知らない子を助ける
「ぐぅっああ……」
自分の顔に陽の光が当たるのを感じながら、俺は薄らと瞼を開いた。
「ん? また寝てたか……」
視界に入ってきたのは赤く染まり、半分くらい暗くなってきていた空だった。
「は? 今何時だ?」
時間を確認するためにベッドに置いてあるスマホに手を伸ばそうとして、ふとその手を止めた。
やっぱり止めておこう。無断で学校を休んだことで、学校の奴らから何かしらメッセージが来ているかも知れない。それを見る勇気は今の俺にはない。俺がフラれたことがクラスの奴らに知られていて、それをいじってくるようなタチの悪い奴だっているかも知れない。
そう考えるとスマホは見ない方がいいと思えてきた。
「っそれよりも腹減ったな」
目が覚めてしばらくすると、異様な空腹感に襲われた。そう言えば、昨日の昼から何も食べてない。
愛花にフラれて、家に帰ってきてから夕食も取らずに部屋に籠もっていたからな。ほとんど丸一日何も食べていないことになる。
「……何か買いに行くか」
外の様子を見る限り夕食の時間まではまだ少しありそうだ。それに今はあまり人と話したくない。母さんや妹の可奈には気付かれないようにそっと家を出よう。
財布を片手に俺は部屋を出た。幸い可奈は自分の部屋にいるようなので俺には気付いていない。そのまま階段をゆっくり降りて一階に向かう。すると、リビングから包丁のトントンという音が聞こえてきた。どうやら母さんは夕食の準備をしているようだ。今日は随分と早いな。
少し待っていれば夕食が出てくるだろうが、食卓に着きたくない。だから俺は心の中で母さんに謝りながら、そっと玄関から家を出た。
◇◇◇◇
家からコンビニへはしばらく歩かないといけない。飲食店に入るという選択肢もあったけど、自分が昨日から風呂に入っておらず、着ている制服はクシャクシャ、髪もグシャグシャ、そして一日中泣き続けたせいで顔もグチャグチャである事に気付いて諦めた。
外を出てしばらく歩いていると、何やら言い争っている声が聞こえてくる。
声からして女の人が1人と男の人が2、3人といったところか。
「なぁいいだろ? 少しぐらい付き合ってくれよ」
「嫌だって言ってるでしょ!」
「いいじゃんか、どうせ暇なんだろ」
「俺らと遊ぼうよ、楽しませてあげるからさー」
会話からしてナンパか? こんな往来で随分と大胆だな。
まぁ俺には関係ないことだ。さっさと離れよ。
俺は駆け足気味で歩く。ああいった輩のそばには極力いたくないからな。
「嫌、さっさとどっか行ってよ!」
「そう言わずにさー、そんな短いスカート履いて、期待してたんじゃないの?」
ナンパを期待する奴なんているんか、物好きな奴だなー。
「遊ぼうぜー、可愛がってやるからよー」
「ふざけないで、誰が貴方たちみたいなキモい奴らと!」
「はぁ!? 誰がキモいだ!?」
「舐めてんじゃねーぞ、クソガキが!」
ナンパされてた女の子が強い口調で言うと、男達は強引に女の子の腕を掴み引っ張る。
「俺達に舐めた口を叩いたこと後悔させてやるよ、へへっ」
男達は下卑た視線をその女の子に向ける。その子はその視線に恐怖を感じたのか、必死に腕を振りほどこうとする。
「嫌!! 離して!!」
「ハハッ無駄無駄!! そんなんで離したりしないから」
か細い腕を力一杯振り回すも、一回り以上大きな男相手ではどうすることも出来ない。
「うう゛ぅ……」
どうにもならない状況にその子は次第に涙を浮かべ始めた。
はぁ……運が悪いな。
「アハハッ、怖くなっちゃった? 大丈夫大丈夫、すぐに恐怖なんか忘れちゃうから」
腕を掴む男は涙を浮かべる女の子の様子を心底楽しそうな顔で眺めていた。
吐き気がするくらいに気持ち悪い顔だ。それに声も耳障り。
普段の俺ならもっと冷静に、他の人に助けを求めるとかしていただろう。そっちの方が正しい判断だから。けど、今の俺はそんなことにすら頭が回っていなかった。
「さっきからキモいですよ、いい加減止めてもらって良いですか?」
だからバカ正直に正面から行くなんて無謀なことをしてしまったんだ。
「はぁ? 誰だお前?」
「ただの通行人です。あと、強姦現場の目撃者でもありますね」
自分でも驚くほど冷静な自分がいる。明らかに自分より強そうな男3人に対して強気な態度を貫き続ける。
「ハッ、何が言いたいんだ?」
「ナンパに失敗したからって暴力に頼るなんてクソダサいですね、って言いたかっただけですよ」
「ンだとコラ!」
「舐めた口叩いてんじゃねーぞ」
俺の煽りに反応したのは、横にいる取り巻きみたいな男AとB。そして、中央にいる男は片手で女の子の腕を掴んだまま、俺の方に近づいてくる。そして……
ゴッという鈍い音と共に俺の顔面に強烈な痛みが走る。
「調子乗ってんじゃねーぞ、ブサイク野郎」
ブサイクって酷いなっと思ったが、そう言えば今の俺って目パンパンにむくれてて髪もボサボサだったわ。それが原因か……それにしてもブサイクは酷いと思うけど。
あと凄く痛い。
「痛った……初めて顔面殴られたわ」
けど不思議と恐怖はない、それどころかなぜだか笑えてきた。
「ははっ、やっぱ暴力しか出来ないじゃん。カッコ悪!!」
ニヤけながらそう言い放ってやると、男3人はこめかみに青筋を浮かべる。あ、キレちゃったかな。
「ぶっ殺す!!」
そう叫びながら3人同時に殴りかかる。さて、どうしようか。いや、どうしようもないな。
俺には喧嘩の経験は無いし、武道の心得もない。そんな俺が体格でも、人数でも劣っている状況をどうにか出来るはずもないのだ。
「あっきみ!! 今のうちに早く逃げな!!」
解放された女の子にそう伝える。咄嗟にそう言われたじろぐ彼女だったが、目で強く「早く逃げろ」と伝えると、すぐに走り出した。
よし、と思ったのもつかの間、最初の一撃がとんでくる。さらに……
ボコッ、ゴッ、バコッとやられ放題の状態になる。反撃したい気持ちはあるが、普通に無理だ。
それから1、2分近くリンチされ、全身が悲鳴を上げる。複数箇所で青アザが出来ている。
そんな時だった。
近くからサイレンが聞こえてくる。パトカーか?
「ヤベー警察だ」
「早く逃げよーぜ!!」
「ちっ、命拾いしたな!!」
その音を聞いて男達は即座に逃げる。はぁ……なんとか助かったな。
「はぁ……痛い」
倒れたままそう呟くと、その俺をのぞき込むようにして女の子が声をかけてくる。
「だ、大丈夫!?」
その子の方を見ると、両手でスマホを持っていることに気付いた。そして、そのスマホからサイレンの音が流れているということも。
「あ、もしかして君がサイレンの音で助けてくれたの?」
そう聞くと、その子はコクッと頷く。
「警察が来たってなったらあいつら逃げ出すかなって……それよりも体大丈夫なの!?」
涙目になりながら、震える声で心配してくれる。
「ああ、結構痛いけどなんとか大丈夫。君が助けてくれたおかげだな」
「なに言ってるの、助けてもらったのは私の方。ごめん……私のせいでこんな目に遭わせちゃって」
下を向きながら申し訳なさそうにそう言う。何というか見た目に反した反応だな。あいつらも言っていたがスカートが短くギャルっぽい見た目してるし、もっと気の強い子だと思ってたんだけど。
事実、あいつらに対しては一貫して強い態度を貫いていたし。
「いや、首を突っ込んだのは俺だし、気にしないでくれ。ってか、その制服同じ学校じゃね?」
意識してみてみると、その子が着ていた制服は俺と同じ学校のものだった。
「えっ……あ、うん。私もあなたと同じ朝日乃高校だよ。ついでに言うと同じクラスの華城 舞っていうの」
「えっ……同じクラス?」
そんな……全く見覚えが……。
「やっぱり気付いて無かったんだ……」
今までの心配そうな表情から一変して華城はムッと顔を膨らませた。