第161話 伝説のワイン
エドワードさんを先頭に店に入った俺は、まずお洒落な空間に驚いた。
壁際には鎧や剣や盾などが置かれているのだが、どれもピカピカに磨かれている。
一般的な店ではスペースを埋めようと大量に商品が置かれているのだが、この店では一品一品に注目して欲しいからか、商品の間隔があけられている。
見る方も、思わず美しさに魅入ってしまいそうになるので、金持ち相手の商売という点から正解なのだろう。
「こちらの商品はすべて盗難防止の魔法処理が施されております。結界を解除しない限り触れられませんので、手に取りたい場合はお声掛けください」
俺が魅入っていると、エドワードさんがそう話し掛けてくる。
高級品を扱っているだけあってか、見学時にエドワードさんが案内するそうなのだが、何かしらの不備がおこらないとは言い切れない。
万全を期すため許可なく動かせないようになっているそうだ。
「値札はついていないようですが?」
ふと、気付いて聞いてみる。
商品の下には高級感のあるプレートでそれがどのような物か名前と説明文が書かれているのだが、値段がわからない。
まるで美術館の展示品を見ているような気がして、本当に売っているのか気になった。
「買い物する際に値札があると真に欲しい物と巡り合うことはできません。なので、気になった品物について逐一聞いていただきこちらから知らせるようにしているのですよ」
確かに欲しい物があったとして、価格が見えていたら手に入らないであろう高級品は最初から購入の検討すらせず外してしまうだろう。
まずは商品に興味を持ってもらい、購買欲を刺激してから値段を伝える。非常に上手いやり方だ。
「もしよろしければ、剣や盾について説明させていただきますが?」
そんなことを考えながら立ち止まっていたからか、俺が武具に興味があると思ったのかエドワードさんが気を利かせてくれた。
「いや、剣と盾は大丈夫です」
俺が剣を見ていたのは、自分が持っている太陽剣とどちらが良い物のなのだろうか気になったからだ。
置かれている宝剣は確かに高級品だが、説明文ではAランクアイテムと書かれているし、装飾も太陽剣の方が綺麗だったりする。
武器にかんしては今のところ間に合っているので、他の珍しい品物が見てみたくなった。
「じゃあ、あっちの部屋を案内してもらえますか?」
俺は目についた部屋を指差すとエドワードさんと移動した。
「こちらは酒に関連する商品が置かれている部屋になります」
先程の部屋とは違い、薄暗く室温も低めにとなっている。
棚には様々な瓶や杯などがずらりと並んでおり、ダグラスさんやエグゼビアさんの屋敷の執務室の棚を思い出した。
「酒を嗜むのは貴族の方々の趣味の一つです。こちらには年代物のワインやウイスキー、それに杯の魔導具などを扱っております」
酒については、最近少しだけ呑むようになっている。
護衛依頼の後、ニコラスさんやエグゼビアさんに晩餐に誘われた席であったり、ダグラスさんの家で勉強をした後だったり、城のパーティーなどなど。
確かに、貴族はことあるごとに酒を呑んでいる気がする。
これまで、俺が酒に触れる機会など、故郷の年始のお祝いの時だけだった。
父がワインを樽で買ってきて、そこから注いだのを呑ませてもらった。
一般に出回っている酒というと樽で売られているものなのだが、この手の高級品は酒の変質を防ぐため瓶が使われている。
品質を保持するための魔法陣が施されており、定期的に魔力を補充しなければならないのだとか……。
エドワードさんは部屋の中央の台座に近付くと、結界を解除してそのうちの一本を手に取った。
「ワインの中でも、古代魔法文明に製造された【バハムート】【アポカリプス】【リヴァイアサン】は現在確認されている中で、世界中で百本もありません。そのすべてを取り扱っているのは世界中で当店だけです」
そういってその一本を俺に渡してくる。
ラベルには幻獣の絵が描かれており、見ているだけで引き込まれそうになった。
「これ一本でいくらくらいになるんですか?」
口ぶりから相当希少な酒のようなので、値段が気になり聞いてみると、エドワードさんは信じられない金額を告げてきた。
「そうですね、今クラウス様が持っているバハムートですと金貨五千枚になります」
「はっ?」
聞き間違いかと思い、間抜けな声を出してしまう。
「えっ……? ワイン一本に? ですか?」
てっきり、からかわれているのだとばかり思ったのだが、彼は表情を崩すことなく頷いて見せた。
「あくまで、最後にオークションで落札された価格ですので、今ならもう少し高いかもしれませんな」
金貨五千枚といえば、俺が今住んでいる屋敷の購入金額とほぼ同額だ。その金額でさえ、俺は分割払いで支払っている最中なので、目の前のワインがそれと同等と言われ急に手に汗が出てきた。
言っておくが、屋敷は人生で一番大きな買い物だった。それこそ勇気を持って決断しどうにか購入したもので、フェニやパープルの素材を売却することで今も支払いを続けている。
「あの……こちら、戻していただいてよろしいですか?」
万が一にも落として割ってしまったら洒落にならないので、俺はワインをエドワードさんに渡す。
そして心底、ここに従魔を連れて来なくて良かったと思った。
フェニやネージュが飛び回った場合、俺は生きた心地がしなかっただろう。
エドワードさんはバハムートの瓶をシルクのハンカチで綺麗に拭くと元の場所へと戻す。




