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召喚獣募集、未経験者歓迎

 やれやれ、僕は無職になった。


 社会人になってから2年目の夏、僕の勤めていた会社があっけなく倒産した。

 それは、コップの中で飲み残された氷が溶けて、消えてしまうような倒産だった。

 徐々に小さくなり、追い詰められ、そして気が付いたときには形を失っていた。


 そういう倒産だった。


 会社は全員で10人程度の小規模なゲーム会社で、スマートフォンで遊べるゲームを運営していた。僕はそこでシナリオライターと呼ばれる職種に就き、ゲーム内のストーリーを考える仕事をしていた。


 でも、僕のストーリーがユーザーに愛されていたかというと、そうではなかった。


 そもそも、会社が運営していたゲームはパズルゲームで、ストーリーは取って付けたようなごくささやかなものだった。ほとんどのユーザーはクエストを周回してドロップ品を集めるのに夢中で、ストーリーパートは開始直前にスキップして二度と読むことはなかった。


 社長は多分、僕の考えたストーリーを“料理に添えられたパセリ”のような存在だと思っていたんだと思う。ほとんどの人がなくても気にならないけど、何人かにひとりはあったほうが安心する。まあ、そんな感じ。


 とにかく、僕が社会に出て得た教訓は“赤字を出し続けた会社は潰れる”ということだけだ。


 会社の倒産から3日、ようやくショックから立ち直った僕は、家の近くの喫茶店で、スマートフォンで転職サイトをぼんやりと眺めていた。


 世の中には掃いて捨てるほど求人があるということを改めて実感した。


「未経験でも高収入!」「やりがいのある仕事を一緒にしませんか!」「夢を実現しよう!」

 素晴らしい謳い文句がサイト内に溢れていた。


 もし、この求人サイトに載っている情報がすべて真実だったら、きっと世の中は今の何倍もマシになっているだろう。


 画面をスクロールして、最後尾まできたら「次のページ」をタップする。


 スクロール、スクロール、タップ。


 スクロール、スクロール、タップ。


 僕は、食べ物を探し求める鳩のように、でたらめに同じ動作を繰り返した。


 スクロール、スクロール、タップ。


 スクロール、スクロール、タップ。


 画面の中で文字が流れていく。僕はその文字たちをただ眺めていた。


【ゲームプランナー(企画/運営/シナリオ)】

【*趣味を仕事にしよう* ゲームデバッグ】

【正社員採用アリ! ゲーム開発に関わろう!】


 ・

 ・

 ・


【召喚獣募集、未経験者歓迎】


 ふいに、惹かれる求人があった。


 なんだろう、これ?


 ようやく気になる求人が見つかった。でも、肝心な内容は全くのめちゃくちゃだ。


【召喚獣募集、未経験者歓迎】

 ・召喚獣として、魔法使いを守る仕事をやってみませんか?

 ・炎のブレスを吐けない方、雷の魔法が使えない方でも大歓迎

 ・暖かい寝床、おいしい食事付き

 ・秘宝眠るダンジョンを私と一緒に冒険しましょう


 魔法使い レイン


 最初は、何かの冗談かと思った。


 あるいは、採用担当がとんでもないマヌケで、ゲーム内の資料をどういうわけか求人サイトにコピペしてしまったのかもしれない。


 そんなマヌケがいるとも思えなかったけど、ゲーム会社の社員というのはとにかく疲れているから、どんなミスもやりかねないというのが僕の見識だった。


 もう一度、求人内容を読む。


 なぜだか妙に惹かれる……。


 少し悩んで、応募ボタンをタップする。


 なにかのゲームの広告なのかとも思った。


 だとしたら、よくできている。


 少なくとも炎のブレスを吐けなくても歓迎されるようだし、応募して怒られることはないだろう。


【元の世界には戻れなくなるかもしれませんが よろしいですか? YES/NO】


 ダイアログが表示された。


 凝った演出だと思った。


 YESをタップする。


 急に激しいめまいに襲われる。椅子に座っているのに転んでしまいそうなそんな感覚にとらわれ、僕は意識を失った。


 後で思い出すと、僕はこの時、自暴自棄になってたんだと思う。


 会社は潰れて、自分が誰からも必要とされていない、そんな感じがしたんだ。


 だから、どこか違う世界に行って、ここには帰ってこれなくてもいいかなって、ほんの少しだけ思ってた。


 気が付くと、僕は見知らぬ場所に立っていた。いや、正確に言うと“立とうとしていた”途中で、ふらつきながら尻もちをついてしまった。


 頭がガンガンする。


 目を開けると、木製の天井が目に入る。どうやら部屋の中のようだ。右手には先ほど求人を見ていたスマートフォンがそのまま握られていた。


「──**** ****?」


 声がした。慌てて顔を上げると、そこには驚くほど美しい少女が立っていた。

 15、6歳ぐらいだろうか。

 黒い髪が肩のあたりで切り揃えられ、瞳の色は透き通るような青色だった。

 格好はまるで絵本の世界から飛び出したような典型的な魔法使いの格好をしていた。


 つばの広いとんがり帽子、黒く袖の長いローブ、そして木製の杖。


「魔法使い、レイン……?」

 ついさっきまで見ていた求人の末尾に書かれていた名前を思い出した。


 少女は唖然としていたが、僕の声ではっとしたように我に返ったようだった。


 初めて目が合った。


「**** **** *****」

 少女は何か言ったが、何と言ったかまったくわからなかった。


 何かを問いただしているような感じに聞こえたが、少なくとも日本語ではないし、英語でもないようだ。


「ごめん、何言ってるかわからないよ」

 少女もきっと僕が何を言っているか分からないだろうなと思いながらも、僕は話した。


 少女と僕の間で気まずい沈黙が流れた。


 僕は不思議と落ち着いていた。あるいは考えなければいけないことが多すぎて頭がうまく働いていないのか、少女の青い瞳を見つめながら、ぼんやりと「異世界」という言葉が頭の中に浮かんでいた。


 空気が甘ったるい気がする。


 自分が住んでいた世界とは空気すらまったく別物なんだと、直感で思った。

 異世界に来てしまったんだという不思議な実感があった。


 僕がなにもしゃべらないでいると、少女は何かを決心したように頷き、手に持っていた杖を僕のほうに向けてきた。


 少女の背丈とそう変わらない長さで、先端には赤い宝石のようなものが埋め込まれている。


 殴られるのかと一瞬思ったが、少女から敵意のようなものは感じられない。


 それどころか、おもむろに目を瞑ってそのままの姿勢で停止した。


「***** **** ****」

 どうすればよいかわからずに呆然としていると、少女はなにか力強い口調で呪文のようなものを唱えた。


 すると杖の先端の赤い宝石がぼんやりと光り、次の瞬間、自分の額に熱を感じた。


 熱いと思うと同時に、反射的に杖を手で払った。


 一瞬、目の前に光の筋のようなものが見えた。


 その筋は少女の方に向かっている。


「なにするんだ!」

 思わず怒鳴った。


 少女を睨みつけると、


「──成功、したようね」

 少女は意外にも、ほっと安堵したような表情をしていた。


 その表情に怒りの矛先を失ってしまい戸惑っていると、少女は僕とは反対に落ち着き払っていった。


「私の言葉がわかるでしょう? うまくパスを繋げることができたみたい。」

 そう言われて初めて、少女の言葉が理解できていることに気づいた。


 不思議な感覚だ。つい先ほどまで音を聞いてもまったく理解できず、頭の中を通り過ぎるだけだった“謎の異世界語”を理解することも、話すこともできる気がする。


「…………ここ、どこ?」

 僕は混乱したまま問いかける。


 正直言えば、何から聞けば良いかよく分からなかった。


「ここは私の部屋。

 正確に言うと私が泊まっている宿屋の一室かしら。

 召喚が無事成功してよかったわ。

 ……あなたが、本当に『召喚獣』なのかどうかは、まだちょっと信じられないけど。」


 彼女はそう言いながら僕をじっと見つめた。観察されているような気がして居心地が悪い。


「召喚獣? えーと……いや僕はただの人間だよ。

 普通の──いや、今は失業中だから普通以下の人間なんだけど。」


「……やっぱりちょっと変だわ。普通、召喚獣って言ったら炎を吹くとか、翼が生えてるとか、そういう感じになるはずなんだけど……。」

 彼女は小さくため息をつき、困ったように首を傾げた。


「まあ、いいわ。とにかく自己紹介ね。私はレイン、魔法使い。

 そして、ダンジョンを駆ける冒険者よ。

 あなたを召喚したのは、一緒に冒険する仲間が必要だったからよ!」

 レインはあっさりと困惑から立ち直り、自信満々に宣言した。


「えっと、ハルトっていいます。村上ハルト」

 自分でも中身の乏しい挨拶だなと思った。


 所属するものがなくなると、自己紹介がこんなにもシンプルになるのか。


 失業の数少ない利点かもしれない。


「ねえ、これからどうするって?」

 僕は恐る恐る聞いた。


 さっきレインは“冒険”と言った。


 僕がスマートフォンで見ていた求人の内容からしても、半分は答えを予想できた。


「決まってるじゃない! 秘宝が眠るダンジョンへ行くのよ。

 その前に、あなたにこの世界のことを教えないといけないけどね。」

 彼女は嬉しそうに笑いながら言った。


 その笑顔を見て、僕は少しだけ、この状況を受け入れてみてもいいかなと思い始めた。

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