可愛い妹
華城を家まで送り、俺はそのまま家へと戻った。
華城と話す前は重たかった足取りもいつの間にか軽くなっていた。
家に帰った時、心配した様子で母さんと可奈が出迎えてくれた。帰ってきた俺が青アザだらけだったこともあり、何があったのだと深刻な様子で問い詰められたが、ボーッとしてて階段から転げ落ちたと説明したら、意外にもあっさりと退いてくれた。
夕飯は華城に奢ってもらったから、明日に回してもらうように頼んだ。勝手に外で食べてきたなんて言ったら怒られるかなとも思っていたけど、母さんは怒ることなく「いいよ」と言ってくれた。
なんだか母さんが変に優しくて気持ち悪かったな。普段だったら、連絡無しにご飯を食べてきたら結構怒るのに。
一日ぶりの風呂に入ろうと服を脱いだときにはビックリしたな。全身のアザが思ったよりも酷かった。良くこんな状態で普通に歩けてるよな、と我ながら感心してしまったな。
で、さっぱり綺麗になった俺は、ベッドに寝転がって一息ついていた。
「はぁー、疲れた」
そう呟いて俺は軽く目を閉じる。こうして寝転がっていると頭の中が空っぽになっていくような感覚になるよな。
ついさっきまではあんなにも辛かったはずなのに、今では心が驚くほどに落ち着いている。
「華城のおかげだな……」
誰かに話すだけでこんなにも気持ちが楽になるなんて思わなかった。ありがとう華城。
「お兄ー、ちょっといい?」
心の中で華城にお礼を述べていると、扉の外から可奈の声が聞こえてくる。
「何か用か?」
俺は部屋のドアを開け、可奈を迎える。すると、「ちょっと話があるから部屋入っていい?」というので部屋に入れることにした。
「それで話って何だよ?」
俺は早速可奈にそう聞く。すると可奈は少し言葉を選んでいる様子で答えた。
「えっと……あのさ、えっと、昨日さ、お兄部屋に籠もってたじゃん?」
「そうだな、籠もってた」
「それで、何か叫んでたじゃん……それに、泣いてたよね?」
何の話かと思ったら、昨日の俺の恥ずかしい泣きじゃくりの話だったか。華城の前では大丈夫だったが、妹にその話に触れられると流石にキツいものがあるな。
「まぁそうだな、まぁ……泣いてたかもしれん」
恥ずかしさを抑えるように、目を背けながらそう答えた。まさかこいつ、俺をバカにするために部屋に来たのか? 我が妹はそんなことしない子だと思ってたのに……。
「なんだ、お兄ちゃんをバカにしに来たのか? 妹よ」
そう冗談っぽく聞くと、可奈は食い気味に否定する。
「そんなわけないじゃん!! 私は、その……謝りに来たの!!」
「は? 謝る? 何を?」
別に可奈に何か悪いことをされた記憶は無いが……
「私、お兄に酷いレイン送っちゃったじゃん。う、うるさいって」
「ああー、そうだったな」
そう言えば、可奈からのレインが来てたな。既読だけ付けて返していないのを思い出した。
「何だ? 既読スルーの状態で返信が無かったから、俺が怒ってるんじゃないかって不安になったのか?」
そう聞くと、可奈は何度も頷く。
「だって……お兄が既読スルーするなんて初めてだったし、お兄がホントに落ち込んでるなんて思わなくて、いつものノリで酷いこと言っちゃったって、わ、私、嫌われたんじゃないかって……」
震える声でそう言いながら、可奈は泣き出してしまう。
「おいおい、泣くなよ。そんなんで可愛い妹を嫌いになるわけないだろ。レイン返さなかったのは別に可奈が嫌いになったとかじゃなくて、傷心してて返す気力が無かっただけだ」
泣いている可奈を宥めながら俺は、事情を話す。
「俺さ、告白してフラれちゃったんだ。そんでショックのあまり泣き続けて、うるさいぐらいに叫んだ。実際、かなりうるさかっただろ?」
「うん、めっちゃうるさかった」
「だろ? 俺がうるさかったのはホントの事なんだから、可奈が言ったことはそんなに酷い事でもない。だから謝る必要なんてない。むしろ俺の方こそ悪かったな、レイン返さなくて」
周りの迷惑考えずに、好き勝手に泣き叫んでいた俺にも非はある。その事を可奈に伝え、謝る。
「……うん」
しばらく泣き続けていた可奈だったが、次第に泣き止み、落ち着いていった。
「落ち着いたか?」
「うん、ごめん、泣いちゃって」
「別に謝ることでもないだろ、人間意外と涙もろいもんだ」
「お兄もわんわん泣いてたもんね」
「……それを言ってくれるなよ」
可奈がいつもの調子に戻ったのは良かったが、痛い所を突かれてしまう。
「告白の相手って、もしかして愛花姉?」
「ん? ああそうだよ」
幼馴染みである愛花は、もちろん可奈とも面識がある。というか、2人は本当の姉妹のように仲が良い。だから、可奈なら俺が愛花に惹かれていたことに気付いていてもおかしくない。
「愛花姉、お兄のこと振ったんだ……絶対愛花姉はお兄のこと好きだと思ったのに」
「ん? 何か言ったか?」
可奈が何やら呟いていたが、声が小さすぎて聞こえない。
「愛花姉、お兄に告白されたとき何か変わった様子はなかったの?」
「いや、特には……一言だけ、ありえないって言われただけだ」
「えっ、それ酷くない? 振るにしても言い方ってもんがあるじゃん。お兄と愛花姉は幼馴染みなんだし」
「まぁ俺も流石に酷いなって思ったよ、その時ばかりは愛花に怒りを覚えたな」
その後に送られてきたレインにもムカッとしたけど……
「自分で言うのもなんだけど、口の悪い私ですら告白断る時はもっと言葉を選ぶよ」
「そうだよな、口の悪いお前でも……今なんて?」
何か聞き捨てならないことが聞こえた気がするが……
「え? 私でも振るときはもっと言い方は選ぶよって」
「えっ? お前、告白されたこととかあんの?」
「そりゃあるよ!! 失礼だなー!! こう見えても私、学校じゃあ結構人気あるんだからね!!」
な、何だと!?
「おい、まさか……か、彼氏なんているんじゃないだろうな? もしいるなら俺はそいつを殴りに行かなくちゃならない」
可奈はまだ中学生だ。男女の付き合いなんて早過ぎる。俺の可愛い妹に手を出す輩は許しておけん。
「い、いないよ!! 私まだそういうの興味ないし、それにお兄、その発言はさすがにシスコン過ぎ」
「な、何だと!? 兄として当然の行動を取ろうとしているだけだ!!」
「いやいや、殴りに行くとか、ちょっと引くから」
そう言いながらも、まんざらでもない様子の可奈。
言い合いを続ける2人、仲良し兄妹の言い合いは結局それから1時間は続くのだった。