第194話 メリッサ=シルバーフォードの提案
春も半ばを過ぎ、暖かさを感じる季節からやや暑い日が混ざり始めていた。
貴族になってからと言うもの、慣れない仕事ばかりしてきた俺だが、オリビア王女のサポートがあったからか、どうにかこなせるようになってきている。
本日の業務を終え、オリビア王女は退室しているのだが、俺はある問題を抱えているため執務室で物思いに耽っている。
手元にはオリビア王女から渡された書類一式がある。これが今後のセリアの人生を左右する書類なので粗末に扱うわけにはいかない。
ふと、俺は屋敷でのセリアの言動を思い出す。炊事や家事や従魔やキャロルの世話ととても忙しそうだ。
彼女は嫌々やっている感じはないのだが、普段から表に出さず無理をすることもある。
「とりあえず、早く何とかしないとな……」
これまで彼女に甘えてきたのだが、この問題を解決しなければならないだろう。
俺は椅子から立ち上がると親しい貴族に『相談』をしに行くことにした。
数日が経ち、屋敷にとある人物が訪ねてきた。
「うん、やっぱりセリアの淹れるお茶は美味しいわね」
「ありがとうございます」
来訪者であるメリッサは屋敷の主人である俺よりも寛いだ様子を見せ、膝に乗ったロックを撫で回しながらセリアが淹れた紅茶を堪能していた。
セリアはというと、シルバートレイを抱きながら嬉しそうにしている。
セリアにとってメリッサは学校こそ違えど頼りになる憧れの先輩なのだろう……。
「それで、急に訪ねてくるなんてどうしたんだ?」
『…………(喜)』
メリッサの手管に骨抜きにされているロックを見ながら聞いてみる。
いくら彼女がロックを気に入っているからと言っても、他に用事もなく屋敷を訪ねてくるようなことはなかった。
俺が質問をすると、メリッサは頷き、カップをテーブルに置いてロックを抱え直すと言った。
「クラウス、使用人を雇いなさいよ」
「どういうことでしょう?」
突然出した要望に対し俺ではなくセリアが質問をする。
俺はどうして彼女がそのようなことを言い出したのかについて心当たりがあった。
「クラウスが貴族になって以来、セリアの負担が増えているでしょう?」
先日、仲の良い貴族に「屋敷を管理できる人を探している」と相談を持ちかけた。
人の口に戸は立てられない。貴族の間で注目されている俺が人を雇うという情報は知れ渡り、メリッサまで届いたのだろう。
「セリアのアカデミー編入試験も迫ってるのよね?」
メリッサは責めるような声を出し、俺を睨む。
俺が貴族になったことで通う条件を満たしたセリアは、近いうちにステシア王立アカデミーの編入試験を受けることになっている。
国の最難関学校ということもあってか、合格率は相当低いらしい。
「そんな状況なのに、セリアの負担が大きすぎる。勉強の時間だって碌に取れていないんでしょう?」
メリッサはセリアにそう確認を取るのだが……。
「うっ……でも……今のままでも合格はできそうですし」
彼女は目を逸らすとゴニョゴニョと呟いた。
俺はセリアが深夜まで勉強をしていることを知っている。屋敷のことや従魔の面倒を見て寝静まってから頑張っているのだ。
「まあ、セリアが優秀なのは私が保証するわよ。話していてアンジーなんかよりも魔導理論もしっかりしているし、向上心もあるもの」
メリッサの言う通り、妹は努力を努力とも思わない真面目な性格をしている。だからこそ今のうちに彼女の負担を減らさなければならないと考えている。
でなければ無理して倒れる未来が見える。
「アカデミーに編入したらこれまで以上に勉強に集中しないといけないの。わかるわよね?」
メリッサは今目の前に迫っている編入試験だけではなく、その先を考えろと俺に言っているのだ。
「確かに、セリアの負担が大きいとは感じていたし、人を雇うつもりではいたよ」
前々からそうしなければならないと思っていたのだが、俺には他の貴族にはない問題があった。
「とは言え、家で雇うのはそう簡単な話じゃないんだよ」
家にはホワイトドラゴンやフェニックスという希少モンスターが存在している。
強力なモンスターという存在は人々を萎縮させてしまうし働く上でストレスを与えてしまう。
それを乗り越えた場合でも今度は信頼という面で不安が残るのだ。
ただ雇うだけなら応募は殺到するのだろうが、信頼できる筋から人柄の保証がなければ雇えない現状があった。
俺がその点について説明をすると……。
「私だってそこはちゃんと考えてあるわよ」
メリッサはあっさりとそう切り返してきた。
彼女はハンカチを取り出すとカップの口元を拭き取り元の位置に戻した。
「家で長年勤めていた執事長が最近代替わりして子どもに立場を譲ったのよ」
メリッサの家はシルバーフォード伯爵家。ステシア王国に長年続く名家だけに、使用人のレベルが高いことで有名だ。
使用人も家ぐるみで代々仕えているらしく、執事長ともなると屋敷の財務管理も行なうので、普通に考えると替えの効かない人材ということになる。
「普通はこういう場合って、楽隠居するんだけど、本人がまだまだ働きたいらしいのよ」
彼女はそう言うと俺に向かって「どう? 雇う気ある?」と質問してきた。
「確かに、シルバーフォード家なら問題はないけど……」
メリッサ個人とは付き合いがあるが、貴族の派閥でいうところの中立に位置している。
いつまでもテイマー肯定派だけに寄り添うわけにもいかず、中立派閥と付き合いを持つことで分け隔てなく付き合いをするという印象を貴族に持たせることもできるだろう。
「何よ? 問題がないなら素直に受けておきなさい」
それでもなお返事を濁していると、メリッサは口元をムッと結び判断を迫ってきた。
「実は、オリビア様にも相談してしまってな……」
こちらで探して「決まりました」というのは探してくれている彼女に対して失礼になる。
王族の名前を出せば俺の状況を察して引いてくれると考えたのだが……。
「雇うわよね?」
メリッサは互いの息が掛かるくらい近くまで顔を近付けるとニッコリと笑って見せた。その笑顔に圧力のようなものを感じる。
「あんたのせいで私は王族や皇族の相手をしたのよ?」
声色から彼女が怒っているのが伝わってくる。
先日、各国から訪問してきた代表が、従魔と触れ合う機会があった。
その時に人手が足りずメリッサを招集したのだが、彼女はその時のことを持ち出してきた。
あの件に関しては明確な借りになっている。貴族社会において借りを返さないのは不義理のレッテルを貼られるのだ。
「わ、わかった、まずは面接からってことで……」
彼女の勢いに押されて俺は面接をすることを約束させられる。
「それじゃあ決まりね。来週になったら屋敷に来させるから」
メリッサはそう言うと満足げな表情を浮かべ、立ち上がるとロックを撫でる。
『…………(喜)』
屋敷の門まで彼女を見送り、屋敷に戻る途中でセリアが話し掛けてきた。
「きっとメリッサさんは私だけじゃなくて兄さんのことも気に掛けて提案してくださったんですよ」
「ああ、そうだな」
この話が成立しても彼女にメリットはなく、寧ろこっちが得をすることになる。
「アイツはいつもわかり辛いところがあるんだよな」
本当は優しい癖にわざとキツい言葉を使って相手を誤解させる。それが照れ隠しだと気付くまで時間がかかってしまった。
「いい人が来るといいですね」
セリアの言葉に俺は頷くのだった。




