焦げ臭いような匂いが漂っている。


「……思ったより、暗いね」


 壁には、ほのかに光る苔のようなものが生えており、僅かだが視界が確保されている。

 だがこの感じだと、1~2m程度しか先が見えない。

 ランタンや松明みたいなものが必要だったのかもしれない。


「大丈夫。任せて」

 そういってレインが目を瞑る。


 いつもとレインの雰囲気が全く違う。

 何か目に見えない力がレインを中心にして集まっているのが僕にも分かった。

 これが”集中”なんだろう。


「小さき光よ、我らの進むべき道を照らせ。フェアリーライト」


 ささやくような詠唱だった。

 レインの持っている杖に小さな光が灯る。

 先ほどまでよりずっと視界がよくなった。


「すごいね、レイン。本当に魔法使いだ」


「師匠からダンジョン攻略に必須の魔法って言われて頑張って覚えたの。

 ハルトに言うのを忘れてたわ」

 いつもなら声高に自慢しそうなものだが、さすがにダンジョンで緊張しているのか小声で答えた。


「もしかして他にも色んな魔法が使えるの?」

「残念だけど、これとファイアーボールだけよ」

「それでも十分すごいよ」


 レインの魔法のおかげで視野が確保された。

 どうやら、階段から降りてすぐは三叉路のようになっている。


「ねえ、この光ってもしかして相手からしたらめちゃくちゃ目立つんじゃない?」

「大丈夫。フェアリーライトの光はゴブリンのような魔物には見ることができないって師匠がいっていたわ」

「なるほど、それは本当にすごい。」

「でも、そもそもゴブリンは暗闇に目がなれているから油断はできないわよ」

「了解」


「どっちに進む?」

 レインがささやくような声で聞いてきた。

 いつもり声が硬い。


「じゃあ、右に進んで行こう。壁に沿って右に進んで行けば迷うことはないはずだから。」

 僕たちは慎重に進んでいく。

 レインは杖を両手にぎゅっと握り、いつでも魔法の準備に入れるようにしていた。

 僕も左腕に盾を構え、右手にはショートソードをしっかりと握っている。


「ハルト、あそこ……」


 レインが低い声で囁いた。

 彼女の視線の先、10メートルほど先に、何かが動いた気配がした。


「……いた?」


「たぶん。一匹、まだこっちに気づいてないと思う。……行ける?」


「やるしかないね」

 僕たちは小さく頷き合い、息を整えた。

 先制攻撃を仕掛けるまたとないチャンスだ。


「魔法で先制しよう。」

 僕はささやくように言った。


 レインは頷き、目を閉じた。

 彼女の呼吸する音が妙に大きく聞こえた。


 集中の時間――約5秒。

 レインを中心に見えない力が集まっていく。


「……燃え上がれ、灯火の子――」

 レインが詠唱する。

 先ほどのフェアリーライトとは違い、力強い詠唱だ。


 レインの詠唱に気づいたのか、先ほどの何かがこちらに向かってくるのを感じる。

 姿がはっきりと見えてきた。


 緑色の肌。

 1m前後の小柄な人型の生き物。

 ゴブリンだ!


 奴もこちらに気づいたのか、ぎょろりと目をむいて甲高い声を上げた。

 手には錆びた刃物を持っている。


「キィィィ!!」


「来るぞ!」


 僕は盾を構え、奴の突進を受け止める姿勢を取った。

 間に合うだろうか・・・。


「ファイアーボール!」

 声と同時に、レインの頭上に赤い魔法陣が浮かび上がった。


 そこから放たれたのは、灼熱の火球。

 勢いよく空を裂いて、一直線にゴブリンへと飛んでいく。


 直撃。

 小さな爆音と、赤い閃光。

 ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく、炎に包まれ崩れ落ちた。


 僕はしばらくその場に立ち尽くしていた。


「……すご」

 僕は結局何もしないまま戦闘が終わった。


「ふふん、言ったでしょ? 花形魔法なんだから」


 レインは得意げに胸を張る。けれどその肩が少しだけ上下していて、ほんの少し疲労が感じられた。


「大丈夫?」


「うん、まだまだ行ける。予備を考えてもあと6発はいけるわ。

 あ、フェアリーライトも使ったからあと5発ね」


「了解。じゃあ、次もいけるね」


 僕は笑って頷いた。初勝利。

 不安もあったけれど、確かに――僕たちは、ちゃんと前に進めてる。


 炎が収まり、焼け焦げたゴブリンの死体が静かに横たわっていた。

 皮膚の表面は黒く炭化している箇所があるが、耳のあたりはまだ形を保っている。


「……じゃあ、剥ぐのか」


 僕は小さく呟いた。

 レインは横でうなずく。


「そうね。ギルドに証拠として持っていくの」


「これって……両耳?」


「たぶん片方で良いと思うけど……念のため、両方持っていきましょう」


 正直、それが正解なのかどうかはわからない。

 でも今の僕たちにとって、確実な報酬は重要だった。


「……よし」


 覚悟を決めて、ショートソードを右手に持ち直す。

 耳の根元に刃を当てた。


 ……予想よりも、ずっと切りにくい。

 皮膚は固く、焦げたせいで布のように裂け、肉が刃にまとわりついてくる。


「っ……」


 僕は顔をしかめながら、それでも手を止めずに刃を進めた。

 やがて、片方、もう片方――なんとか両耳を剥ぎ終えた。


 手は汗と、黒ずんだ血で湿っていた。

 皮膚の焼けた匂いが鼻についた。

 不快な匂いというより、日本で食べていた焼き肉のような匂いが少しだけした。

 肉が焼けた匂いなのだから似ているのは当然なのだろうが、言葉にできない嫌悪感がわいてきた。


 ふと、くだらない想像が頭をよぎる。


 僕が死んだら……ゴブリンが、僕の耳を剥ぐのか?


 笑えるようで、笑えない。

 命を懸けた世界の“仕組み”に、自分もいま確実に組み込まれていることを実感する。


「……入れる袋がないね」


 周囲を見渡すが、何か使えそうなものはない。

 手持ちの財布に入れるわけにもいかず、僕は諦めて腰の袋を手に取った。


 リーリーが時計と引き換えにくれた、皮の袋。

 いま中には何も入っていない――銅貨の一枚もないのだから。


「……使わせてもらうよ、リーリー」


 袋の口を開いて、まだ温もりの残る耳を放り込んだ。


「ハルト、このゴブリンが持ってた刃物……ギルドに持っていったら売れると思う?」


 レインが焦げた死体の横に落ちていた、小さな鉄片のようなナイフを拾い上げた。

 錆びついてはいるが、金属でできているようだ。


「うーん……素材用くらいにはなるかも。せいぜい数ルアかな」


「でも、何本か集めればパン代ぐらいにはなるかもね」


「確かに。それも回収しとこうか――」


 その時だった。


 どこからともなく、小石を踏む音がした。


「……待って」

 レインが低くつぶやく。空気が一瞬、張りつめた。


 その声に僕も動きを止め、耳をすませる。


 何かがこちらに近づいてくる。影の中から、ギラギラと光る目がふたつ――


「……来る」


 ゴブリンだ。

 さっきの奴よりも体格が良いように見えた。こちらに気づくと、甲高い声を上げて突進してくる。


「レイン、集中して!」


 僕は咄嗟にレインの前に立ち、ゴブリンとレインの直線上で盾を構える。


「わかった、任せたわ」


 レインが目を閉じ、深く息を吸い込む。

 集中――魔法を放つための最初の段階。彼女は、いま完全に無防備だ。


(5秒。せめてそれだけは……)


 ゴブリンが、歯をむき出しにして飛びかかってくる。

 右手のさびたナイフが、高く振り上げられ――


「っ!」


 金属と金属がぶつかる、乾いた衝撃音。

 盾ごと体が後ろへ押された。想像以上の勢いに、肘が痺れた。


「ハルト!」


 背後からレインの声。驚きと不安が入り混じっていた。


(だめだ、集中できてない……)


「大丈夫!気にせず続けて!撃てるようになったら、撃って!」


 僕は叫んだ。

 レインがためらっていては、永遠に魔法は撃てない。


 歯を食いしばって、もう一度盾を構える。

 ゴブリンの二撃目。横からの斬撃を盾で受け流す。


(あと何秒?もう3秒ぐらいはたっただろうか)


 ゴブリンはやけくそのようにナイフを振り回す。

 めちゃくちゃだが躊躇がなく、怖い。

 盾に隠れるようにして、何とか防ぐ。


(まだなのか・・・)


「……燃え上がれ、灯火の子! 」

 来た!


「ファイアーボール!」


 赤い魔法陣がレインの頭上に広がり、火球が飛び出す――

 が、それはゴブリンの脇をすり抜け、壁を焦がしただけだった。


「外した!?」


 だがすぐに気づく。

 僕とゴブリンが近すぎた。

 あえて外したのだ。爆風に僕が巻き込まれるのを恐れて。


 だったら、自分でやるしかない。


 思い切って盾を前に突き出して、ゴブリンの顔を殴りつける。

 体勢を崩すことに成功した!

 その一瞬、思いっきりショートソード振り下ろす。


 しかし、剣は何もない空間を切っただけだった。

 遠すぎたんだ。

 全然、届いてない。


 その隙にゴブリンが態勢を立て直し、

 ナイフを横なぎに切りかかってくる。


 盾では防げない。


 ショートソードを振り下ろした右腕に衝撃が走る。

 切られた!


 背筋が凍るような気がした。

 だが、衝撃を感じたが、肉を切られた感触はない。

 鎧が防いでくれたのだ。


 大丈夫。

 冷静になれ。

 あんなナイフじゃよほど深く刺されない限り怪我はしない。

 落ち着こう。


 一歩踏み込んで、ゴブリンを切りつける。

 今度は当たった。

 だが、浅い。


 ゴブリンが目を真っ赤にして、こちらを睨む。

 ナイフを大きく振りかぶり、反撃しようとしている。

 生き物に殺意を向けられることがこれほど恐ろしいことだとは思わなかった。


「ガァァア」

 獣のような叫び声。

 ゴブリンじゃない、自分の声だ。


 本能的にショートソードを突き出していた。

 切りつけられる前に、ぶつかるようにしてゴブリンを突き刺した。


 ショートソードはゴブリンの胸に突き刺さった。

 手に伝わる確かな“重さ”と、“何かを断ち切る感触”。


 ゴブリンは、喉を鳴らすように呻き、その場に崩れ落ちた。


 僕はゴブリンに覆いかぶさるような体制でしばらく、そのまま動けなかった。


「ハルト……」


 レインが近づいてくるのがわかった。

 僕はそっとゴブリンからショートソードを抜いて、ゆっくりと、体を起こした。


「……これが、生き物を殺すってことか」


 重い息をつきながら、ぽつりと呟いた。


 隣でレインが、心配そうに僕を見つめているのがわかる。


「大丈夫。怪我はしてないよ。……耳、剥いじゃおう。レインは、周囲の警戒お願い」


 なるべく平静を装って、いつも通りの口調で言った。


「了解、まかせて」


 レインが軽く頷き、辺りを見回す。


 先ほどよりも幾分スムーズにゴブリンの耳を剥ぐことができた。慣れた――というより、感情を切り離す術を覚えたというべきか。


 それでも、胸の奥にどす黒いものが広がっていくのを感じた。


 ゴブリンの手には、さびたナイフが握られていた。さっきの奴と同じようなものだ。


「どうする、ハルト?」


 レインが視線を周囲に向けたまま、こちらに尋ねる。


 つまり、探索を続けるかどうか――という問いだ。


 ゴブリンを二体倒して、報酬は20ルア。ナイフは売れるか分からない。売れたとしても、雀の涙だろう。


 宿代だけでも30ルア。これじゃ足りない。


 今日の分の宿代は朝に払っているので、心配はないがその後が困る。


「もっと稼がないと、って気はするけど……少しだけ、危険な気もする」


 言葉にするのは難しいが、体が本能的に警鐘を鳴らしていた。まだ行ける気もする。でも、だからこそ怖い。


「ハルトの言いたいこと、なんとなく分かるわ。でも、このままじゃ明日の部屋代が……」


 レインの表情も複雑だった。きっと、同じような葛藤を抱えている。


 僕は腰の皮袋をちらりと見た。中にはゴブリンの耳が二対。入れたばかりのはずなのに、妙に重く感じた。


「……あ!」


 思わず声を漏らしていた。


「どうしたの、ハルト?」


「少しだけ、いいアイデアを思いついたよ。レイン、今日はここまでにしよう」


「え……でも、お金が――」


「大丈夫、ちゃんと考えがあるから」

 僕は安心させるように笑ってみせた。


「僕らは緊張しすぎだし気負いすぎて、普段の自分たちじゃないみたいだ。

 一旦、帰って一度態勢を立て直してからまた明日挑戦しよう。」

 ハルトはできるだけゆっくりと、あえてのんびりとした口調でいった。


「……わかった。確かに、今日は肩に力が入りすぎてたかも」


 レインも、ようやく笑ってくれた。


「よし、じゃあナイフも持って帰ろう。袋には入らないし、一本ずつ手で持とうか」


 剥き出しのままのナイフを拾った。


 少しだけひんやりしていて、嫌な重みがあった。


 僕らはダンジョンの奥から引き返し、階段を上る。


 驚くほど、すぐに外の光が見えた。


 ついさっきまで、命を懸けるような戦いをしていたなんて信じられないほど、太陽は高く、空はどこまでも青い。


「「空気がおいしい!」」

 僕とレインは、同時に言った。


 一瞬の沈黙のあと、顔を見合わせふたりで思わず笑い合った。


 ダンジョンの中で張り詰めていた空気が、ふっと抜けたようだった。

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