装備を買おう!
僕たちはそのお金を持って、街の中心にある鍛冶屋へと向かう。
「ガストン鍛冶工房」。宿屋の店主が教えてくれた店だ。
石造りの堂々とした建物で、扉には鉄製の看板がぶら下がっている。
中からは金槌が鉄を叩く音が響き、独特の金属の匂いが鼻をつく。
「ここだね。」
「うん、行きましょう!」
レインが元気よく扉を開けると、鋼の匂いと熱気が一気に押し寄せてきた。
店には所狭しと武器や防具が並んでおり、奥の工房からは金槌で鉄を叩く力強い音が響き、壁にかけられた大小の武器が鈍く光を放っている。どうやらカウンターより奥は工房となっており店とつながっているようだ。
工房の奥からがっしりとした体格の男が出てきた。
髭をたくわえ、腕には黒い煤が付いているが、その瞳は鋭く、職人の誇りを感じさせる。
「おう、いらっしゃい。今日は何を探してるんだ?」
「初心者用の装備が欲しいんです!」
レインが即答する。
「なるほど。冒険者か。新米か?」
「ええ、ダンジョンは初めてで。」
「そうか、そうか。」
店主は僕の体を一瞥し、頷いた。
「ねえ、装備っていってもいろいろあるけど、どうする?」
店を見渡しながらレインに相談してみた。
「防御力重視ね!魔物は私の魔法で倒すわ!ハルトは私が詠唱中の無防備になっている私を守ってくれるだけで良いの」
なるほど、役割分担がはっきりしている。
元の世界のゲームでいうところのタンクの役割を期待しているのだ。
店を見渡して考える。
鎧と盾を身に包み、片手剣で敵を牽制する。
あんまりうまく想像できないが、少なくとも大剣を振り回して敵をせん滅する姿よりかは想像しやすかった。
「なら、鎧と盾を見てみよう。武器は後回しで余ったお金で何か片手で扱えるやつを買おう」
「いいわね!」
店主がニヤリと笑って口を開いた。
「お前さん、判断がいいな。初心者はまず防具だ。どんなに腕が良くても、やられちまったらおしまいだからな。最初に武器を選んで余った金で買えるだけの防具を買うなんて輩がいるが、そんな金の使い方だと命がいくつあっても足りないぜ。」
棚に並んだ防具を眺めていると、店主がある一角を指さした。
「それならこの『初心者セット』だ。皮鎧、皮のグリーブ、皮の小手がセットで揃ってる。丈夫で軽いし、動きやすいのが売りだ。魔法使いの嬢ちゃんを守るんだろ。機動力も重要だからな。」
確かにその通りだ。
重い装備で身を包んで全く動けないのでは意味がない。
「値段は?」
「セットで300ルアだな。素材はスティングバッファローの革。防御力はそこそこだが、初めての冒険には十分だろう。」
スティングバッファローが何者かは全く分からなかったが、あいまいに頷いた。
レインが防具を手に取って、素材を確かめるように撫でている。
「結構しっかりしてるね。軽いし、ハルトにも合いそう。」
「そうだろう? それに、これならサイズ調整もすぐできる。」
そういわれて、初めて調整が必要なことに気づいた。
ユニクロで大量生産された服から、自分に合ったサイズを選んで買うのとはわけが違うのだ。
僕は目線でレインに確認した。
レインは小さくうなずいた。
「じゃあ、鎧はそれでお願いします。次は盾を見せていただけませんか?」
「そうだな、こいつはどうだ。」
「同じくスティングバッファローの皮でできた盾だ。お値段100ルアだ」
店主が差し出してきた盾は円形で皮を縫い合わせて作ったものだった。
初心者用には違いないが正直、この盾に命を預けるのは心細かった。
「もう少し良いものはないですか?」
「これより、良い盾はいくらでもあるがお前ら予算はどのぐらいなんだ?」
正直に答えてよいか迷い、レインの方を見たらがっつり目が合った。
どうやらレインも迷ったらしい。
「1000ルアぐらいなら払えます」
多少ぼかしていってみた。
「ほう、それは初心者にしては結構なことだな。ちょっと待ってろ。」
そういいながら店主は店の奥に入っていった。
「こんなのはどうだ。」
店主が持ってきたのは金属製のカイトシールドだった。
鈍い銀色で何かの花の模様が描いてある。明らかに先ほど盾より立派だ。
「こいつは少しだけだがルミナ鉱石が使われている。金属製の割には軽くて、皮と違って火にも強い。多少の魔法なら防げる。」
相変わらずルミナ鉱石が何なのかは分からなかったが、先ほどの盾よりも防御力が高そうなのは明らかだった。
「触ってもよいですか?」
「もちろんだ。付けてみろ」
そういって店主は盾を裏返して差し出してきた。
盾の裏側にベルトと握り手があり、どうやらベルトに腕を通して固定して握り手を掴んで装備するようだ。
盾を付けて腕を振ってみる。
見た目で受けた印象よりかは軽かった。大体、5~6kgだろうか。
ハルトでも扱えないことはなかった。
表面を軽くコツコツと叩いてみる。
金属製の確かな硬さがあって頼もしかった。
「かっこいい!模様も素敵だわ!それにしましょうよ!」
レインが大はしゃぎで言った。
「そうだろう。こいつはルミナフラウの花模様が刻んであって縁起も良い。」
ルミナフラウが何かわからないが、模様はただのゲン担ぎらしい。
「いくらですか?」
模様はともかく、先ほどの盾よりずっと頼りになりそうな防御力は魅力的だ。
「ずばり800ルアだ!」
店主は自信満々に言った。
「うぇ!」
レインが奇妙な声で呻いた。
気持ちは分かる。
それだと、さっきの初心者セットと合わせて1100ルア。
武器も見てないのに予算オーバーだ。
「いいものだとは思いますが、予算が・・・」
ハルトが言い終わる前に店主は手のひらを広げてハルトを制止した。
「まあ、待て。言わなくてもわかる。武器も買わないといけないのに予算オーバーだ。そう言いたいんだろ。」
店主は言いながら、カウンターの下から何か棒状のものを取り出してカウンターに置いた。
皮製の鞘に収まったショートソードだ。
なんだか少し年期が入ったような印象を受ける。
店主が鞘から抜いて、刀身を見せてくれた
刃渡りは50cmぐらいだろうか。
鞘や柄は多少使い古したような跡があるが刀身自体は刃こぼれなどはなくきれいだった。
「こいつは初心者用のショートソードで中古品だが刃は研ぎなおしている。ゴブリンなんか相手だったら十分な攻撃力がある。ほれ、持ってみろ」
店主からショートソードを受け取る。
店主に背を向け、誰もいない空間に向かって振ってみる。
剣など使ったことはないので、見様見真似だが振れないことはない。
「ほんとは200ルアだが、気前よく装備をうちで揃えようってんだから、サービスして半額の100ルアだ。全部合わせて1200ルア。どうだ!」
振り返ってみると、店主がニヤリと笑っている。
時計を売って得た金は1200ルア。
予算は少なめに伝えたはずだがしっかりとこちらの払える額ちょうどを言ってきた。
職人気質に見えたが意外に商売人なのかもしれない。
レインの方をちらりと見てみた。
満面の笑みである。
予算ちょうどでこんなに良い装備が買えるなんて!というようなレインの内心の声が聞こえてきそうだ。
「予算があるから、もう少し・・・」
一応の試みとして値段交渉をしようとしたが
「ダメだ。これ以上のサービスはないぜ」
店主はきっかりといった。
正直、手に入れたお金の全てを使ってしまうのは怖かったが、ここでケチってもしょうがない。
僕は金貨袋をひっくり返して銀貨を取り出し、店主に差し出した。
数える必要がない。さっき手に入れた金額きっかりなのだから。
「よしきた!まいどあり」
店主はガッチリとしたてで金を受け取り、ニンマリと笑っていった。
「よし、じゃあ坊主そこでちょっとじっとしてろよ」
店主は軽やかな動きで巻き尺を取り出し、僕の体に巻き付けながら寸法を測っていく。
「腕を上げてくれ。」
「はい。」
「脚を少し開いて。」
「えっと、こう?」
作業は驚くほど手早く、寸法を測り終えると、工房の奥へと姿を消した。
ふと、その後ろ姿を見て昔ネットで見たある話を思い出していた。
ゴールドラッシュの時代、命を賭けて金を掘り続けた者よりも、入り口でツルハシを売っていた者のほうが財を成したという話を思い出す。
この店主も同じだ。
鍛冶屋の店主は、冒険者たちが命を賭してダンジョンへ向かう中で、こうして装備を売り続けている。
ダンジョンで命を落とす者よりも、彼は安全な場所で「準備を売る」ことで利益を上げている。
改めて店を見ると、ずいぶん立派な店構えだ。
そんなことを考えていると、適切なサイズに調整された防具を持って店主が戻ってきた。
「さあ、試着してみな。」
言われるままに装着してみると、驚くほど軽く、関節の動きもスムーズだ。
「どうだ?重くねえか?」
「いや、軽いし、動きやすいですね。」
「バッファロー革は軽さと耐久性が売りだからな。多少の衝撃には耐えるはずだ。」
僕は身に着けた皮鎧を見つめた。
新品同様の防具だが、よく見ると、小さなシミが散っているように見える。
「この防具…新品ですよね?」
ハルトの問いに店主はニッと笑って答えた。
「ああ、新しく作ったばかりだ。だが、皮には元々こういう模様があるんだ。気にすんな。」
それでも、胸の奥に嫌な予感が広がる。
冒険者たちは今日もダンジョンへ向かい、そのうち何人が戻れないのだろう。
この店には、今日も新しい「初心者」が訪れ、装備を買ってまた消えていくのだ。
自分もその一人になってしまうのではないか――そんな漠然とした恐怖が頭をよぎった。
「さあ、こいつも装備しないとな」
店主の声で現実に引き戻される。
店主の方を見ると鞘に入ったショートソード、それに何やらベルトのようなものを持っている。
「さっきサービスはこれ以上ないって言ったが、こいつはオマケしてやるよ。新米への選別だ」
そういって店主は皮製のベルトをくれた。
ベルトを使って腰にショートソードを付ける。
そして最後に盾を腕に取り付ける。
あっというまに新米冒険者のできあがりだ。
だが、気持ちは後ろ向きだった。
先ほど頭をよぎった恐怖が拭えないでいた。
その時ふと、目の前に"光の筋"のようなものが伸びているのに気づいた。
その筋を目で追っていくと、レインがいた。
「ハルト、似合ってるじゃん!」
目が合うとレインはいった。
レインの笑顔を見ると、さっきまでの不安が吹き飛んだ。
改めて自分の格好を見る。
盾と剣。これを持ってテンションの上がらない男がいるだろうか。
「ありがと、レイン。」
僕も笑い返した。
「ベルト、ありがとうございます。大切にします。」
そうして、店主に向かっても笑顔で言えた。
意外にも店主は少し照れたように笑った。
"光の筋"は気が付いたら消えていた。
店を出ると、店主がわざわざ出てきて、手を振って送り出してくれた。
「おう、気をつけろよ。無茶すんな!」
「ありがとうございます!」
レインが元気よく答え、僕も手を振った。
先ほどは少しだけ憂鬱な妄想をしたが、冷静になると店主は気のいい人だった。
彼が彼の仕事をしているだけで、それで財を成そうと別に自分には関係ない。
もしかしたら多少足元を見られたかもしれないが結局のところ装備のことは専門家に任せるしかないのだ。
僕の仕事は彼女を守ることだ。
僕は決意を胸に隣を歩くレインを見た。