Side華城 舞 さようなら
「お母さん、私もう綾ちゃんと仲良くしたくない……」
一度だけ、お母さんにそう言ったことがある。
内気で、自分の親にさえ本心を言うことはあまりなかったけど、その時の言葉だけは嘘偽りの無い私の心の叫びだった。
「ちょっと舞、そんなこと言っちゃダメでしょ。綾ちゃんは友達のいない舞と仲良くしてくれるとっても良い子じゃない。舞は綾ちゃんに感謝しなきゃいけないのよ」
お母さんは私の言葉を聞いて、そう答えた。
とても良い子、同年代の子と上手く仲良くすることが出来ない私と友達になってくれた優しい子、それが大人達の綾ちゃんに対する評価だった。
「はいこれ持って」
「でもこれ、綾ちゃんのカバンでしょ……」
「はぁ? 何口答えしてんの? あんたなんかと仲良くして上げてるんだから、カバンくらい持つのは当然でしょ。それくらいしかあんたと仲良くするメリットないんだし」
大人に対しては誰にでも優しく明るい女の子を演じ、大人の目が届かない所ではこうやって傍若無人に振る舞う、それが綾ちゃんだった。
「あっそうだ。みんなも舞に持ってもらえば? 愚図な舞でもそれくらいは出来るでしょ?」
綾ちゃんは自分の取り巻きの女の子にそう言って、カバンを私に持たせる。それを私は全て受け入れていた。
「でも、こんなことしてるのバレたら怒られるんじゃ……」
取り巻きの女の子がそう言った。この状況を大人達が知れば確かに問題になるだろう。
「あははっ、そんなの心配要らないよ。こいつにチクる度胸なんてないし、こいつのバカ親ったら「いつも舞と仲良ししてくれてありがと」って私にいっつもペコペコ頭上げてたからね。もし、こいつがチクって信じないでしょ。それに、先生も私を優しい優等生って疑わないし、ほんと大人ってバカばっかりだよね」
笑いながら、綾ちゃんは私の親や先生を馬鹿にしていた。でもその通りだ。大人達はみんな綾ちゃんの味方、私が何をしたところでこの状況を変えてくれることはない。
けど、別にいい。……ただ私が我慢すれば良いだけの話だから。
◇◇◇◇
「次、また愛花をいじめてみろ! 女の子だって容赦しねぇぞ、今度はギッタギタのボッコボコにしてやるからな!!」
その光景はあまりにも衝撃的で、私の脳裏に強烈に焼き付いた。
たまたま廊下にいたときに綾ちゃんのクラスから大きな声が聞こえてきたから様子を見に行ったら、綾ちゃんと一人の男子が言い合っているのが見えた。
その男子の幼馴染みの子が、綾ちゃんにいじめられていて、それを問い詰めているようだった。
綾ちゃんはいつも通りの余裕の様子で、その男子に反論していた。
他のクラスメイトも綾ちゃんに逆らうことは出来ないようだった。当然だ、それだけ綾ちゃんのクラスでの存在は大きいものだったのだから。
あの男子のように綾ちゃんに刃向かえば、今度は自分が標的にされるかも知れない。そう思うと、波風を立てずにやり過ごすのが一番賢い方法であると、みんな知っている。
だからこそ、衝撃を受けた。
その綾ちゃんを殴り飛ばす男子に。
殴り飛ばされた綾ちゃんはわんわん泣いていた。
その姿は、いつもの強気な性格からは考えられないほど弱々しかった。
しばらくすると、騒ぎを聞きつけた担任の先生がやって来て、騒ぎは収まったけど、この騒動は綾ちゃんのクラスの雰囲気を一変させた。
絶対的なリーダーとしてクラスを支配していた綾ちゃんの地位は揺らぎ、これまでの悪事が全てクラスメイトによって担任の先生に告発されることとなったのだ。
先生や、綾ちゃんの両親や私の両親、その他の大人達も最初は信じなかったが、クラス中の生徒が訴えていることや、これまで綾ちゃんにいじめられていた生徒が同時に声を上げたことで一定の信憑性を帯び、大人達も信じるようになった。
「ごめんね舞! お母さん、舞の言葉を信じてあげられなくて本当にごめんなさい!」
お母さんは大泣きしながら私に謝ってきた。私の助けを求める声を聞かなかったことがお母さんを随分苦しめてしまったようだ。
私はお母さんの謝罪を受け入れた。お母さんからしたら綾ちゃんは自分の娘と仲良くしてくれた優しい子で、まさかイジメを行っているなんて思わないだろうと思う。私だってお母さんの立場ならきっと同じように思っただろう。
だから私はお母さんを責める気はないし、そもそも内気で友達を作るのが苦手だった自分にも責任はある。
「泣かないでお母さん。私お母さんのこと恨んでないし、お母さんが私を大切に想ってくれていることは知っているから」
「……舞。ありがとね」
こうして私には平和な日常がやって来たのだ。
◇◇◇◇
佐伯くんにフラれて泣きじゃくっている間も、佐伯くんは私の側にいてくれた。
私が泣き止み、しばらくすると送ってくれると言ってくれたが、家が近くにあることと、そこまでしてもらうのは申し訳なかったから断った。
何より、優しくされるともっと好きになってしまう。これ以上好きになるのは嫌だった。
家に着いて、帰ってきたことを伝えると、お母さんが台所で料理をしていた。
私はお母さんに一言言ってから、自分の部屋に向かい、ベッドに飛び込む。
「……あーあ、フラれちゃったなぁ」
思わず声に出してしまう。
小学生のあの時からずっと好きだった。時間の長さも想いの強さでも一鈴さんに負けないくらい好きだった。
「でも、佐伯くんに告白できてよかったな」
もちろん悔しくないわけじゃない。それでも、内気で自信のなかった私が、好きな人に告白できたのは素直に嬉しかった。
昔のままだったら告白なんて出来なかった。自分の想いを抑えたまま何も行動することが出来ないままだっただろう。
自分の成長を感じることが出来たのは佐伯くんを好きになったから。それだけでも恋をした意味がある。
「なんて、自分を納得させてみたりして……」
ベッドの上で仰向けになり、おもむろに天井を見つめる。
そして、今日の佐伯くんの姿を思い出していた。
昔と同じ、強い姿勢の彼、相手から目をそらさずに前を向く姿に私は憧れた。
憧れは次第に恋に変わり、そしてひたすらに大きくなっていった。
叶わずとも、この想いが消えることはないだろう。
今日だって、彼が真剣に向き合ってくれたことが嬉しかった。それだけで、幸せな気持ちでいっぱいになった。
出来ることなら、私を選んで欲しかった……
けれど、これでよかったと想う気持ちがあるのもホント。
私が好きになったのは一鈴さんのために一生懸命な佐伯くんだったんだから。
でも……それでも……
「本当に……大好きだったんだよ天成くん」
私を助けてくれてありがとう。
私に恋を教えてくれてありがとう。
さようなら……私の初恋




