アンヌマリー・クレイス
案内されたのは、アンヌマリーの自室だった。
道中でサイから説明を受けてやっと状況を理解したが、どうやら俺たちに依頼状を届けたのはアンヌマリーだったらしい。
「いやー。まさか依頼主が領主のお嬢様だったとはー!」
「お嬢様と呼ぶのはやめて下さい。アンヌで構いません。」
アンヌマリー……アンヌさんは、サイの方を見て不思議そうな顔をした。
「それより、なぜ私が依頼主だと?あの状況ではカマ掛けという線もあり得たのに。」
確かに、あの状況じゃイマイチ信用する根拠が足りない。
サイはどうやって依頼主がアンヌさんだと見抜いたのだろうか。
「確かにその可能性も否定しきれなかったが、そこのメイドが俺たちを庇ったのが決め手だ。あの場面なら、誕生日を明日に控えた令嬢のメイドがわざわざ警備員を入口まで送り届ける意味がない。立入禁止区域に入っている人物という時点で警戒するに越したことはないからな。」
言われてみればその通りだ。もし俺たちが変装した人攫いとかだったら二人とも攫われてる。
まぁ、実際は怪盗な訳だけど。
「すごい……!あの一瞬の行動でそこまで読み切れるなんて……。」
「こいつはウチの頭脳なんで、これくらい朝飯前ですよ!」
「なんでお前が威張ってんだ。」
今さりげなくツッコまれたことはスルーすることにしよう。
「それで、なぜ俺たちにダイヤを盗めという依頼を?」
アンヌさんはサイの質問に対して、少し悲痛な表情を浮かべた後、ゆっくりと口を開いた。
「私のお父様は、元々領民に対しての情が深く、少し前まで『民の為に生き、民の為に死ぬ』と堂々と仰っていた方でした。ですが、今では領民に重税を課し、病人や失業者の支援などする気などなく、事業の拡大ばかり考えています。でも、ふと気づいたんです。お父様がおかしくなったのは、あの紅いダイヤを手に入れてからだということに。なら、あのダイヤがお父様の手元から消えれば、また元のお父様に戻ってくれるかもしれない。そう思って、皆さんにあのダイヤを盗んでいただくように依頼したんです。お願いです!私の大好きな父を、元に戻して下さい!」
アンヌさんはそう言うと、俺たちに向かって深々と頭を下げた。
「私からもお願いします!」
更にルイーズまで頭を下げてくる。
貴族同士ならともかく、怪盗である俺たちに貴族の人間が頭を下げるのはなんか色々とまずい気がする!
「頭上げてください!俺たちなんかに頭下げちゃダメですよ!」
「戻してくれるとお約束いただけるまで上げません!」
おぉ……。すごい覚悟だ。
ここまで強かな女性は中々見ない。素直に尊敬してしまう。
なら、今俺がいうべき答えは一つだ。
「任せてください!な?サイ。」
「……元々そのつもりで来てる。」
俺たちの答えを聞くと、アンヌさんはやっと顔を上げてくれた。
「……本当ですか?」
やはり不安なのか、少し震えた声で確認してくる。その目には少し涙が溜まっていた。
多分この人は、お父さんが元に戻ってくれることをずっと願ってたんだろうな……。
「こいつは脳筋でバカだが、嘘はつかない。信用に足る人間だ。」
サイが二言くらい余計な情報を混ぜて答える。もう少し団長を立ててくれてもいいんだぞ。
ただ、サイの答えがツボに刺さったのか、少し笑いながら小さく頷く。それを見たら、なんだかいてもたってもいられなくなり、俺はアンヌさんの手をそっと握った。
「心配しないでください!我々リュミエール怪盗団が、必ずや貴女様のお父様を元に戻してみせます!」
俺がそう宣言した次の瞬間、俺の手はアンヌさんの手から思いっきり叩き落とされた。
「イッテェ!」
「アンヌ様に気安く触れないでください!」
ルイーズが思いっきり俺の手を叩いたらしい。
俺が叩き落とされた手をさすっていると、後ろからサイのゲンコツを食らった。
「悪かった。今のは気にしないでいい。忘れてくれ。」
「は、はい……。」
アンヌさんはかなり戸惑っている様子だったが、一応ここは収まったらしい。
それにしてもサイはもう少し手加減をしてくれてもいい気がする。
「次アンヌ様に触れようとしたら貴方の手は無くなると思いなさい!」
「ルイーズ。そんなに過敏に反応しなくても……。」
「いいえいけません!アンヌ様は私が守ります!」
ルイーズは、早くも俺を敵認定したらしい。まるで親の仇でも見るような目で俺を睨みつけてくる。
別に取って食う訳じゃないんだし、そこまでしなくてもいいじゃんか。
「あ、そういえば。ダイヤの保管場所って知りません?いくら聞き込みしても大した情報が得られなかったので。」
半分ダメもとで、ダイヤの保管場所について聞いてみる。
「ダイヤなら、この立入禁止区域の地下室に保管されています。当日は我々クレイス家が保有している騎士団が直々に入り口を見張るので、そこで盗むのは困難だと思います。」
予想以上の収穫だ。ダイヤの保管場所だけじゃなく、それを守る騎士団の存在までわかればだいぶ動きやすい。
「なら、チャンスは会場に出て来た時の一瞬だな……。もう一度作戦を練り直そう。」
俺はサイの提案に頷きながら、先ほど会ったレオについて考えていた。
アイツからは他の従者では考えられないほどの覇気を感じた。今回は戦闘を極力避けることになっているが、それにはレオの目を掻い潜ることが必要になってくる。
「宝石を盗んでこの屋敷から出るなら、あのレオって執事をどうにかしないと。何かいい案ないか?」
「俺は自分の変装技術があるから平気だ。……問題はお前だな。」
サイは不安そうに俺を見る。
俺だって変装さえできればそこそこ上手くできる自信あるぞ。
「あ、それなら私に考えがあります。ルイーズ、アレ[#「アレ」に丸傍点]を。」
「え?アレ[#「アレ」に丸傍点]使うんですか?!」
アレがどんなものかは分からないが、とてつもなく嫌な予感がする。
「それじゃあ、バクの変装に関してはアンヌさん達に任せる。それと、万が一の時に備えて早めに避難をしておいてくれ。」
「わかりました。」
俺達はアンヌさんの部屋を後にし、明日に向けて作戦の練り直しを行うことにした。
**********
俺は今とんでもないことになっている。
と言うのも、アンヌさんの考えた変装というのが、俺の予想の斜め上の変装内容だったのだ。
「貴方、意外と似合ってるわね。なぜだろう、ちょっと悔しいわ。」
「メイド服が似合ってたって、俺は全然嬉しく無いけどな……。」
そう。俺は今、メイド服を着せられている。しかも白いフリフリが付いた可愛らしいやつだ。
比較的細身のサイがこれを着るのならまだ分かるが、筋肉質な俺が着るには流石に無理がある。
「と、とりあえず武闘派メイドということでなんとか誤魔化しましょう。幸い。顔は中性的ですし……。」
それは本当に幸いなのか……?
必死に吹き出すのを我慢しているアンヌさんを見て少し微笑ましくなりながらも、笑われている対象が自分だということを認識すると悲しくなる。
こんなことなら、昨日無理にでもどんなものか確認しておけばよかったと深く後悔した。
だが、もう後の祭りだ。パーティーまで時間がないし、もう「成るようになれ」だ!
「よし、行きましょう!アンヌさんのお父様を助けに!」
「あ、やっと腹を括ったの?」
俺はダイヤの元へ案内してもらうため、アンヌさん達と移動を開始する。
その時、無線機がサイからの通信を受信する。
〈バク。そっちはどうだ?〉
「メイド服を着せられて、ダイヤのとこに向かってる。予定通り。」
〈了解だ。俺が合図したら宝石を盗んですぐに脱出するぞ。……ん?メイド服?〉
「あまりツッコまないで。」
〈わ、わかった……。こっちは警備制御室に向かってる。イナサ達も無事に潜入できたらしい。このまま行くぞ。〉
「了解。頼むぞ、相棒!」
〈……。〉
そこで、サイとの通信は返事もなく切れた。まぁ、いつものことなので問題ない。
アンヌさんとルイーズの方を見ると不思議そうな顔を浮かべている。おそらく、俺が独り言を言っているのでも思ったのだろう。
俺は二人に無線機のことを説明した。
「なるほど。それなら離れたところにいても連絡が取れますね。ウチも導入しましょうか。」
「いいですね!今度レオに相談してみましょう。」
そんな会話をしていると、ダイヤの元へ到着したらしい。
「この先がダイヤの定位置です。そのまま真っ直ぐ行くと、大広間を見渡せるテラスに繋がります。」
ここからは慎重に行ったほうがいいらしい。
そこからさらにしばらく進むと、他の警備員とは明らかに雰囲気が違う奴らがわんさか見えた。
「あの方々が我々が保有する戦力であるクレイス騎士団です。」
アンヌさんが説明してくれた。なんでも、イージスの十三貴族と呼ばれる貴族達は、それぞれ自分たち専用の騎士団を持っているらしい。
騎士の一人が俺たちに気付き、近づいてくる。
「アンヌマリーお嬢様にルイーズ様。どうかなされましたか?」
「いえ、私も一度宝石を見ておきたいと思っただけです。それに、アンヌで構いませんと何度も言っているではありませんか。」
「ハハハ!そういう訳にはいきませんよ。とはいえ、ここで勝手に見せる訳にも行きませんので、もうしばらくお待ちください。」
「ええ。もちろん構いませんよ。」
アンヌさんは騎士達と流暢に会話を進める。
普通、いち領主の娘が騎士と話すなどあり得ないことだと思うのだが、それだけ個々との繋がりが強いということなのだろう。
「……ところで、その者は?新しいメイドですか?」
騎士は俺に疑いの眼差しを向ける。
やはりこの格好で誤魔化すのは無理があるか……。
「あぁ。この子は最近新しく入ったメイドで、いわゆる「武闘派メイド」というやつです!」
「そ、ソウナンデスー!」
ルイーズが必死に誤魔化しているので、それに俺も必死で合わせる。
その必死さが功を奏したのか、騎士は大きく頷いた。
「そうですか。では今度一度、私たちと手合わせ願いたいものですなぁ!ハッハッハ!」
なんとか最悪の事態は免れたらしい。案外俺って気付かれないのかもしれない……。
俺たちはそのまま宝石が入っているケースの間近まで迫り、サイの指示を待つ。
そういえば、潜入したイナサたちは今頃どうしているだろうか……?