ザ・インタビュアー 鉄棒・奥平忠信編
日本体操界、鉄棒のスペシャリストでありレジェンドの奥平忠信が引退した。類まれなる身体能力と長い手足を生かし、既存の枠にとらわれない技にこだわってきた競技人生。大会のたびに新技を披露し、これまで編み出してきた技は300にも上る。先日、現役最後の大会となった「世界体操グローバルカップ」では、自身の技のオンパレードとなったが、しっかり新技も披露し優勝を決め有終の美を飾った。演技を見る限りまだまだ現役を続けられそうな気もしたが、本人は「もう歳だから…」とつぶやく。引退した今の心境、そして今後について聞いた。
インタビューの場所は、日本体操アカデミー。奥平さんの師である重熊大五郎氏が設立した体操の総合施設として、練習場はもちろん宿舎も備える日本体操界の殿堂だ。奥平さんは小学生の頃から今日まで、ここを生活の場として生きてきた。インタビュー当日、約の10分前に正門に到着すると、すでに奥平さんが待っていてくれた。俺だと分かると小走りで駆け寄ってきて、「奥平です。今日はありがとうございます」と白い歯を見せ満面の笑みで出迎えてくれると、「では早速」と促され建物の中に案内された。
ロビーを抜けるとすぐ練習場があり、一番奥に設置されている鉄棒の前まで進んだ。すると奥平さんは「ここで見てて下さい」と鉄棒の手前に俺を立たすと、鉄棒にぶら下がりグルングルンと大車輪を2回決め着地した。まさかいきなり、しかもこんな間近でレジェンドの大車輪を見られるとは思わなかった。あまりに一瞬の出来事だったが。俺はすでに心をつかまれ感動していた。「よし、じゃあ始めましょうか」。奥平さんは声を掛けてくれると、俺と二人で鉄棒の前のマットにあぐらをかきインタビューが始まった。
トクタ「改めまして。はじめまして、インタビュアーのトクタと申します」
奥平 「はじめまして、奥平です」
トクタ「今回はインタビュー取材ありがとうございます」
奥平 「いえいえ、こちらこそ宜しくお願いします」
トクタ「奥平選手…あ、もう選手じゃないのか、奥平さんですかね」
奥平 「なんでもいいですよ、呼び方なんて。奥ちゃんでも、おくっちでも、あはははは」
トクタ「いやいやいやいや、奥平さんでいきましょう」
奥平 「そう?遠慮しなくていいのに、あはははは」
この豪快な笑い方が、奥平さんの持ち味。レジェンドでありながら決して偉ぶることなく、相手を気遣い、豪快な笑い方で雰囲気を和ます。国民的スターたるゆえんだ。
トクタ「まずは選手生活お疲れ様でした」
奥平 「ありがとうございます」
トクタ「今の心境はいかがですか」
奥平 「そうだね。実際、引退したって実感がないのが率直な感想だね。こないだのグローバルカップも1カ月前、ついこないだでしょ。それからもトレーニングはしてるし、んー、引退の実感はやっぱないね」
トクタ「さっき、大車輪を拝見しましたけど、トレーニングはされているんですか」
奥平 「してるよ、毎日。もうやんなくていいのに、何かやんないと気持ち悪いんだよね。体がうずうずしちゃって。さっきみたいに大車輪でグルグル、千回ぐらいかな」
トクタ「大車輪を千回?!」
奥平 「若い時は1万回平気だったけど、歳だね。あはははは」
奥平さんと鉄棒の出会いは、幼少のころによく遊んでいた児童公園。親に連れられ何気なくぶら下がっていると、勢いづき一周、つまり大車輪ができたという。5歳のときである。親はびっくりして、危ないからとすぐに止めさせたが奥平少年は聞かず、グルグル、グルグルと回り続けた。それから鉄棒のとりこになり、来る日も来る日も公園に行っては大車輪で遊ぶようになった。
奥平 「大車輪は5歳からできたからね。何でいきなりできたのか、自分でもわかんないんだけど、鉄棒の横にブランコがあって自分もブランコになった気持ちでブラブラしてて、気が付いたら一周してた感じなんだよな」
トクタ「親御さん驚かれたでしょ」
奥平 「驚いたってもんじゃないよ。最初おふくろといたんだけど、俺が一周したら「ギャー」って叫んですぐに止めさせたんだよね。まぁ、そりゃ止めさすよね。5歳の子どもが大車輪なんかやったら、危ないもん。けど俺は止めなかったなんだな。グルっと回る瞬間、子ども心に〝快感〟を覚えたんだよね。なんか気持ちいいなって。それで親に『もう一回だけ』と懇願して…」
トクタ「許してくれたんですか」
奥平 「最初は『だめだ』と言ったんだけど、俺はどうしてもしたかったから泣いて頼んだら渋々『じゃあ1回だけ』と許してくれたんだ。で『よっしゃー』って気持ちで、鉄棒にぶら下がってまた大車輪して…」
トクタ「1回だけ」
奥平 「いや、20回ぐらい、あはははは」
公園で大車輪を行う姿は、すぐに評判となった。奥平少年はいつしか〝神童〟と呼ばれ、公園に現れると鉄棒の周りは黒山の人だかりができた。5歳の少年が大車輪を決める。その噂はたちまち広がり、当時の体操世界王者、重熊大五郎の耳にも届いた。
奥平 「それから毎日毎日、公園に行っては大車輪だよ。おふくろも毎日来てさ、最初こそ驚いて止めさせたけど、段々慣れてきて今日は50回やれ、今日は80回やれ、100回やれってなんか熱心になっちゃって。笑うよね、最初は最初は『ぎゃー』って驚いたくせに、いつのまにかスパルタだよ。そしたらなんか人も増えちゃって、子どもが鉄棒でなんかグルグルやってるよって。人に見られるのも、また快感だったんだよな」
トクタ「まさに鉄棒の申し子ですね」
奥平 「自分でいうのもなんだけど、申し子だね。あはははは」
トクタ「重熊さんも公園に見に来られたんですか」
奥平 「そうなんだよ。グルグルやり始めて1年経ったぐらいの時に、公園の脇にでっかい黒塗りの車が止まってさ。中からスーツのおっさんが出てきた。それが重熊先生だったんだ。どっかで俺の話を聞いたらしく、わざわざ見に来てくれたんだよ」
トクタ「びっくりしました?」
奥平 「びっくりしたよ。車のでかさに。あはははは。子どもだったしさ、重熊先生なんて知らないじゃん。けどなんか偉い人なのかなって感じはした。親も含めて、そこにいた大人は驚いてたね。『重熊だ』『重熊だ』って。鉄棒の周りにいた大人たちが、バーッて分かれて〝モーゼの十戒〟みたいに、そこから重熊先生が歩いてきたんだ」
重熊大五郎と言えば〝日本体操界の至宝〟と呼ばれたスターだった。ゆか・あん馬・つり輪・跳馬・平行棒・鉄棒と全ての種目で完璧な演技を見せるオールラウンダーで、甘いマスクも手伝い絶大な人気があった。
奥平 「俺が相変わらず、グルグルやってると、鉄棒の前まできてジーっと俺を見てるんだよね。で俺もなんか変だなと思って、回るの止めて地面に降りると先生が駆け寄ってきて、「君は天才だ!」って言うわけ。周囲はその一言でどよめいてたけど、俺は訳も分からず、ポカーンだよね」
トクタ「お母さんはどんな感じだったんですか?」
奥平 「おふくろは、俺以上にポカーンだったよ。あはははは。実はおふくろ先生のファンだったんだよね。目がハートっていうの、そういうやつ。けど先生が続けて「お母さん、この子を預からせて下さい。世界的な体操選手に育てます」って言ったとたん正気に戻ったんだよね」
重熊氏は、後進の育成にも熱心だった。当時35歳。体操選手としてはピークを過ぎ〝引退〟の文字もちらつくなか、今後の体操界のために自身で「日本体操アカデミー」を立ち上げていた。重熊氏は、奥平さんをまさに金の卵としてアカデミーに迎え入れようと考えた。
奥平 「いきなり、『預からせてくれ』って言われて、おふくろも困惑しちゃって、そりゃあ困るよね。先生は『私は本気です。即答は難しいと思いますが、いつでも連絡をください』って名刺渡してその日は帰ったんだ。で、その夜、おやじにもことの顛末を話して、どうしよっかってなったわけ」
トクタ「奥平さんはどう思ってたんですか?」
奥平 「そうだね。子どもだったしね。アカデミーなんてわかんないけど、毎日グルグルやれるなら楽しそうだなっては思った。親にも『グルグルしたい』ってバカなこと言った気がする」
トクタ「それでアカデミーに?」
奥平 「そうだね。後日、親が先生に電話してくれてアカデミーに見学行って、入所って感じ。アカデミーってホントは中学からの全寮制なんだけど、小学生だった俺には毎日アカデミーから送迎車が来てくれた」
トクタ「超VIPじゃないですか」
奥平 「超VIPだね。あはははは。先生がすごかったのは、俺に鉄棒だけを教えたってことだね。体操って鉄棒だけじゃないじゃん。ゆかも、つり輪もあるじゃん。けど俺は『グルグルが好きです。鉄棒しかしません』って言ったら、『よし、分かった』ってさ。だって稀代のオールラウンダーだよ。他の種目も教えたいはずなのに、『君は鉄棒だけでいい。君は鉄棒の未来を変える男だって』って言ってくれて。子どもながらに、しびれたね。『未来を変える男だ』なんて発破かけられてさ、すごいやる気出たんだよな」
そして奥平さんは、鉄棒の未来を変えた。アカデミーに入所するや重熊氏の指導の下、新しい技をどんどん吸収した。大車輪は前方だけでなく、すぐに後方にもできるようになり、右手、左手と片手でもできるようになった。次第に手放し技も覚え、コバチ、コールマン、カッシーナ、ブレットシュナイダーと難易度の高い技を小学生のうちに完璧に習得し、才能を見出した重熊氏にも「もう教えることは何もない」と言わしめた。
奥平 「重熊先生は優しかったよ。指導も丁寧で分かりやすかった。おかげでいろんな技習得出来て、小学生でそれまでの技全部できるようになったんだよね」
トクタ「けど重熊さんも、奥平さんの習得のスピードには驚かれたんじゃないですか?」
奥平 「そうだね、驚いてたね。教えた瞬間、その技できたんだから。中学上がるころには『もう教えることない』って」
トクタ「奥平さん自身はどんな感覚だったんですか。その、教えてもらってすぐできるというのは。
奥平 んー、なんて言うのかな。一回見ると分かるんだよね、体の動かし方とか。まぁ天才なんだろうね、あはははは」
スポーツに限らず、音楽や絵画など一度見ただけ、聞いただけでできてしまう人間がいる。奥平さんもそういった才能を持つ、まさに〝天才〟なんだろう。そんな人間が、努力を努力とも思わず毎日楽しんで練習を積み重ねれば、常人には遠く及ばないとんでもない成果を生み出す。奥平さんは、中学に上がると親元を離れアカデミーの寮に入った。そして、さらに鉄棒にのめり込むようになると新技の開発に取り掛かった。
トクタ「それで、中学生になると新しい技を開発するようになったんですね」
奥平 「そう。もう覚える技なくなっちゃったし、じゃあ自分で新しい技を作っちゃおうってなった。アカデミーも中学からは全寮制になって、一応昼間は学校行くけど、それ以外は鉄棒だった」
トクタ「毎日鉄棒の練習は大変じゃなかったですか?」
奥平 「全然。毎日、鉄棒ができるなんて何て幸せなんだって、すごく楽しかった。新しい技で最初に作ったのが『指車輪』だったな」
トクタ「指一本での大車輪ですね」
奥平 「そう。最初は人差し指だったんだけど、親指、中指、薬指、小指でもできるようになった。前回りも、後ろ回りもできるようになった。次が『足車輪』。足の指で鉄棒を掴むやつで、次が足の甲で引っかけて回る『甲車輪』」
トクタ「足で鉄棒を掴むってすごいですね」
奥平 「んー、そうかもね。器用なんだよね。あはははは。練習はしたよ。おかげで足の指でみかんの皮も剥けるよ。やってみようか」
トクタ「やいやいや(笑)。足で大車輪ができるようになると、次に編み出したのがウォーキングですね」
奥平 「そう、ウォーキングだね。鉄棒の上を歩くやつ」
ウォーキング。つまり、歩行、歩くことだが、それを奥平さんは鉄棒の上でやってのける。細い鉄棒の上を地面と同じように歩き、飛び跳ねるのだ。
奥平 「大車輪でくるっと回って〝トン〟って感じで鉄棒に乗るんだよ。簡単だよ」
トクタ「簡単じゃないですよ(笑)」
奥平 「そう?おかしいなぁ。あはははは。ウォーキングで最初にやった技が『アッチコッチ』。鉄棒の端から端まで行ったり来たりするやつ。で、次が『ヤッホー』。鉄棒の上で大の字になって、手を口に当ててヤッホーって叫ぶやつね。最初やったときは観客も驚いてたけど、何回かやってると観客もヤッホーって返してくれて、本当に山にいるようにヤッホーが反響する感じで気持ちいいんだよね。そっから『ダンシングヒーロー』『コムラガエリ』『ヨウジガエリ』『カサス』に続くんだな」
トクタ「『カサス』好きなんですよね」
奥平 「『カサス』が好きって結構いるね。鉄棒の上でピストルを打つパフォーマンスした後に、鉄棒から落っこちるけど足回転で戻ってくる。火曜サスペンス劇場にそんなシーンがあるかどうかは知らないんだけど、なんとなくイメージでね『カサス』ってネーミングにした。ピストルで撃たれて崖から落ちるみたいな。そんなイメージ。ウォーキングも相当やって。今度は手放し技に集中したんだよね」
奥平さんの真骨頂と言えば手放し技。華麗で独創的な技の数々は、世界の一流選手をもってしても決して真似できない超ド級のスペクタクルだ。
奥平 「鉄棒から手を放して、もう一回鉄棒を掴むまで、もっといろんなことしたいなって思って。ひねりとか、回転は誰でもやるけどさ。もっと違うもんがやりたいなって。そう考えてたら滞空時間長くするしかなくて、まずはなるべく高く飛ぶこと考えたんだ」
トクタ「確かに高く飛べば、それだけ滞空時間長くなりますよね」
奥平 「大車輪で勢いつけて、てっぺんで〝ピョーン〟みたいな。最初は1mぐらいだったけど、練習内にもっと飛べるようになって結局30m飛べるようになったね」
トクタ「30mといえば10階建てマンションぐらいですけど、恐くないですか?」
奥平 「怖くはないね。やっぱ楽しいね」
30m飛んでも恐くない。むしろ楽しい。これが〝天才〟奥平なのだろう。そして、ここからあの超絶技巧の神髄に迫ることになる。
トクタ「30m飛べるようになって、最初の技が確か『セキガハラ』でしたね」
奥平 「そう『セキガハラ』。戦国時代好きでさ。家康が軍配持って『行けー』って感じを表現したの。それから戦国好きが高じて『オケハザマ』『ダンノウラ』『ミッカテンカ』の武将シリーズ、『ET』『ローマの休日』『スターシップトゥルーパーズ』の名画シリーズ、『チョットアナタ』『ナンダヨオマエ』の夫婦シリーズ、『イカコボシ』『スーパーイカコボシ』のイカコボシシリーズといろいろやったね」
トクタ「あと僕、『ギャクドクロ』が好きですね」
奥平 「『ギャクドクロ』!。トクタさん通だね!かなり初期の技なのに、よく知ったね。嬉しいね、そんな技知ってるなんて、ホント嬉しい。あはははは」
トクタ「そうですか、ありがとうございます」
奥平さんの手放し技は、どれも独創的かつ、華麗で美しく、見る者を魅了させる。まさにその集大成が、先日現役最後の試合となった「グローバルカップ」で見せた演技だった。俺は持参したパソコンで、その演技の動画を再生した。
トクタ「では、先日の試合を振り返りたいんですけども。まずは予選です」
奥平 「どの大会でもそうなんだけど予選は予選。決勝にいければいいので大技は出さないことにしてるんだよね」
トクタ「とは言っても、予選の技も相当難易度高いですよ」
奥平 「そりゃあ天才だから。あはははは」
トクタ「特に最初の、この大車輪からのアゴ車輪、そして股車輪は圧巻でした」
奥平 「何度も言うけど天才なんで。あはははは。アゴ車輪は中1、股車輪は中2でマスターしたからね」
トクタ「すごいですね、あの大技をそんなに早くに。股車輪の次が手放し技に移るわけですが、まずはタダノブ、次いで伸身のタダノブ、そしてソレイケタダノブの『タダノブ』3連発は素晴らしかったです」
奥平 「そうだね。こうやって改めて動画見るキレッキレだね。自分で言うのもなんだけど、指先までしっかり伸びてるし、やばいね」
トクタ「確かに、やばいです(笑)タダノブは今年作った技ですよね?」
奥平 「そうだね。やっぱ体操やってると、自分の名前ついた技を持ちたいんだけど、なんか恥ずかしいとこもあってね、今まで付けてこなかったの。けど、そろそろいいかなって思って今年作ってみた。まぁ、作って良かったよ」
トクタ「けど初めてこの『タダノブ』を見たときから、思ってるんですけど、痛くはないんですか?」
奥平 「まぁ痛いっちゃあ痛いよ。歯でつかむわけだから。けど慣れだね、慣れ。慣れちゃうもんだよ」
トクタ「慣れか、凄いです。そもそも何で歯でつかもうと思ったんですか」
奥平 「何でか?んー、何でかなー。そこに鉄棒があったから。あはははは」
トクタ「いやいやいや(笑)」
奥平 「俺、丸かじりって好きなのね。大根とか人参とか、カボチャもやるし、イモもね。で、ある日アカデミーの食堂でヒラメかじってた時に『あれ、鉄棒もいけんじゃね』ってひらめいて、ヒラメだけに、あはははは。で食うのやめて、すぐに練習場行って鉄棒かじったらぶら下がれて、そのままブラブラしてたら一回転できて、二回転できて、飛んで戻るときも歯でいったらできたんだよ。ま、そんな感じ」
トクタ「最初から『いける』って感じでしたか?」
奥平 「いけると思ったよ。て言うか今までも『いけない』なんて思ったことは一度もないね。どんな技でも成功、いや普通にできると思ってやってできる感じ。やっぱ…」
二人 「天才なんで」
奥平 「あはははは」
トクタ「あはははは」
取材時間は予定の1時間を過ぎていたが、奥平さんは「いいよ、いいよ」と気にせず笑顔を見せた。そして俺はいよいよ決勝での大技、そして今後について聞いた。
トクタ「さて予選を突破されて決勝ですが、最初は大車輪からの『ニオウダチ』、そして『フルボッコ』したね」
奥平 「そうだね。引退決めて最後の大会ってことで、なんか〝男〟を見せる技がいいかなと思って、『ニオウダチ』『フルボッコ』を選んだなんだ」
トクタ「なるほど。たしかに男らしい技ですよね。それで『フルボッコ』に続き手放し技の『アレキサンダー』『チョベリグ』『コロモハガシ』と続きます。演技構成的にいつもだと『コロモハガシ』はもう少し後になのに、ここで出したということは後半何かあるなと感じました」
奥平 「するどいねー。そうなんだよね。観客には『え、ここで。もうコロモハガシ』って感じてもらう、何か違和感を持って欲しくてやったんだけど。俺としてはメッセージ的なね。ちゃんと分かってくれてる人がいて嬉しいよ」
トクタ「いえいえ、恐縮です。そしていよいよここで初披露の技に移るわけですね」
奥平 「そうだね」
トクタ 「『コロモハガシ』から、ここから新技3連発ですね。まずは『シケモク』、そして『ダツイ』、最後は『タタミ』を決めてフィニッシュ。着地も完璧でした」
奥平 「ありがとう」
トクタ「まず一発目『シケモク』ですが、まさか人差し指、中指の二本で鉄棒をはさむなんて驚きです」
奥平 「まあ指二本ではさむことは簡単なんだけど、表現したかったのは人生なんだよ」
トクタ「人生ですか?」
奥平 「そう、人生。『シケモク』って言うぐらいだからシケモク吸ってるときにひらめいたんだけど、頭ん中でビビッて感じでさ」
トクタ「シケモクって、タバコのシケモクですか?」
奥平 「そうタバコのシケモク。大会行くたびに喫煙所で探すんだけどさシケモク」
トクタ「シケモクをですか?」
奥平 「そう。『全然吸えんじゃん』ってのがいっぱいあるわけ。で、それをビニール袋に入れて持って帰って吸うわけだけど、人生を感じるんだよね」
トクタ「なるほど」
奥平 「新品のタバコじゃ、そうはいかないじゃん。一口吸うたびに吸ってた人の人生が、すーっと体に入ってくる感じ。憑依って言えば言い過ぎだけど、俺ではない違う人生を感じて、技のアイデアが湧き出るんだよね」
トクタ「今までの技もシケモクを吸って思いついてたんですか」
奥平 「全部じゃないけど、『アレキサンドリアアドベンチャー』とか、『イガイトジョウゼツ』なんかはそうだね」
トクタ「そうだったんですね」
奥平 「それで、もう最後だし、いっそシケモク自体を技にしようと思ったわけ。鉄棒をシケモクに見立て指二本ではさんで、空中で喜怒哀楽を凝縮したんだ」
トクタ「確かに空中で舞っている姿を見て、今までの技とは違う〝濃さ〟みたいなものを感じました」
奥平 「濃さね。そうかもね。何かを感じてもらえただけでも、やった甲斐があったよ」
トクタ「続いての『ダツイ』も感動しました」
奥平 「これは、もうシンプルにレオタードを脱ぐだけだから、そんなに難しくないよ。鉄棒から手を離して30m飛ぶわけだから、誰も脱げるんじゃん」
トクタ「いやいやいやいや、無理ですよ(笑)」
奥平 「そうかなぁ。まぁ脱ぐだけよ、脱ぐだけ。バッて飛んで、手をつま先にもっていって一気に引っ張ると脱げるわけ。レオタードも新調したんだよね。脱ぎやすいようにさ。引退を決めたわけで、今までの感謝の気持ち、鉄棒との別れを表現しようと思ってレオタードを脱いだわけ。やろうと思えば、いつでもできたんだけどね」
トクタ「もしかして引退するときに、取っておいた感じですか?」
奥平 「そうだね、もう何年も前から決めてたんだけど、ついにこの日がきたかって。感慨深かったね」
トクタ「そして最後の最後の大技『タタミ』につながるんですね」
奥平 「そう。レオタードを脱いで、最後はそれを畳んで着地してフィニッシュ。鉄棒への感謝、本当に感謝しかない」
トクタ「着地したときは全裸でしたね」
奥平 「レオタードの下は何もつけてないし、しょうがないね。けど俺のすべてを見てほしい一心だったし。それに裸一貫、新たなスタートを切りたいというメッセージを込めたんだ」
トクタ「なるほど。そんな意味があったんですね。会場は大拍手でした」
奥平 「ありがたかったね。もう、鉄棒に思い残すことはないよ、本当にやり切った」
トクタ「ただ、いちファンとしても奥平さんの引退は寂しいものがあります」
奥平 「そう言ってくれるのは嬉しいよ。ありがとう。」
トクタ「いえいえ、とんでもないです。ところで選手を引退されて、今後のご予定はいかがですか。指導者の道を歩まれるとか?」
奥平 「そうだね。まずはゆっくりしたいね」
トクタ「後輩を育てる奥平さんの姿も見てみたいですけどね」
奥平 「んー、これまで鉄棒一筋、鉄棒一辺倒だったから、別の事もしたいってのが本音かな」
トクタ「別の事ですか。何かプランでもお考えですか?」
奥平 「いや何も決めてないけどさ。歳も歳だろ、やれることも限られてるしさ」
トクタ「いえいえいえいえ。歳だなんてそんな」
奥平 「だって俺、95歳だぜ」
トクタ「まぁ、そうですすね」
奥平 「だろ。まぁ、これからのことは、おいおい考えるわ。爺だけに〝老い老い〟な。あはははは」
インタビュー中、終始笑顔だった奥平さん。「もう歳だから」と謙遜していたが、いたって健康であり、後進の指導などまだまだ活躍して欲しい。余談だが、引退して叶えたい夢として結婚を挙げてくれた。タイプを聞くと「年上の女性」とのことだ。