第101話 クラウスの相談事
「御姿を見かけましたので声を掛けさせていただきましたが、御迷惑でしたか?」
彼女は日傘を折りたたむと口元を小さく開け微かな笑みを浮かべる。あまりにも完璧な所作に思わず見惚れそうになる。
「いや、大丈夫だよ。ちょっと休憩してただけだから」
膝の上で遊んでいたロックを見ると、彼女もつられてロックに視線を送る。
『…………(喜)』
すると、シャーロットに気付いたロックは彼女を求め手を伸ばした。
「あら、可愛いです」
その様子に俺は驚く。ロックとシャーロットの間に接点はなく、ロックは人見知りをするので初対面の相手に自ら近寄るなどこれまでありえなかったからだ。
「珍しいな、ロックが初対面の相手にここまで懐くとは……」
まずは俺の後ろに隠れ観察するところから始まるだけに、このような態度は見たことがない。
「うん? これ、くれるの?」
『…………(頷)』
既に貢ぎ物までしてもらっている。初対面のモンスターにまで好かれる。彼女のテイマーとしての才能なのだろうか?
「もし良かったら座らないか?」
立ったままロックの相手をさせるのは申し訳ない。俺は彼女にそう勧めた。
「お隣失礼しますね」
するとシャーロットはスカートを巻き込まないように抑えながら一人分のスペースを空けてベンチに腰掛けた。
ロックが俺の膝から降りて彼女の膝へと向かう。
「あっ、コラッ!」
「大丈夫ですよ、クラウス様」
流石に馴れ馴れしすぎると思い止めようとするのだが、シャーロットは問題ないという笑みを浮かべるとロックを迎え入れる。
しばらくの間、ロックと戯れる彼女を見続ける。まるで知っているかのように自然とロックが触れられて嬉しい場所を撫でている。シャーロットは現時点で俺と同じく四匹の従魔をテイムしていると聞く。
彼女の瞳から見える景色はどのようなものなのか?
これまでどうやって従魔を育ててきたのか ?
そんなことを考える。
ふと彼女と目が合った。あまりにも不躾に見すぎてしまったのだろうか?
「何か悩み事がありましたか?」
風が吹き彼女の髪が揺れる。シャーロットは気持ちよさそうに空を仰ぐと柔らかく微笑んだ。
以前会った時も思ったのだが、彼女には何やら気を許してしまいそうな雰囲気が漂っている。一緒にいて居心地がよくなるのは気のせいではないのだろう。
今の状況についてシャーロットの意見を聞いてみるのも悪くないのかもしれない。
「実は……」
普段なら絶対にしない、弱みを吐露するという行為をこの時の俺は自然と彼女におこなっていた。
「というわけで、コクが懐いてくれないんだ」
説明を終えると、シャーロットはロックを撫でながら考え込み始めた。
彼女の膝が心地よいのかロックは気持ちよさそうに眠ってしまっている。
「これまで、従魔に避けられたことがなかったからさ。思いの外参ってるんだ……」
こちらは仲良くしたいと考えているのだが、一方通行な状況に心が痛む。
「なるほど、それはなかなか難しい問題かもしれませんね」
彼女は口元に手を当て言った。
「シャーロットでもそう思う?」
意外だった。彼女はテイマーの名門ボイル家の生まれで、現時点で従魔を四匹もテイムしている。今もロックを簡単に手懐けているしそこまで悩むと思っていなかった。
「ええ、テイマー学校でも多くの生徒がモンスターと心を通わせるのに苦労していますからね」
彼女は貴族が通うアカデミーではなく、ボイル家が運営しているテイマー学校に通っている。
テイマーとしてテイマー学校への興味もあるのだが、今は俺が相談をしている最中だ。掘り下げることは避けるべきだろう。
シャーロットはふと気付くと顔を上げた。
「あっ、でも。ステータスに従魔として種族名が載ってるんですよね?」
その問いに俺は頷く。
「そうなんだよ。間違いなく従魔にはなっているんだ」
だからこそ、拒絶される理由がわからない。
テイムした当初は確かに懐いてくれていた。
「テイマー学校の皆様が苦労しているのは従魔契約できるまで懐かせることです。契約していてその態度というのは確かにおかしいですね」
テイムする上で一番難しいのはモンスターに自分を認めさせることだという。
幼少期のころから育て上げ、長い時間を一緒に過ごすことで信頼関係を築くのがもっとも一般的なテイマーのやり方だ。
従魔にするというのは、既にその段階を超えてしまっているので、彼女にしてもアドバイスの仕方に困っているのだろう。
しばらくの間悩み続けるシャーロット。
他人事なのにまるで自分のことのように真剣に考えてくれているのがわかり、申し訳なく思う。
やがて、彼女は顔を上げると、
「ここで悩んでいても答えが出ない気がします。今からクラウス様の家にうかがって直接見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「俺は構わないけど、シャーロットにも用事があるんじゃ?」
俺も彼女もテイマー区域の貴族区画に住んでいる。王城がある中央までは用事がなければ来ることはないので、その点について心配した。
「お茶会の誘いがありましたが、そちらについては体調不良で問題ありませんので」
彼女は口元に手を当てると「このことは内緒にしておいてくださいね」と言ってくる。
まるで、こっちの方が大事とでも言いそうな態度にありがたさが溢れてきた。
「それじゃあ、来てもらえるか?」
俺はシャーロットを連れて屋敷に戻るのだった。




