珍しいもの何でも買います。リーリーのお店
外に出ると、街は活気に満ちていた。石畳の道を行き交う人々の声や、露店から漂うスパイスの香りが混ざり合い、どこか異世界らしい賑やかさが広がっている。
「すごい…。」
思わず声が漏れた、完全にファンタジーRPGの世界そのものだ。
声を聞いたレインが横で楽しそうに頷いた。
「でしょ?
この街は特に大きな迷宮に近いから、冒険者が多くて活気があるのよ。きっとハルトも気に入るわ!」
僕たちは中央通りを目指して歩き出した。
レインは先ほどの店主の説明で行き先に見当がついているようでぐんぐんと進んでいった。
僕の方は異世界の街並みに圧倒されてきょろきょろと周りを見ながらなんとかレインの後ろをついて歩いた。
「迷子にならないでよ」
レインが僕の方を振り返って冗談口調でいってきた。
「手をつないでくれたら、迷子にならないかも」
レインが冗談をいってくれたのが少しうれしくて僕も軽口をたたく。
「バカ」
レインは少し顔を赤くして短く返した。
ただ、本当に迷子になってしまったらかなり危機的な状況になりそうなので、キョロキョロするのはやめた。
「どうやらここみたいね」
ほどなくしてレインが足を止めていった。
目線の先には赤い鳥の看板があった。
確かにここが宿屋の店主の言っていた店のようだ。
思ったよりずっと立派な店だ。
レインも立派な店構えに少し驚いた様子で店を見上げている。
「なんとか、僕が死なない程度の装備を整えるだけのお金で売らないとね」
僕は緊張をほぐそうと少しくだけた口調でいった。
「そうね、行くわよ!」
レインは僕の顔を見ると真剣な表情で気合を入れたような感じで言った。
扉を押して中に入ると、店内にはさまざまなガラクタや小物が雑然と並んでいた。
棚には古びた書物や壺、アクセサリーなどが乱雑に積まれ、足の踏み場もないほどだ。
床には古びたカーペットが敷かれているが、染みや埃が目立つ。
店の中はシーンと静まり返っており、カウンターの方に目を向けても誰もいない。
「あれ、もしかして留守なのかな」
レインがキョロキョロとしながら拍子抜けしたように言った。
「やあ、いらっしゃい」
ふと、カウンターの方から落ち着いた抑揚のやや低い女性の声が聞こえた。
しかし、姿は見えない。
レインは戸惑った表情で僕を見る。
僕は少しだけ警戒してゆっくりとカウンターに近づいた。
するとカウンターの陰から小さな少女がひょいと顔を現した。
10歳前後の少女のように思える。
身長は130cmくらいで、どうやら椅子の上に立ってカウンターから顔をのぞかせているようだ。
先ほどまでは椅子に座っていたから姿が見えなかったのだろう。
左右のガラスの色が異なる眼鏡をかけている。
片方は鮮やかな青、もう片方は深い赤。
奇妙な雰囲気に戸惑っていると、少女がふわりと笑った。
「あなたがお店の主人ですか?」
僕が思わず尋ねると、少女は落ち着き払って堂々と答えた。
「いかにも。私がこの店の主、ハーリーガーリー。短くしてリーリーと呼んでくれても構わないよ。」
老人のような威厳を感じさせる話し方だ。
声や話し方の雰囲気と見た目に随分とギャップがある。
「ほう、珍しい客人が来た。随分と風変りな格好だ。さては、冒険者かい?」
リーリーは僕の服装を興味深そうに見ながら言った。
「はい、そうです。実はこれを売りたいんですが……」
僕は若干戸惑いつつも、ポケットから腕時計を取り出し、カウンターに置いた。
リーリーは興味深そうに眼鏡を指で押し上げ、時計を手に取った。
「ほうほう、これは……何だい?」
「時計です。時間を測る道具で、針が動いて時間がわかります。」
リーリーは時計を裏返し、表面を指でなぞりながら、興味津々に観察している。
「へえ、針の動きで時間を計る。興味深いね。この針は自動で動くのかい?
魔法か、それとも何かの呪いか?」
「いえ、これは機械式の時計です。ゼンマイというバネが動力源になっていて、腕につけて動くことで勝手に巻かれるんです。」
「動くことで巻かれる?」
リーリーは首を傾げた。
「それは興味深い。動かしてみてくれないか。」
僕は時計を手に取り、軽く振ってみせた。
「こうやって腕を動かすと、中のローターが回転してゼンマイを巻き上げるんです。これが自動巻きっていうタイプの時計で、つけているだけで止まらないんです。」
覚えている限りの時計の仕組みをいった。
「なるほど、面白い仕掛けだ。」
リーリーは針の動きをじっと見つめ、眼鏡を押し上げながら続けた。
「それにしても、随分と精巧な細工だ。中の歯車が見える作りも斬新だ。」
「それはスケルトンモデルって言って、中身が見えるように作られているんです。」
「なるほど……これは良い」
リーリーは時計をしばらく観察してから、カウンターの下から小さな砂時計を取り出した。
「ふむ、この針が本当に一定速度で動いているか、確かめさせてもらうよ。」
砂時計を逆さにしながら続ける。
「この砂時計がの砂がすべて落ちきるまで60ティックかかる。つまり、1サイクだね。」
僕は思わず声を出しそうになった。
そういえばこっちの世界と元の世界で時間の単位が一緒とは限らない。
いくら時計が正確に動いてもこっちの基準と違う間隔だった場合、道具としては使いづらいだろう。
「ふむふむ」
リーリーは頷きながら、時計の動きを観察している。
砂時計の砂が落ちきると、リーリーは少し待ってから再び砂時計を逆さにした。
かなり真剣な目つきだ。
なんとなく横のレインから不安そうな視線を感じるがあえて無視して堂々としていた。
やがてリーリーは納得がいったのか顔を上げていった。
「この長いほうの針は1サイクで一周するね。完璧に正確に動く。素晴らしい」
「そうでしょう、なにせ高級品だからね」
内心ひやひやしたが、ここまできたら、できるだけ自信満々に答えた。
「短い針の方はどのように動くのかな?」
リーリーはまるで大学の教授かのようにゆっくりとだが迫力ある口調で聞いてきた。
「えっと・・・」
1サイクが1分で60分で1時間で12時間で1周するわけだから…
「720サイクで一周します。」
「ほう、つまり12クレーンで1周か。1日で短針が2周するのか。興味深いな」
「ええ、そうです」
再び、当然のように答えた。
なんだか、また知らない単位が出てきたが、1時間が1クレーンらしい。
リーリーの話しぶりからしてどうやらこっちの世界も1日は24時間らしい。
元々時計というものは影の位置で時間を確認する日時計が起源のはずだ。
こっちの世界でも同じような歴史をたどってきたのなら時間の区切りが一緒なのもおかしくはないのか。
「それで、これをいくらで売ってくれるのかな?」
再び、思わず声がでそうになった。
てっきり「○○ルアで買おう」
みたいなことを言ってくると期待していたので虚を突かれた。
リーリーの反応は好感触に思えるが、いくらにするべきだろう。
レインと話していたときは大体1000ルアと話していたが、もっと高くても良いのかもしれない。
ちらりとレインに目線を送ると、レインは顔を近づかせ僕の耳に手を当てて、小さなささやき声で耳打ちをした。
「1200ルア」
最初に話していた1000ルアより200ルア上乗せしている。
レインもリーリーの反応をみて、もっと高値でいけると思ったらしい。
それを聞くともっと高値でも行けるのではと思えてきた。
1300ルア、1500ルア、いっそ2000ルアといってもいいのかもしれない
なにせ、二度と手に入らないものだし・・・
「1200ルア!
素晴らしい。買おうじゃないか」
リーリーが満面の笑みで言った。
レインが驚愕している。
さっきのはかなりの小声だった。
リーリーの位置で聞こえたとすると、かなりの地獄耳だ。
僕らが驚いている間にリーリーはカウンターの下から銀貨を取り出して
カウンターの上に並べた。
銀貨が12枚。
どうやら、あの銀貨が一枚100ルアのようだ。
レインと顔を見合わせたが、いまさら金額を変えるわけにはいかない。
僕はリーリーに向かって頷いた。
「良い取引ができた」
リーリーは相変わらず威厳のある喋り方でそう言った。
僕は自分の財布を取り出し、銀貨に手を伸ばして財布に入れようとしてふと手が止まった。
銀貨が思ったより大きかったのだ。
大体直径5cm程度だろうか、500円玉より二回りほど大きかった。
僕が使っている財布は一般的な長財布だ。
小銭を入れる場所はあるが、あの大きさの銀貨が12枚入りそうにない。
「ほう。興味深いな」
ハルトの表情と手に持つ財布を交互にみてリーリーは呟いた。
すると、リーリーはカウンターの下から皮袋を取り出しカウンターの上に置いた。
「これに入れて、持っていくといいよ。袋は新しい風変り商売相手ができた祝いだ。」
リーリーは”風変り”の部分にアクセントを置いていった。
「ありがとうございます。」
僕は動揺をできるだけ隠して、お礼をいった。
リーリーには妙な迫力がある。
レインも同じ感想だったのか、二人でそそくさと店を後にした。
「なんだか、変わった店主だったわね」
レインは店を出るなりいった。
「確かに、なんでもお見通しって感じだったね」
僕も苦笑いしながら言った。
「それでも、1200ルアよ!
1200!
やったわね、ハルト」
レインは満面の笑みで右手をあげた。
ハイタッチだ。
「やったね!」
僕もうれしくなってレインの右手に自分の右手をぶつけた。