開演
「わぁ!美味しそうな食べ物がいっぱい!」
確かに、こんな立派なご馳走を見たのは生まれて初めてだ。
案の定、食べることに目がないイナサはそのご馳走達に釘付けである。
「全く。イナサは食べ物のことになるとすぐどっか行っちゃうんだから……。」
「仕方ないじゃん!てか、サイからの連絡が来るまでは食べてて良いよね?!」
私が返事をする前に、イナサは目についた食べ物を片っ端から皿に乗せていく。
招待状で無事に記者として潜入できたはいいものの、周りは新聞やラジオに出るような超大物貴族達ばかり。
正直冷や汗が止まらない。特に、イナサが何かやらかさないか心配で。
「こういう時だけ行動が異常に早いんだから……。」
私はため息をつきながら、まだ十二歳の彼女を見守る。
「ここに来たのは、脱出経路の確認もあるんだからね?」
「わはってるっへ!ひまのところへいひもはられへはいし、いつでもはっふふへひるほ!」
イナサがステーキを頬張りながら答える。
とりあえず、大丈夫だということが伝えたいのだろう。
〈そっちはどうだ?〉
サイからの無線通信だ。多分、イナサの様子を聞きにきたのだろう。
「イナサは料理に夢中。片っ端から美味しそうなの食べてるよ。」
〈アイツらしいな。〉
無線機越しから苦笑いが聞こえてきた。
「にしてもすごい人ね。名だたる著名人とか貴族ばっかりで倒れそう。」
〈それだけクレイス領の領主が慕われてるってのもあるだろうな。〉
言われてみればそうだ。貴族のパーティーだからって、招待された全員が来ることの方が稀だろうし。
〈もうすぐで警備制御室に着く。こっからが本番だぞ?〉
「ええ。事情は昨日聞いたけど、思えば思うほど可哀想な子ね。」
〈その可哀想な子を救うために俺たちがいるんだ。気を引き締めていくぞ。〉
「了解。」
そこで通信が切れる。
アンヌさんのことはサイから大まかに聞いているが、同情を隠せない。
十七歳の少女が持つには重すぎる悩みだ。私は、今夜でそれを終わらせようと強く決意する。
その時、会場に司会者の声が響く。
「レディース&ジェントルメン。よくぞお集まりくださいました。これより、幻の紅き秘宝。イグナイトダイヤモンドの登場です!」
会場が騒然とする中、二階のテラスからガラスケースに入れられたイグナイトダイヤモンドが姿を現す。
その宝石は、言葉に言い表せないほどに美しい輝きを放ち、その場にいた全員が感嘆の声を漏らした。
「うわぁ……!」
何よりも食欲優先であるイナサもこの宝石を見たとたんに食べ進めるのを止め、宝石に釘付けになっていた。
***********
俺は、警備制御室に到達し、音を立てないように中に入る。
少し進むと、奥に五人ほどの警備員がモニターを見ながら何かを話していた。
「何でこんなことしないといけないのかねー。」
「仕方ないだろ。雇われちゃったんだし。」
「さっさと終わらせて帰りてーよ。」
こいつらやる気なさすぎだろ……。
「だけど、あのアンヌとかいう領主の娘。可愛かったなー!」
どうやら警備員達は、アンヌさんの話を始めたようだ。
「俺この仕事終わったら、ちょっと声かけてこようかな。」
「やめとけ。相手にされる訳ないだろ。」
「どうせ非力な女だろ?ちょっと強引に連れ込めば大人しくなるさ。」
「うわー。お前最低だな。」
「その時は俺たちも呼んでくれよ!」
こいつらゴミなのか?いや、ゴミにすら失礼か。こんなことを平然と言ってケラケラ笑っているのが信じられない。
俺は一気に警備員一人との距離を詰め、首元に短剣を突き立てる。
「俺たちの依頼人をどうするって?」
「な、なんだお前!?」
警備員は咄嗟に銃を向けてくるが、軽くはたき落とし、首を絞めて気絶させた。
「動くな!大人しく武器を捨てて、両手を上げろ!」
おっと、俺としたことが少々音を立てすぎたみたいだな。
先ほどの物音で気づいたのか、他に居た四人の警備員が、銃を構えながら俺を取り囲む。
「断ると言ったら?」
「この場で射殺する!」
その場の緊張感がさらに高まる。一歩でも動けば、全四方位からの銃撃による集中砲火を受けるだろう。
だが、一方でもその包囲網が崩れれば……。
「どうした!さっさという通りにしろ!!」
「……お前達みたいなゲスのいう通りにするなんて、御免だな。」
「んだと!」
俺の挑発にまんまと乗ってきた一人の警備員が、俺に向かって発砲する。これを待ってた!
一気に姿勢を下げて銃弾を避け、発砲してきた警備員の懐に入り込む。
「!?」
言葉など発する時間なんて与えない。みぞおちに一撃を叩き込み、回し蹴りで他の警備員の方へ蹴り飛ばす。
もう一人の警備員は、突然蹴り飛ばされた警備員に反応できず直撃して気を失った。
「あと二人だな。」
「お、お前!まさか、リュミエール怪盗団か……?」
警備員の一人が怯えながらそう質問してくる。
「……その口ぶりだと、俺たちのことは何も聞かされてないみたいだな。」
「俺たちはただ、パーティーの警備を任されただけだ!お前らがくるなんて聞かされてない!」
どうやら領主は、俺たちの予告状のことを伝えずに雇ったらしい。
「それは同情するが、お前達には眠ってもらう。」
俺はその返答と共にナイフを投げ、質問してきた警官の肩に命中させる。
最後の警備員にも飛び膝蹴りを入れて無力化が完了した。
念の為、気絶した5人を縄で縛り、口にはガムテープを貼っておく。
「これがこの屋敷の警備システムか……。」
俺はモニターに自分のパソコンを接続し、システムにハッキングをかける。
あっさりと乗っ取れてしまったので拍子抜けだが、まあ一領主の屋敷の警備としてはこんなものだろう。
「こっちは片付いた。全員持ち場についてくれ。」
〈あれ、サイどうしたの?なんか怒ってるっぽい?〉
「いや、問題ない。」
〈こっちの準備はOKだぞ。いつでも盗める。〉
〈こっちも脱出経路の確認はOK!警備も張られてないよ!〉
それぞれの状況を把握し、全員が作戦通り動けることを確認する。
「──ショウタイムだ。」
**********
俺はブレーカーが落ちて、周りが真っ暗になったことを確認すると、サイから預かっておいたサークルカッターをダイヤのケースに突き立て、円状にくり抜く。
そのまま慎重に取り出したダイヤを懐に忍ばせ、アンヌさん達の方を振り返る。
「お二人とも、ありがとうございました。俺たちはこれで失礼させていただきます。」
「本当にありがとうございました。」
アンヌさんは少し寂しそうな、安堵したような表情を浮かべた。
俺はその表情に笑顔で返す。
「それでは!|Schönen Abend.《シューネン アーベント》」
そのままテラスから飛び降り、静かに着地する。
会場は思った以上に暗闇に包まれていて、どっちが逃走経路なのかわからない。
「こっち!」
暗闇の中で、誰かが俺の腕を引っ張る。声からして、おそらくイナサだろう。
暗闇でも目が効くイナサがいて助かったと思いつつ、事前に確認していた逃走経路へ走る。
予備電源が起動する前にここから脱出しなければ、騎士団が来てしまう。
「このまま私について来て!一気に脱出するよ!」
〈そっちどうだ?〉
サイからの通信だ。
「紅き秘宝は頂いた。すぐ脱出しよう!」
「サイも急いで!」
〈了解だ。すぐに合流する。〉
いつもの冷静な声が聞こえる。もはや不動の安心感である。
あともう少しで脱出通路に着く次の瞬間、視界が一面真っ白に染まった。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、それが予備電源が起動した灯りだということに気づくと、俺の額にすぐさま冷や汗が流れ始める。
「ダイヤがないぞ!」
会場にいた誰かが叫ぶと、会場はパニック状態になった。
その時、脱出通路方面から、見覚えのある顔が騎士団を連れて現れた。レオだ。
「皆様、その場から動かないようお願いします。今から皆様の持ち物検査をさせていただき、それから避難をしていただきます。」
レオの言葉で会場が一瞬で無音になり、騎士達がテキパキと客の持ち物チェックを始めた。
「これはちょっとまずいかも……。」
〈どうした?何があった。〉
「レオが騎士を引き連れて脱出通路から出て来たんだ。」
〈何だって!?今そっちに向かってるから何とか誤魔化せ!俺が行くまで絶対に戦うんじゃないぞ!〉
こうした会話をしている間にも、持ち物検査を終えどんどん客が減っていく。
「とりあえず隠れよう!」
俺たち三人はセレンの掛け声で一斉に散らばり、物陰に身を潜める。
ようやく最後の招待客の避難が終わり、レオは訝しげな表情を浮かべた。
「誰も持っていませんか……。逃げたとは考えにくいので、どこかに隠れているか……。」
レオはそう呟きながら辺りを探索する。
すると、いきなり動きを止め、俺が隠れていた物陰で視線を止めた。
とてもまずい状況になった。バレてないと信じよう。
「出て来てくれませんか?でなければ私から行きましょう。」
あ、これバレてるわ。
ここで何も抵抗しないのはかえってまずい……!
俺は覚悟を決めて飛び出し、戦闘体制を取る。それと同時に、俺の首にレイピアが迫ってくるのが分かった。
咄嗟にあらかじめ装備しておいた籠手でレイピアを防ぎ、その防いだ勢いのまま広間中央へと転がり込んだ。
ついさっきまで並べられていたはずのテーブルや料理は全て片付けられ、さながら小さなコロシアムと化している。
「今のを避けますか。なかなか骨のある方のようですね。」
そのセリフを放つと同時に、再度突進してくるレオの斬撃を咄嗟の判断で避ける。
続けて連撃を繰り出してくるが、反撃をしようと思ってもリーチが足りないので防御するだけのジリ貧状態だ。
「私の斬撃を全て防御しきるとは、楽しませてくれますね。……それはそれとして、その変装は無理がありませんか?」
レオは俺のメイド服姿に心底不思議そうな顔で尋ねてくる。
やっとこの服装に異を唱える人が現れて少し嬉しい。
「武闘派メイドってことで押し切った!」
多少無理があったのはこちらも重々承知だが、結果として騙せているので問題はない。
「だいぶ強引に通したようで……。」
レオがそう言って、ものすごく引き攣った顔で苦笑いを浮かべた次の瞬間、レオが後方へ飛び退いた。
よく見ると、床に真っ二つに割れた弾丸が転がっている。
「バク!下がれ!」
俺は聞き覚えのある声に反応して、レオから距離を置いて声のした方へ飛び退く。
「銃弾斬るとかどんな動体視力してんの?!」
「お褒めに預かり光栄です。」
「褒めてないし!!」
どうやらさっきの弾痕は、イナサが援護してくれたものらしい。にしても、あの一瞬で銃弾を斬り落としたのか……?
俺はサイ達と合流し、再び戦闘態勢を取る。
「貴方達がリュミエール怪盗団ですか。」
「あぁそうだ!バレてちゃ変装も意味ないな!」
俺たちは一斉に変装を脱ぎ捨て、怪盗服へと衣装を変えた。
「約束通り、紅き秘宝は頂いた!俺たちはこれで失礼する。」
「逃がしませんよ。イグナイトダイヤモンドは返して頂きます!」
レオはそう言うと、自分の後ろに待機している騎士団に号令を出した。
騎士団は勇ましい雄叫びを上げながら、俺たち目掛けて一斉に突撃をしてくる。
「やるしかないか!」
「リュミエール怪盗団!騎士団を各個撃破し、ここを突破する!」
「それ俺のセリフ!」
サイに一番のキメどころを奪われて若干イラッとしたが、今はそんなこと言ってる場合じゃない!
「「「了解!」」」
サイの掛け声を皮切りに、俺たちとクレイス騎士団の戦いの火蓋が切って落とされた。