第9話 王都へと出発
家族会議から約一ヶ月が経過した。
その間、俺とセリアは王都に行くための準備を整えていた。
セリアは王都の学校で生活するための荷造りや、バイトの引継ぎ、勉強など。
俺は冒険者ギルドを訪ね、受付の女性に『国家冒険者』の資格を取るため王都に行くことを告げた。
最初は驚いていた彼女だったが、最後には応援してくれて、国家冒険者の仕組みについても熱心に教えてくれた。
俺は出発の日までひたすら森に入ってはハーブを集め、帰宅してからは父親に剣術を見てもらうという、忙しい日々を送っていた。
そんなわけで、時間はあっという間に流れ、いよいよ出発となったのだが……。
「いいか、王都にいる間はクラウス、お前が保護者代理だ。セリアのことをしっかり見てやるんだぞ」
「ああ、わかってるよ、父さん」
父親は真剣な目をすると、俺にそう言ってきた。
今日まで俺を鍛えてくれたのは、冒険者になることを応援してくれているだけではなく、王都についたら妹を護れというメッセージなのだと受け取る。
離れた場所ではセリアも母親と話をしている。「学校でしっかり学ぶように」とでも言っているのだろうか?
だとしたらセリアに限ってはいらぬ心配。彼女は昔からしっかりしているので、問題はないだろう。
「そろそろ馬車が出発します」
王都へと俺たちを送り届けてくれる定期馬車が出発する。
万が一が起こらぬよう、大量の護衛がいて、その分料金も高い。
両親が少し無理をして俺たち二人分の馬車代を出してくれたのだ。
「それでは、兄さん。行きましょう」
セリアはそう言うと俺の手を握り馬車へと向かう。
小さいころからの癖で、彼女は緊張している時や勇気が出ないときにはこうして俺の手を握ってくる。
表面上取り繕うことができるようになっていても、まだまだ可愛い妹だと思った。
こうして、俺たちは王都まで二週間の旅にでるのだった。
馬車の揺れに身を任せ窓の外を見る。
隣ではセリアが何やら難しそうな魔導書を読んでいるのだが、あまりにも集中しているので声を掛けるのがはばかられる。
この定期馬車は、王都から各街を行き来しており、御者も護衛もベテランが多いので、安心して乗ることができる。
俺は手提げ鞄に手を入れると、中を確認する。
何かが指先に触れ、甘えるように身体をこすりつけてきた。
現在、俺の手にすり寄っているのはパープルだ。
王都に一年滞在するとなると、流石に放って行くわけにもいかない。
これまで、ハーブ収集で助けてもらったし、愛着も湧いている。本当なら表に出してやりたいのだが、セリアは虫が苦手なので今は鞄の中で我慢をしてもらっている。
もっとも、マジックワームはそれほど動き回るタイプのモンスターではないので、不満がないのかハーブを食べては丸くなり眠っている様子だ。
そんなわけで、パープルを撫でながら俺が暇を潰していると……。
「前で何かあったかな?」
「はい?」
馬車の動きが遅くなり、騒がしくなっているようだ。
セリアは顔を上げ、俺を見てきた。
「ちょっと、行ってきてもいいか?」
俺は腰にある剣に触れる。今回の出発に合わせて自前で用意したものだ。
「まあ、いいですけど……。気を付けてくださいね?」
セリアは不安そうな顔をし、あまり納得していない様子で送り出してくれる。
馬車に乗る前に「もし戦闘などがある場合、経験を積むため参加させてもらう」と話をしてあったからだ。
「セリアは何があってもでてこないように」
俺は彼女に忠告すると、馬車を出て前方へと走った。
「モンスターですか?」
「ああ、君は……」
最前列に駆け付けると、そこには巨大な人型モンスター【トロル】が数匹街道を塞ぐように立っていた。
「本当に、参加するつもりなのか?」
護衛の人にもあらかじめ話をしておいた。
自分が『国家冒険者』を目指していることと、今回の移動中に戦闘経験を積みたいということ。
「勿論です、指示に従いますのでお願いします」
これらはすべて父親の入れ知恵だ。
ベテランの中に混ぜてもらうことで、リスクを減らして経験を積むことができる。それがこの定期馬車を利用した別な理由だったりする。
「わかった、だが、無茶はするな」
既に護衛の人間が前に出てトロルと戦闘を開始している。連携がとれており、馬車に近付けさせないように立ち回っているのがわかった。
「よし、クラウス君。君は俺と一緒にこい。俺がトロルの左側に立つ。君は右側に立ってやつの気を引き付けろ。右手に集中し、やつの棍棒だけは受けないように」
「わかりました!」
俺と護衛の人が左右に展開する。
トロルは一瞬、両方に視線を彷徨わせどちらをターゲットにするか悩むのだが、
「こっちだ! 掛かってこい!」
護衛の人が挑発することで、そちらに身体ごと向けた。
俺は慎重にトロルの動きを見る。
これまで討伐してきたゴブリンなんて比較にならない圧を感じる。
迂闊に飛び込み棍棒の一撃を受けたらどうなるかわからない。
それがあるからこそ、護衛の人は俺をトロルの利き手ではない方に向かわせたのだろう。
指示にもちゃんと意味があるのだ。
「はっ! こっちだ!」
剣を振り、浅く傷をつけると自分の方へと引き付けていく。
数の有利を活かし、決して深追いをせず時間を稼いでいる。
この状況で俺ができることといえば……。
「今だっ!」
トロルの注意が完全に俺から逸れた。俺は背後からトロルに近付くと、足の腱を斬った。
『グオオオッ!?』
突然、足に力が入らなくなったからか、身体を支えることができず倒れ込む。
「よくやった! 筋がいいぞ!」
戦いながら俺が斬り込みやすくしてくれた護衛の人が褒めてくれる。
トロルを斬った時の感触でわかった。父親にしごかれたお蔭か、剣術の腕が格段に上がっていることに。
護衛の人は間髪いれずにトロルの右腕を斬りつけ、棍棒を落とさせる。
その間に、他のトロルを討伐して、人が集まりトロルへと群がった。
「後は出番はないか?」
剣を持つ手が震えている。こちらの圧勝には終わったが、強いモンスターと対峙した時の緊張感が収まらない。
「あれを、一人で倒せるようになるにはどれだけ修業が必要なんだろうな?」
俺は目の前で戦う人たちの動きから少しでも何かを学ぼうと、集中して見るのだった。